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Guilty Lovers


05_ side.G

『女の子落とすなら、失恋直後がいいって聞いたから』


朗らかな笑顔で、かつてのクラスメイトは言った。思い出しては頭を抱える。正直、こんなことは初めてで対処が分からない。突然思ってもみないところから好意を示されて、私は戸惑っていた。どこぞの大モテ野郎とは違って、黄色い声援を受けたこともないし、未だかつて誰かに面と向かって告白なんてされたこともなかった。小学校の時の初恋だって、中学の時の淡い恋だって、及川の時だって、好きなるのはいつも自分の方が先だったから、受け身にはなるのは慣れてない。

もちろん、告白はきっぱり断った。そんな気分にはなれないし、ただの元クラスメイトでしかなかった男の子を急に恋愛対象になど見られない。それに、私はまだ忘れられていない。なのに。


『俺、諦めないから。これから頑張るつもりだから、覚悟して』


彼はそう言った。どういう意味なのか、その場では理解できなかったが、翌日の放課後、再び姿を現した彼に私は開いた口が塞がらなくなった。


『一緒に帰らない?』


フッた相手が間髪入れずに翌日会いにくるだなんて、予想もしない。丁重にお断りをするが、なんとその翌日も来た。それからというもの、彼は毎日やって来るようになったのだ。


「んじゃ!ナカちゃん!また明日ね!」

「はいよ〜気を付けて〜転ぶなよ〜!」


最初の一週間まではちゃんと面と向かって謝罪の言葉を述べていたのだが、どうにもこうにも、あまりにもしつこくて、とうとう私は授業が終わると一目散に教室を出る羽目になった。一方的に想われ、そして追いかけられるということが、こんなに厄介なことだとは初めて知る。やっぱり気持ちを押し付けるのって良くないんだ……と、なんだか学んだ気分だった。兎に角「ごめんなさい」を繰り返すのも苦痛になって来て、彼がこのクラスに現れる前に……と、連日逃げ回っていたのだが、毎日そんなに上手くはいかない。

その日は日直だった。授業で出された提出課題のプリントを集めて職員室まで持って行くという任務が課せられていた私は、今日は逃げ帰ることは許されなかった。溜息交じりに皆からプリントを回収していると、やっぱり彼は現れた。


「………ごめん、一緒帰れない」

「やっぱりダメ?」

「うん……」

「了解。じゃ、また明日」

「うん………え?明日?いやっ!だからっ!……あっ、ちょっと待っ、」


これじゃあ何の為に断っているのか。いつものように既にお決まりとなったセリフで断るが、彼はまったく凹んだ風もなく笑顔で走り去ってしまい、疲労で肩が落ちる。今日がダメだからじゃないのに……明日になればオッケーだとか、そういんじゃない。と、それを伝えたいのに、上手く伝わらない。そもそも、付き合う気は無いと最初に伝えたんだし…。何故あんなにも粘り強いのか、彼の考えが全く理解不能で私は更に深く息を吐いた。


「……ご苦労様」


成す術もなく途方に暮れたまま、皆が教室から出てってしまう前にと急いでプリントの回収をしていたら、一番この光景を見られたくなかった人物に硬い声で言われてしまう。やけに悠然と椅子に座っていた及川は、軽く浮かせた片手でヒラヒラと紙切れを揺らしていた。なんでそんなのんびりしているの……と、思ったが、そういえば今日は月曜日。週に一度の部活が無い日。別れた元彼に、異性に振り回されている自分を見られるのは何故だかとても気まずくて。目を合わさないように気を配りながら、差し出されたそれを引き抜こうと端を掴んだ。が。何故か抜けない。強い力を感じて、眉間に皺が寄る。


「まったく……強引な奴に弱いんだから」


次いで口を開きかけて、聞こえてきた言葉に驚いた。まさか相手の方が先に口を開くだなんて思ってもなくて拍子抜けする。思わず顔を見ると、口元を掌で覆うように頬杖をついた及川が、冷めた目でこちらを見ていた。


