※現代if ※嘔吐表現






俺が帰国することをどこから嗅ぎつけたのか久しぶりに動いた科学部のグループラインは同窓会の案内だった。続々と参加者が増えていく、参加者の一人にあいつの名前。いつもなら気の乗らない飲み会も名前がいるなら話は別だ、数年ぶりに会えることがいつになく高揚させ、了承メッセージを飛ばした。



高校時代所属していた科学部の同窓会は千空が主役だった。アメリカに進学しなかなか会うことが出来ない千空が丁度日本に戻ってくるタイミングでセッティングされ、名を馳せた英雄に会えることを皆一様に楽しみにしていた。
もちろん私もその中の一人で、同窓会当日はたっぷりラメをのせた濃いメイクに、大人っぽさ重視の二万五千円したブランドのワンピース、いつもより3cm高いヒール、どこからどう見ても気合いの入った装いだ。数年ぶりに会う千空に綺麗になったと思ってほしい、その一心だった。
結局のところ主役様の周りには大勢詰めかけて私は遠くの席であの重力を無視した髪の毛しか見れなかった。みんな千空に夢中で机に放置されたお酒がその波に乗れなかった私のようで――片っ端から飲んでいた、ほとんどやけ酒だった。


「うぇ、ぉっ、」

空っぽになった胃の中をまだ揉まれる感覚、吐き出されるのはもう胃液だけで空嘔吐を繰り返す。便器の中のほとんど胃液で黄色くなった吐瀉物と、特有の酸っぱいにおいに吐き気が止まらない。喉が焼けるように熱い、苦しい、上手く吐けないもどかしさに涙がにじむ。
さっきから誰かが私の背をさすってくれているが、確認できるほど余裕もない。促された吐き気にまた私は従った。




名前の髪を後ろでまとめ上げ、波打つ背中をさする。
飲み会中端っこで一人黙々と飲んでいたことは知っていたがまさかキャパ越えまで飲んでいたとは。お開きになってもトイレからなかなか出てこない名前に痺れを切らして入ってみると、苦しそうに吐いている名前がいた。吐き通したのかさっきから空嘔吐ばかりだ、見ているだけもなかなかに辛いが全部吐いたほうが楽になる、名前が落ち着くまでさすってやった。



名前の免許証を拝借し、タクシーで連れ帰る。吐き疲れた名前はぐったりと俺に寄り掛かる。冷房が寒いのかむき出しの肩は微かに震えていて仕方なくその肩に手を回す。柔らかく丸いその肩は力を加えれば折れてしまいそうだ。

「せ、んくう、」

うわ言のように呟いた言葉に肩に回した手の力が強くなる。
瞼にのったキラキラも、ぽってりした唇も、体のラインに沿ったワンピースも高校の記憶で止まっていた幼さが残る名前が知らぬ間に大人になったんだと感じさせた。



背負うことは到底無理だと早々に諦め無理やり名前を部屋まで歩かせる。肩を抱きかかえながら歩くのはもうしたくねえな、近すぎる距離とこぼれる名前の吐息に舌打ちを一つ。
ベットに寝かせこれで帰れると思いきや名前は俺の服の裾をつかんで離さない、嘘だろオイ。ベットに腰かけると間抜けな顔でスピスピ寝息をたてながら眠っている名前に毒気が抜かれた。ここまでやったんだ、駄賃をもらわねえとな。顔を近づけ口づけを一つ、名前との初めてのキスはゲロの味だった。




頭が割れそうな痛みに意識が浮上する、これ完全に二日酔いだ。
ところで私どうやって帰ったんだっけ。私はベットの中で眠っていたようで見慣れた部屋の天井に無事に帰ってきていたことにほっとする。化粧は落としてない、服もそのまま。朧げな記憶をたぐっていくが、居酒屋のトイレで死ぬほど吐いていた以降何も思い出せない。背中をさすってくれていた人に十分にお礼も言えてない、酒の席の失敗は初めてで全てが憂鬱になる、結局千空と喋れずじまいだったし次いつ帰国するかわかんないのになあ。とりあえずお風呂入ろ、べたついた頭皮がいやに気持ち悪かった。



「えっ」

奮発して買ったセミダブルのベットが何だか狭く感じ横を確認すると千空が寝ていた。思わず声が出たが起きる様子はない。薄ピンクの布団をかぶって寝ている千空は私の幻覚か、目をこすっても頬をつねってみても変わらず千空は目の前に存在していた。もしかして介抱してくれていたのも家に送ってくれたのも千空なのか。こんなに過去に戻りたいと願うのは生まれて初めてだ、羞恥と後悔で頭の中は洪水だった。



「申し訳ありませんでした」

昼の十一時を過ぎたころに千空は目を覚ました。寝起き特有の掠れた声に胸がきゅんとするが今はそれどころじゃない。額を床に擦りつけながら私は土下座した。が、数分たっても何の反応を示さない千空に不安になる、そっと顔を上げると千空の口はニンマリ弧を描いていた。







20200829
title by さよならの惑星

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