※石化前 ※小説版とは別時空




一目惚れだった。ズガーンと落雷にうたれたような衝撃だった。彼は入学前から天才だと噂になっていたし、変人だとも聞いていた。どんな人物か気になるのは野次馬の性で軽い気持ちで彼を――石神千空くんを見に行って冒頭に戻る。重力を無視した奇抜な髪型に反して、つるりとした白い肌と吸い込まれそうなルビー色の瞳、目鼻立ちがはっきりしている彼にうっとりした。そのあとすぐに彼の自信満々で不敵な物言い、悪く言えば傲岸不遜の性格にもう一度私は衝撃をうける。



グラウンドでは運動部の元気な声、下の階の音楽室からはピアノの柔らかい音が聞こえる。私の目の前にはさっき図書室で借りてきた山積みの本。科学、宇宙、鉱石、どれも馴染みのないものだ。実験の本を手に取り一番最後のページに貼られている貸出カードを見る。私の名前の上に石神千空という文字、癖があるけど綺麗な字だ。私の前に石神くんがこの本を読んでいた証拠。石神くんの名前を指でなぞると、いけないことしてるみたいでドキドキした。違うクラスで、何の接点もない私にできるアプローチ。

もし私が科学好きだったら、石神くんと仲良くなれたのかな。一緒に部活に行って、実験とかしてたのかな。私が失敗すると石神くんは意地の悪い顔してくるけど、また一から手伝ってくれるんだろうな。もし私が宇宙好きだったら、石神くんと仲良くなれたのかな。流星群の日には彼を夜の高台に連れ出して降り注ぐ星たちを見ながら、星座の話とかしてるかな。石神くんのことを考えすぎて、結局集中して本を読むことが出来なかった。今日はもう帰ろうかな、だいぶ日が傾きかけてきたところだ。いつの間にか運動部の声やピアノの音は聞こえなくなっていた。いそいそと帰る準備をしていると突然教室のドアが開いた。

「あ゛ー、悪ぃけどそれ一冊見てもいいか。」
「え、あ、!どうぞ!」

まさか、そんな。石神くんが私の目の前にいる。恥ずかしくて、緊張して息ができない。ページを捲る音だけが教室に響く。私の心臓の音聞こえてないよね?じわじわでてくる手汗。ああ今日に限ってテキトーなメイクだし、スカートに皺がある。ぐっとスカートを引っ張るがあんまり変わらない。どうしよう、どうしよう、どうしよう!目の前にいる石神くんは非現実で、何回もシュミレーションしたはずの私は石のように固まるしかなかった。

「図書室に行ったらテメーが借りてったって聞いた。もう十分だ、助かった。」

ぱたんと本を閉じた石神くんと初めて目が合う。ああやっぱり吸い込まれてしまう。彼の瞳に映る私は石神くんに心を捕らわれた女の顔だった。石神くんはうんと優秀だから、私が好きだってことバレてるんだろうなあ。自分が借りて返した本を片っ端から借りられて気持ち悪いと思ったかな。アプローチだと思っていたさっきまでの自分がひどく浅ましい。また私は息ができなくなる。ぎゅっとスカートの裾を握りしめる、さっき皺を伸ばしたのにもう関係なかった。

「好きです、」







20200819
title by 溺れる覚悟


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