キル・アース | ナノ




ただただ、平凡な毎日を送っていた。特にこれといったイベントも無く、たんたんと仕事をこなし、給料をもらう。
お給料はいい方だから夜勤明けの休みには自分へのご褒美に服を買ったりして。健康維持のために週3くらいでジムにも通って。でも、長年吸ってきたタバコはやめられなくて。

そんな極々一般的な日常を私は送っていた。もちろん、そんな日常に満足していたし、変わらなくてもいいと思っていた。
少し、刺激が欲しいなとは思っていたけれど。

十分な生活を送っている中で贅沢な事を思っていたのがいけなかったのだろうか?


私を悩ませる原因になっているそれを見つめていると、ワン、と鳴いて私の頬をベロリと舐めた。
まごうことなき犬である。まだ小さくて子犬のようだが、種類はゴールデンレトリバーだ。

ちなみに私が住んでいるアパートはペット禁止で、私自身、ペットなんて飼っていない。
つまり、この犬は私の犬ではないということで。何処から入ってきたのか疑問に思うわけで。


スクッとベッドから立ち上がり、窓という窓・玄関の扉の鍵の状態を確認する。窓はしっかりと鍵がかかっているし、玄関もわざわざチェーンまでかかっている。もちろん昨日寝る前に私がかけたのだ。

足元を見ればハッハッハッと舌を出しながらくりくりとした瞳でこちらを見つめる犬。

うにっと自分の頬を抓るが痛いだけであった。








あのあと、頭を抱えて悩む私の周りを遊んで!遊んで!とわたわたわたわた動き回り、私の服をこれでもかという程引っ張る犬に見兼ねて現在私は犬を連れて散歩中である。

アパートから出る時、犬を抱えている姿を大家さんに見られてヤバッと思ったが、特に何も言われなかった。
何故だ?大家さんは動物アレルギーのはずだから動物を持ち込んだりしたら凄く怒るはずなのに。(以前他の住人に激怒して家賃上げていたのを見た)

最初見た時にはついてなかった赤い首輪がいつの間にやらついているし、つくづくおかしいと思う。

近所の公園について犬を放しても、誰も犬に見向きもしない。一人くらいは「かわいいわんちゃんですね!お名前はなんて言うんですか?」って聞いてきてもおかしくない愛らしさだが、誰ひとり見向きもしない。ちらりと目線をやりもしないのだ。おかしい。おかしいぞ。


そう、私が一人でムムム!と唸っていると、ポンポンと肩を叩かれる。振り返ると、そこにはマッチョな外人のおじさんが立っていた。
なかなかダンディーなおじさんで、ニッと私に笑いかけてから口を開いた


「Hello!」

「え、あ、は…ハロー…?」

「おお、スマンスマンついうっかり英語で話してしまったわい。ここは日本じゃったの!」


いやーはっはっは!で、隣に座ってもいいかの?と笑うおじさんから、なんだか娘に構ってもらいたいお父さんのイメージが思いうかび、クスリと笑った。

「もちろんです。どうぞ。…あなたもお散歩ですか?」

「うむ、孫を迎えに行く前にちょっぴり散歩しようと思ってな」

「お孫さんがいらっしゃるんですか?全然お孫さんがいらっしゃるようなお年には見えませんね」

「お嬢ちゃんお世辞が上手いのォ〜!」


オーバーなリアクションで「わし照れちゃう〜!」と言いながら本当に照れているおじさんを見て、やはり可愛いなと思った。男性に可愛いって言ったら怒られるかもしれないが、実際、可愛いのだから仕方ない。

にこやかにおじさんと会話をしていたら、いつの間にか走り回っていた犬が私の側に寄って来ていた。まふっ!っと頭を私の膝の上に乗せて寝に入ったようである。自由だなぁ…と思いつつ、頭を撫でてやっていると、おじさんの目線が犬に注がれているのに気がついた。


「可愛らしいわんちゃんじゃの。それはお嬢ちゃんの犬か?」

「え、違いますけど…………」


なんということだ…。ここで新事実!やっぱりこの犬は見えるらしい。どうして大家さんや、他の人たちには反応されなかったのだろう。
これは…聞くべきか?

………うん。変な人と思われてもいいや。


「…えっと、その、凄く変な事を聞くんですが、…この犬が見えるんですか?」


その私の問いを聞くとおじさんはみるみる険しい顔になった。あ、まずったかも。
しばらく、おじさんの反応を見るためにじっと待っていると、数分悩んだ後におじさんは口を開いた。


「………………質問を質問で返すことになるんじゃが、お嬢ちゃんはこれが見えるかの?」


そういって、おじさんが腕を伸ばすと腕からぶわっと茨が出てきた。

え?茨?


「ええ?えっ、何で?えっ?茨?は、生えてるんですか?」

「フム…………。どうやら反応を見る限り敵ではなさそうじゃの」

「そ、それはどういう…?」


敵、とは何なのだろうか。そしてこの茨はもっと何なのだろうか。もしかしたら、この犬と一緒なのか……?

そんな私の思考を読み取ったのか、おじさんは空を見ながら2・3回もじゅもじゅと髭を触ると、再び私に視線を向けて口を開いた。


「これはの、スタンドというものなんじゃ」

「スタンド…?」

「そうじゃ。ここじゃアレだからの〜。ホリィの家で話すとするか。承太郎にも説明せんといけんしの。ちとわしについて来てくれんか?もろもろ説明してやるわい。何しろこれらは危険だからのォ」

「き、危険って……この犬が…?」

「そうじゃ」


はたして、アホそうな顔で寝ているこの犬が本当に危険なのだろうか?でも、実際朝起きたら目の前に居たという驚くべき状況にあるということは変わりない。
そして、さっきまでヘラヘラ笑っていたおじさんの顔が物凄く真剣な表情ということも、普段ならば「バカらしい」の一言で終わるような内容に信憑性を増している。


「わかりました。お話を聞かせて下さい」

「…ホッ。お嬢ちゃんが話しのわかる人間で助かったわい。こんな事普通じゃ信じろっちゅー方がおかしいからの」


そう言って立ち上がるおじさんを見て、私も急いで立ち上がる。ボテッと犬が落ちたが気にしない。


「あ、えっと!私、ミョウジナマエっていいます!」

「なんということじゃ!わしとした事が自己紹介がまだじゃったの。わしはジョセフ・ジョースターじゃ。以後よろしく頼むぞ」


ジョセフ・ジョースター。私はその名前に聞き覚えがあった気がしたが、気のせいだと思考を打ち切り、急いでジョースターさんの後を追いかけた。