「私が宗三の代わりになれたら、良かったのにね。」


ゆるりと口角を上げたそれを見て、ああ今日も醜いお顔だと思った。ただそれがどうであっても、僕の主ということは変わらない。新しい主は大層醜いかんばせの持ち主だった。この本丸に呼ばれて降りたときは驚いた、この世にこんな醜い人間がいるのかと。まず人かどうかも判断もつけやしなかったが。


「主が僕の代わり?」
「そう。」


突然ごめんなさいね、と付け足して主は襖を閉めた。ぴしゃりと。まるで僕を遮断したように思えて気分が悪い。刀数が増え始め賑やかになった本丸に主は足を運ばなくなり、自室に閉じこもるようになった。
こうして主の自室に食事を運ぶのは初期刀の山姥切国広と、僕のローテーションで回っていた。山姥切は長期遠征のためここ最近はずっと僕が主の食事係だ。他の刀剣たちの中に、食事係になりたいと自ら名乗り出る者もいたが、その申し出は主が断固として拒否するため今ではもう誰もそんなことを口にしない。

僕と山姥切の共通点は主の顔を知っている、ただそれだけだった。
醜い主の顔を知っているから本丸から少し離れた自室に訪れることができた、主に会うことができた。見目が可愛らしい短刀も、誉を多くとる大太刀だって主に会うことすらできない。そんな周りとの優越感が僕の心を侵食する。




 再刃される夢を見て何度も目が覚めた。僕はいつかまた折れて、再刃されて、また折れる。いつこの痛みに、恐怖に、解放されるのだろう。目を覚ますたびに卑しい僕の脳裏には自分より醜い主を見て安堵したくなる。主は僕より『カワイソウ』だから、僕は『カワイソウ』なんかじゃない。
寝衣がはだけようと、髪が乱れようと関係なく走って主の自室に向かった。


「こんな夜更けにどうしたの。」
「昼餉の主の話が気になって眠れなくなったんです。」
「…時間を考えなさい。お前は明日朝一から出陣ですよ。」


嘘をついた。そんなこともうどうだって良かった。何なら今、口に出すまですっかり忘れていたのに。そんな僕に主は気づいたのだろうか。突き放す言葉に足先から冷えていくのがわかる、刀の僕に冷えなんて知らないはずなのに。


「お前が走って来たのはすぐ分かったよ。それほど宗三にとって重要なことなんでしょうね。入りなさい。」


音もなく開いた襖。入るのは初めてだった。主の神力が充満していて、まるで手入れされてるような感覚になる。机と、山積みの書類、そして隅に布団。私物が何もない部屋。こんな部屋で主は過ごしていたのか。知っているようで何も知らなかった。


「私の下にきた刀剣は幸せになってもらわないと困る。すなわちお前、宗三左文字も。
泣きそうな顔をしないでおくれ。お前はとても美しいのだから、何も考えなくていい。ただ今を大事にしてほしい。私と比べてみなさい、身も心もお前は美しいよ。」


ゆるりと僕の頬を撫でた指は、風にあおられただけで折れてしまいそうなほど細かった。


20160410

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