※不道徳










この世界はきっと現実のわたしが見ている夢なんだろうな。
砂糖菓子がつまったようなあまくて優しいお父さんとお母さん。何でもない日にケーキを食べられるおうち。わたしは綺麗なからだで、友達に囲まれて笑っている。早く夢から醒めてほしい。お願いします、どうか早く。じゅっと背中に押し当てられるのはタバコ。激しい痛みが全身を駆け巡る。ひぃ、声を押し殺して痛みに堪える。何度押し付けられても痛みに慣れない身をよじると上からは笑い声、おまえは気持ち悪いなあ、ごめんなさい謝るからもう、許してください、



ひっくり返ったカメムシが必死に足をばたつかせてもがいている。地面に届くはずのない何本もの足をばらばらに動かす姿はグロテスクで気持ち悪い。これがほんとの死に物狂いか。
興味本位で、踏んでみる。ローファーの上から感じるたしかな異物感。ジジジと最後の抵抗か羽音が喧しい。もう少し強く踏んでみるとぶちゅり、不快な感覚で顔をしかめる。ローファーの裏には潰れたカメムシが引っ付いていて、あんなに動いていた足はちぎれていた。ああこれは、わたしだ。







科学室の電気を消して施錠し鍵を職員室に返した、はずだが。下駄箱から見える科学室は何故か電気がついていて人影もみえる。理屈じゃない違和感に舌打ちを一つ。重い足でまた科学室に向かった。


「テメーそれが何か分かってんのか。」

制服から骨が浮き出た手足がのびている姿は異様で化学室には不釣り合いなそいつはたしかゾンビとからかわれて呼ばれていたクラスメイトだ。震える手でメタノールの瓶を持っている、瓶にはデカデカと注意文言が書かれていて危険物だと分かっているはずだ。メタノール、燃料用アルコールだが誤飲すると死の恐れ。科学部員でもないやつが安易に触っていいものじゃない。


「わたし、はやく、醒めなきゃ。」

ぶつぶつとうわ言のように呟くそいつの目は何も映していない。真っ黒の瞳は空洞のようでゾッする。奪うようにその手の中にある瓶を取り上げた。


永遠



クラスメイトの石神くんはわたしと同じ片親で、そのお父さんとは血が繋がってないらしい。石神くんの興味があることに寛容でそれでいて協力的だと、メタノールの瓶を取り上げられたときその話をぼんやりと思い出した。羨ましいな、血が繋がってないのに愛されていて。ふっくらと健康的な肌に、綺麗な制服、そして石神くんの周りはいつも人が集まっている。わたしが思い描く現実のようで、そんな彼の瞳にうつるのは汚いわたしでとても惨めに思えた。

授業で危険だと教わったメタノールをお酒に混ぜてやろうと思っていた。苦しんで、もがいて、死んでしまえばいいと。カメムシを殺したあの日のように、わたしが奪う側になりたいと思っていた。石神くんにメタノールを取り上げられ、それはもう叶わない。わたしはここで永遠に奪われる側で、いつまでたっても夢から醒めない、すがるのは、もうやめだ。








ぐちゃり、床にトマトが落ちたような音が響いた。とても間抜けな音だった。
アスファルトが赤黒い血で染まっていき手足は不自然に曲がっている。不思議と痛みはない、あるのは心地よさ。ああやっと




   、


20200826
title by 溺れる覚悟


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