浜野海士が怖かった。中二で同じクラスになり初めて顔を合わせたとき、わたしの脳は浜野を危険人物だと認識した。くすんで濁った目、どこを見てるか分からない目、彼の笑顔は口は笑ってるけど目は笑っていない。全て彼の瞳の恐怖材料だ。誰もわたしと共感してくれない。浜野は良い子だよとか面白いよねとか、そんなことは聞いていないのだ。









ざあざあと土砂降りの雨が降っている。気温もいつもよりぐっと低くてカチカチと歯が上下運動を繰り返す。早く帰りたいなあ。わたしの気持ちとは裏腹に足はゆっくりと歩いていた。靴はさっき大きな水たまりを踏んだせいかぐしょぐしょに水を含んでいる。さいあくだ。気分を晴らそうと手に持っている傘を見る。一週間ほど前に買ってもらったオニューの傘だ。友達にも可愛いねって褒められた傘。お気に入りになるのは当然のことだった。

るんるんと傘のおかげで足取りが軽くなっていた丁度そのとき、浜野がわたしの前方に立っていたことに気がついた。げっ、浜野だ。その浜野はそこから一歩も動かずにいる。しかも浜野はこんな土砂降りの中傘を差さずに手で持っている。へんなの。わたしが浜野に合わせると帰れないから、意を決して浜野を素通ることにした。あんまり絡みのないクラスメートに話しかけたりしないだろうし。うん、大丈夫。


「・・・なあ。」


そんなまさか。傘で顔を隠しながら通ろうとしたのに。やっぱり浜野はいつもと同じ顔だった、いつ見ても怖い。浜野から一秒もたたない内に目をそらした。浜野と目をずっと合わせることは絶対に出来ないだろう。恐くて死んじゃうよ、わたし。もしかしたら浜野の目はメデューサみたいなのかもしれない、目を合わせたら石にされてしまう。きょろきょろと浜野を視界から外したくて辺りを見回す。そうすると、浜野のすぐ後ろに小さなダンボールがあった。もしかしたら、漫画でよくあるアレ?浜野が傘を差さなかったのは子犬に差してあげるため?わたしに話しかけたのは子犬の引き取り手になるのを頼むため?それなら傘を差さなかった理由やわたしに話しかけた理由が頷ける。そーっとダンボールの中を見る。わたしは中身を見た瞬間、思わず倒れてしまいそうになった。まさか、そんな。うっと何かもこみ上げてくる。最初に予想した通りダンボールの中に、子犬が入っていた。死んだ状態で。何か鋭いもので何度も刺されたように、ぐちゃぐちゃだった。雨のせいで血はほとんど流されていて、患部がさらけ出されている。ぎょろりと垂れた瞳が何故か浜野とリンクした。ぱっと反射的に浜野の方を見ると、浜野が持っている傘が目に入った。先の尖った方にうっすらと赤い液体がついている。例えるなら、血のような。全身の血の気が引いた気がした。まさか、浜野が、子犬を殺したの?


「俺が殺した。」
「、ひっ!」
「ちゅーか、うるさいし臭いし最悪。汚いくせに生意気じゃね?」
「だから、って!」
「お前も結構うるさいね。」


浜野はわたしが子犬のことを聞く前にべらべらと話し出した。いつもに増して濁った瞳で。わたしが浜野の機嫌を悪くする言葉を言うと、浜野は傘を振り回す。髪の毛やカバンに当てられるその威力は尋常じゃなかった。もしこれがわたしの体に当たったら、子犬のように死んでしまうかもしれない。ひやりと冷たい汗が額に伝う。嫌な想像しか出来ない。今の浜野は動物を、人を、簡単に殺すことが出来る。歪んだ顔がそれを物語っていた。


「ちゅーか、その目が、気にくわねぇ、っ!」


俺を馬鹿にしやがって、死ねっ死ねっ。浜野の暴言を初めて聞いた。学校ではこんな浜野見たことない。何かに襲われているような、怯えて焦って冷静さを欠けている。わたしに振り下ろされる傘は、わたしの傘と色違いだった。同じデザインの傘、だ。ばきっとかぼきっとか、わたしの体が壊れてる音か、傘が壊れてる音か判断出来ない。もしかしたら両方の音かもしれない。もう体に力が入らなくなってきた、わたし死ぬのかな。最後に見た浜野の顔は泣いているように見えた。







20120101

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