違うクラスの私にとって見ているだけで十分で、移動教室ですれ違えたらその日一日幸せに過ごせるほど単純だ。話すこともなければ目が合うこともない、認知すらされてないかもしれない、それでも同じ学校に通えていることが嬉しくてたまらなかった。優秀な彼はその頭に見合う大学に進学して日本を、この世界を豊かにさせるのだろうと簡単に想像できた、そして私も進学して就職して―――この恋心が思い出になる頃に彼ではない人と結婚する、そう思っていた。が、そんな私の想像は大いに外れて考えたことのない未来になっていた。






「千空くん、カセキのおじいちゃんが作ってくれた器具ここに置いとくね」

おー、と背を向けたまま手を上げた千空くんに胸がきゅうとなる。何に使うかさっぱり分からないガラスで精巧につくられた特製の器具を割らないようにゆっくり置いた、と同時に千空くんがこちらに顔を向ける。

「やっぱこっちに持ってきてくれねぇか」

オッケーと軽く返事をするが一歩一歩千空くんに近づくたびに心臓が太鼓のように打つ。石化前の私は毎日顔を合わせて喋ったり、千空くんの名前を呼べる仲になると思ってなかったもんな。この心臓の音が聞こえてないか不安になりながら、両手で抱えた器具を千空くんに手渡した。一瞬、ほんの一瞬。固く薬品で黒くなったいつも人類の為に頑張ってくれている千空くんの温かな指先が私の指先と触れた。指先から伝った熱が全身に駆け巡る。固まる私に千空くんはどうしたと不思議そうにしている。指が当たっただけ、それだけだ。気にしていないと平静を装いながら、それじゃあと言ってラボを出た。ジクジクと千空くんに触れた指先はまだ熱かった。

千空くんが恋愛脳は非合理的だと言っていたことは知っているし、そんな彼に思いを寄せるのは迷惑で面倒くさいのも分かっている。必死になって隠す恋心は抑え込む反動で大きくなっていくのが日に日に感じ、石化前の距離感に戻ろうと決意する。それなら隠し通せるはずだ、隠したいけどこの恋を大事にしておきたかった。






ラボに近づかないようにしたら千空くんと話す機会も見かけることもガクッと減った。見かけたら一日幸せで、何だか本当に学生時代に戻ったみたいだった。
千空くんに会えないことが慣れだしたその日はみんなで海水浴に行く日でスイカちゃんが楽しみにしていたのが記憶に新しい。杠ちゃんが作ってくれた水着はすっごく可愛いけど体型に自信のない私は砂浜でひっそり座っていた。いたるところから笑い声が聞こえ、つられて私も笑みがこぼれる。ほんと3700年後の世界じゃないみたい、ぼんやりコハクちゃんが勢いよく泳いでいるところを見ていると私の前に影ができた。

「よぉ、久々だな」

飲んどけよと言って竹筒に入った水を差しだしてくれたのは千空くんだった。無理やり連れてこられたと言った千空くんも水着姿で、――細いけどしっかり男の子の体をしている――、久しぶりに会ってしかも水着姿だなんて緊張するに決まっている。震える手を無視して、上ずりながらも感謝を告げて竹筒を受け取る。こんなあからさまな態度じゃバレバレだ、目を合わせないようじっと自分の足元を見ていると千空くんはなぜか私の横に座った。肩が触れ合いそうなほど、近すぎる距離に心臓が悲鳴を上げる。


「…銀狼くんがみたらきっと勘違いしちゃうよ」

そっと距離を取ろうとしたら千空くんに腕をつかまれた。前に感じた指先の熱と比にならないほど熱いのは私のせいか。隠し通すはずの恋心が都合のいい解釈をしてしまい、火が吹き出しそうなほど熱くなる体に眩暈がした。

「俺のこと好きだろ」

断定的にそう言われたらなんの言い訳も出来ない、ゆるく頷くと掴まれていた腕が解放された。墓場まで持っていく覚悟だったのに、まさか告白まがいなことが起きると思っていなかった。沈黙が怖くてまた足元に目線を動かすが、いっそこっぴどく振られたらこの気持ちに区切りがつくかもしれない、意を決して千空くんに顔を向けた。


蜜蜂の憧憬


「…顔、赤すぎるよ」

熟れた林檎のように真っ赤になっていたのは千空くんで、感染するように私の顔にも熱が集中する。何も言わない千空くんをいいことに私はまた都合のいい解釈が脳裏にかすめた。

千空くん、わたし、期待してもいいのかな。


20200903
title by さよならの惑星


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