無職になって一ケ月。朝から晩まで働いていたわたしにとって何もすることがないというのは苦痛だと思っていたが、案外楽しい。平日の昼間から散歩する背徳感と開放感は最高以外何とも言えない。もしやわたしの天職は無職なんじゃないか?と勘違いしてしまいそうだ。今日は一日千空に借りたゲームをしていた。ゲームは下手だと思っていたがあっさりクリアしてしまい手持無沙汰になる。ひまだなあと時計を見るともう夕方の六時だった。今日は千空早く帰ってくる日じゃん、と意気揚々に部屋を飛び出した。


「ニートが来たよー。」
いつも通りピンポンを鳴らすと実験続きで疲れた顔の千空が出迎えてくれ、自分で言うなと軽いツッコミを入れられながら部屋にあげてもらう。慣れ親しんだはずの千空の部屋はいつもワクワクする。今日は知らないにおい、ちょっと焦げ臭い。会社と家の往復しかしてなかったわたしにとって、毎日新しい実験や見たことのないものを見るのは遊園地みたいで楽しかった。


スプーン一匙の


「つぎの就職はいつ決まるの?」
かけられる言葉に毎回心臓が鷲掴みされる気分になる。ごめんなさいまだ決まらないんです、そう言い切る前にパシンと頬をうたれた。結構な強さで頬に熱がたまりだす。キッと吊り上がった目がメデューサみたいで少し恐ろしかった。母の求めるわたしになれなくてごめんなさい。母はわたしに大人になるよう求めた。ゲームはダメ、漫画もダメ。友達と遊びに行くヒマがあるなら習い事をしなさい、大学に進学するより就職しなさい。そんな母がわたしの唯一で、絶対。






「戦略的撤退」
上手くいかない会社の人間関係と仕事量、母のプレッシャーで雁字搦めになっていたわたしに千空がかけた言葉。漢字にするとたった五文字なのにわたしの中でストンと胸に落ちた。五年続けた会社を辞めて、初めて母が敷いてくれたレールから外れた。朝の陽ざしを浴びるとわたしの体は早く動きたいと疼くし、公園の木が青々と綺麗で眩しい、何より千空が科学の楽しさを教えてくれる。今まで気づかなかった街並みも風景もすべてわたしの中で宝物になった。求められた大人像に必死にくらいついてたわたしを解放してくれた千空。恩人になるのは当然だった。




ストーンワールドでは小さな子供でも精神的に大人になるよう急かされる。生死が関わる緊急事態だからこそ、というもっともな理由は分かる。でもわたしより一回り以上小さな子供たちが泣き言一つこぼさず与えられた仕事を黙々とこなす姿を見ると胸が痛んだ。目一杯抱きしめると突然のことで驚いた子供たちがキャーキャー笑う、まだまだ甘えたい盛りなんだろうなあ。幸せをぎゅっと固めた笑顔をみると涙が出そうになった。

「千空もたまには甘えなよ。」
「はぁ?なに意味わかんねぇこと言ってんだよ。」
新しいロードマップを書いている途中の千空はわたしの一言にため息をついた。人類の希望としてみんなの期待を一心にうける千空は、わたしが思ってる数倍プレッシャーがあると思う。そんな千空の支えになりたいだなんておこがましいけど、わたしが千空に助けられた過去がある以上放っておけなかった。

「わたしは千空より年上だから、いつでも甘えてね。」
そっと千空の手を握る、わたしより少し大きくて骨ばった手。ひんやりした千空の指先にわたしの体温を分け与えるよう力を入れる。
「おーおー、それはおりがてぇな。」
ぎゅっと手を握り返され、クククと笑う千空は年相応の男の子の顔だった。


20200818
title by 溺れる覚悟


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