「ごめん、ごめん哲也。許して。哲也あ。」甘く痺れるような名前の懇願する声を聞くと自分の意に反して首が勝手に縦に振った。また、だ。また名前は俺以外の男に媚びを売り惑わして共に過ごしたのだ。俺が許したと分かったらその薄くて美しい唇は弧を描き俺の名前を呼ぶ。俺の鼓膜を、脳内を痺れさす。ホームランを打った時の高揚感と同じだ。何度裏切られても俺は名前を手放せない。

「好きだ。」哲也に告白されたときのことは今でもはっきり覚えている。真っ直ぐすぎる告白に私の心も揺らいだのも事実。この人となら、私も変わることが出来るかもしれない。でもあの有名な結城哲也の彼女の肩書を手に入れたことの優越感にかき消されてしまったけど。結局私は変わらなかった。哲也と愛を重ねても私の心の奥深く眠っている深い寂寥感が溢れだすのだ。寂しい、一人になりたくない。いつの間にか私の隣には哲也以外の男がいる。

「私のせいで哲也は苦しい思いをしてるね。」名前の形の良い眉が下がる。彼女は俺の麻薬だ。どんな表情もどんな行動も愛おしい。好きだ。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。俺は上手く口を動かすことが出来なかった。名前は俺の言葉を聞く前に自分の唇を俺の唇に重ねた。あまい。

「名前、名前名前…っ、」ぼろぼろとこぼす哲也の涙はまるでダイヤモンドみたいに綺麗だった。私の宝物箱に眠っている名前も忘れた男の人に買ってもらったダイヤモンドのネックレスとまったく違う輝き。哲也の涙の方が断然美しい。ぎりぎりと絞められる私の首。生理的な涙が伝う。いつものように懇願することも許されない。私はやはり最後の最後まで哲也を苦しめ続けたんだなあ。数時間前一緒にいた哲也と一緒の野球部のあの子を思い浮かべて目を閉じた。

「哲也、」ぱくぱくと口を動かす名前は去年の夏に一緒に行った祭りでとった屋台の金魚と同じだった。長い睫毛を濡らすのは涙。初めて泣いているところを見た。俺は何も名前のことを知らなかった。捨てられると思った。いつもなら俺が許すまで謝り続けるのに、今回は何もなかったかのようにふるまったのだ。奪われたくなかった、俺の名前。好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。好きなんだ。


20131215
ロースト・ブルー・ナインティーン

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テーマ「人外ファンタジー」
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