「そ、そんなことないし」

「そうかな」

「そうだよ……!」


久々にマトモに言葉を交わすからか、喋り方がぎこちなくなってしまう。それなのに、及川の方はそんな素振りもない。


「俺ん時も、そうだったし」


意識しているのは所詮、私だけなのかと心の中で文句を付けるが、急に思ってもない事を言われて心臓が跳ね上がった。


「ち、違う」

「違わないね」

「違うよ!、アンタの時は、だって、」

「だって?」

「だって…………もう好きだった」


その一言を告げるのに、だいぶ時間が掛かった。改めて当時のことを振り返るのは、とても恥ずかしかった。それだけじゃない。今はもうその想い人とは修復が不可能なまでに関係がこじれてしまった中で、他でもない本人にそれ言うのにはかなり勇気がいった。しかし、思えば答えなきゃいけない義理などどこにもないのだから、無視すればよかったのだと気づく。後悔したあとで気まずくなり、顔が見れなくなって俯いた。


「だ、大体っ……!弱いも何も、そんな恋愛経験多くないし……知ってるくせに」


そんな心境を誤魔化すため、言い辛いことを更に口にしなければいけなくなった羞恥で心臓が煩く鳴いていた。早くなる鼓動に吊られて余計なことまで口走ってしまったが、焦ってももう取り消しは効かない。及川からの返事は長いことなくて、何も言い返す気は相手にはないのだと悟る。変な事をこれ以上言ってしまう前にこの場から逃れたくて、指先で摘んでいたプリントを引き抜こうと再度引っ張った。が、それでもまだ抜けない。


「なによもう……!」


まだ何かあるのかと、焦る気持ちで咎めた。居心地が悪いったらありゃしない。少々キツめに睨んだら、もう一度目が合う。及川は何も言わない。ただ黙ったまま見つめられる。再び覆い隠された口元がどんな形をしているのか分からないが、その眼は笑っていなかった。座っている及川は、自然と私を見上げる形になっている。上目遣いになった涼やかな目元に浮かぶ色は、何を意味しているのか。


「この間、言い忘れたことがあってさ」

「は?」


隠されていた口元が露わになり、やっと言葉を発した及川は緩く笑みを作っていた。この間、とは一体いつのことを指すのか。そもそも会話らしい会話をしたのが久々過ぎて、思い当たる節がない。怪訝に思って見つめていると、やがて及川はアイドルさながらに眩しく笑った。


「最後に一回、お願いすれば良かったなぁーって」


何を言われたのか最初は分からなかったが、理解した途端に頭と頬にカッと血が昇る。咄嗟のことに言葉が出なくて、出たのは手の方だった。考えるより先に右手が勢いよく動き出す。乾いた音を立てて、私の掌が及川の頬を打った。まだ教室に残っていた数人のクラメイトが、その音に驚いてこちらを振り向く。対峙しているのが私と及川だと気付くと、皆気まずそうにすぐ視線を逸らした。幸いにも、一番声を掛けるのを躊躇ったという理由からプリントの回収は彼の分で最後だった。殴られっ放しで傾けていた顔を、及川はやや間を置き視線だけで私を見上げる。もう笑ってはいなかった。斜め下からの鋭い視線が憎らしくて哀しくて、強引にプリントを奪い取ると私は鞄を手に教室を逃げるように出た。目元からは、抑える間も無く涙が溢れていた。


「浜口……!」


予想外のことはまだ続いた。名前を呼ばれることにも、追い掛けられたことにも驚く。私が彼の身体能力に敵うわけがない。あっという間に追い付かれて、呆気なく腕を掴まれて、無理やり振り向かされる。力の抜けた手から、バラバラと集めたプリントが散らばり落ちた。


「ごめん」

「……ぅっ……っ」

「ごめん、浜口。悪かった。意地が悪すぎた」

「……っ……ぅっ…!」


なぜ謝られているのか、さっぱり意味が分からない。全然わからない。溢れ出した涙が堰き止められずに次から次に零れていく。頬を濡らすそれをぐいぐいと片腕の袖口で拭うばかりで、私は何も言えない。悔しくて悔しくて堪らないのに、喉が詰まって何も反論出来ない。掴まれたもう一方の腕が、及川の強い力で握られていることが不思議で仕方なかった。


「……ごめん、浜口…ごめん」


繰り返し繰り返し謝り続ける及川。少し躊躇った素振りのあとで、身体を引き寄せられた。成す術もなく嗚咽を漏らしながら、されるがままに抱き締められた私は、どうするべきか全く分からなかった。

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