彼を見ていると制作意欲がわき上がる。すらりとして長い手足だけど、がっしりした体格。切れ長の二重に鋭い眼力。シャープな顔つき。クラスメートたちも「抱きつきたくなる背中」と言っていたけど、それも賛同できる。彼は、結城哲也くんは、人を惹きつける素晴らしい魅力があった。たとえばそう、授業中誰もが眠たくなる先生の話だって背筋を伸ばして聞いてるところや、休憩時間は友達同士の会話でゆるんだオーラ、将棋の本を読んでるときの真剣な顔。でも一番は、やっぱり野球をしているところ。彼の表情、オーラ、しぐさが全て私の理想のモデルであった。「きれい」私が初めて彼を見たとき感じた言葉。部活帰りにグラウンド横を通ったとき、彼がすさまじい音をたてながらバットを振っていた。足を止めて見てしまうほど、彼のスイングは素人目線からでも美しかった。彼と夕日のコントラストは息をのんだ。あれほどまでも美しい景色は見たことがなかったのだ。そこから結城哲也くんは、私の最高の絵画のモデルであり、神様のように敬う存在になった。彼をモデルとした絵はたくさん賞を受賞した。シリーズの名前は「t」。私しか名前の意味を知らない。「t」は「てつや」。誰にも教えない。訳のわからない小さな独占欲だった。


野球部は今日自習練らしい。廊下で女の子たちが騒いでたのを聞いた。美術室で野球部の練習を見ながら絵を描くのが日課だったけど、仕方ない。もしかしたら結城くんがグラウンドで練習してるかもしれない。小さな望みにかけて美術室に訪れてみたがグラウンドにはタイヤを引っ張って走る一年生の姿しか見えなかった。がくりと肩を落とす。結城くんがいないなら、私も今日はやめとこうかな。くるりと方向転換して美術室から出ようとすると、美術室に来るはずもない彼が、いた。


「今日は描かないのか?」
「っ!ゆ、うきくん…っ!」


声が裏返ってしまった。恥ずかしい。埋まりたい。結城くんはそんなことは気に留めない様子である。しかし、まさか、どうして。ぽんぽんと疑問は出てくるけど口が達者ではない私にとって疑問を言葉に変換するのは出来なかった。
ユニフォーム姿の彼をこんな近くで拝めることが出来るだなんて。ぶわりと鳥肌がたつ。もう一つの彼の魅力は人と話すときは決して目を逸らさないこと。でもまさか私がその瞳に捕まるだなんて。恥ずかしくて、少しだけ怖くて、すぐ下を向いてしまった。結城、とスリッパに達筆に苗字が書かれている。スリッパでユニフォーム姿だなんてミスマッチで面白かった。


「お前の絵が好きなんだ。だから今日見に来た。」


彼は少しだけ照れたようにはにかんだ。すき?だれが?結城くんが?私の絵を、好き?ボンっと弾けてしまいそうなぐらい嬉しくて、私の絵は全部結城くんがモデルなんだよって思わず口走ってしまいそうだった。そのぐらい、本当に嬉しい。結城くんに認められるなんて。


「今から、描くよ。ちょっと待っててね。」
「いいのか?」
「うん。」


緊張する。急ピッチで用意した道具たちも緊張してるように思えた。何てたって、結城くんに見られながら描くんだもん。たらりとパレットに群青色の絵具を垂らす。その手がやはり緊張で震えてしまう。恥ずかしい、こんなとこ結城くんに見られるなんて。ちらりと横目で結城くんを見るとあの目で私の絵をじっと見てる。まさかこの絵は自分をモデルにされてるなんて思ってもみないだろうなあ。ふうと深呼吸、今から集中して作品にとりかかる。これ以上結城くんの前で失敗は出来ない。ぺてぺた、筆が踊る音。どきどき、私の心臓が踊る音。リンクしてるみたいで心臓の音も聞こえてしまいそう。


細胞単位で教えてよ


「やっぱり綺麗だ。」


ぽそりと独り言のように呟いた結城くんがやはり一番綺麗だった。


20131213

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