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Guilty Lovers


04_ side.B

九月。夏休みが明けて二学期が始まった頃には、俺と浜口の関係が終焉を迎えたことは周知の事実となっていた。見ず知らずの女子から呼び出される回数が格段に増えたことが、それを物語っている。加えて女の子たちの口から出るセリフが「気持ちだけでも伝えたくて……」という類から、「付き合って下さい」という明確な要求に変化したことも、それを裏付けていた。答えはもちろん全てノー。まだ、忘れていない。

来月には代表選も控えているし。考えなくちゃならないことは、一つだけではなかった。僕の与り知らぬところで、飛雄は予想外な成長をしていた。まったく、たった数ヶ月でそれを習得しちゃうなんて反則だ。夏を越えて今度は何を身に付けてくるのやら……。休み中に偶然出くわした飛雄が他ならぬ自分に助言を求めて来た時は笑ったけど……けど、笑ってばかりもいられない。あいつは烏野で確実にチーム戦を覚えてきている。今まで孤高の王様を気取っていたくせに。才能ばかりに胡座を掻いて、チームメイトのことなど思いやる素振りもなかったくせに。ついこの間、共に戦う仲間の大切さを学んだばっかりの飛雄に、簡単にここまで昇らせてたまるか。次も、次こそ、完膚なきまでに叩き潰してやる。

そうでなければ……アイツを屈辱という名の地の底に這わせてやらなければ、浜口との時間を犠牲にしてきた半年間も無駄になるじゃないか。……胸の内で密かに独りごちる。自分で脳裏に浮かべた戯言。授業中の、数列前に座る彼女の背中を見つめた。もはや教師の声など遠くでしか聞こえず、片手で頬杖を付いたままもう一方の手でシャープペンを無意識に回す。小指と薬指に挟んだそれを外側方向に縦回転させながら、薬指と中指の間へ、中指と人差し指の間へ、人差し指と親指の間へと順に移動させるそれは、昔浜口に教わったもの。こんな小さな事の一つ一つが、胸を刺す棘になる。


「あっ、ちょっといい?」


胸に抱えた様々な感情は自分の心の中でだけ熱く燃やすことにし、表面上にはおくびにも出さないよう覆い隠していた俺は、昼休みに教室を出たところを誰かに呼び止められた。声がした方を振り向くと、全く見覚えの無い………こともないような、やっぱり見覚えのないような………男子生徒が俺に笑いかけている。


「………男の子から、っていうのは初めてだなぁ〜」

「は?何が?」

「昼休みに呼び止められるとか、告白以外ないじゃーん?」


相手の意図が分からないままだったが、笑いかけられているということは、少なくとも向こうには自分に面識があるのかもしれない。当たり障りなく戯けた口調で言うと、彼は一拍置いて盛大に吹き出した。屈託無く笑う様子に、なんだか悪い奴じゃないっぽいという、ざっくりとした印象を持つ。


「まぁ、間違ってはいないかな」

「えっ、マジで?」

「告白しに来たってとこはね。相手はお前じゃないけど」

「なーんだ!焦ったぁ!驚かせないでよ。うちのクラスの子だよね?呼ぶ?」

「あぁ、頼む」

「はいよーっと、誰?」

「アニマル浜口」

「………はい?」

「アニマル浜口、呼んで?」


一瞬、今度こそ本気で焦った。目の前の相手は、満面の笑みを浮かべて俺を見ている。成る程……。どうやら、相手は俺が誰だか知っているらしい。先程まで好印象であった彼の印象が、意図を察した瞬間に百八十度変わる。


「………了解」


柔らく感じていた微笑みの中に、ナイフのような鋭さを読み取った。似たような人種なのかもしれないと思いつつ、僕は特に歯向かうこともせず相手の望むままに行動してやった。


「浜口」


口に出して、直接名前を呼ぶのはいつぶりだろうかと考えた。久々に公衆の面前で名を呼んだもんだからか、友達と雑談中だったらしい彼女が、一瞬肩を震わせて、そして俺を見る。


「呼んでるよ」


なんで?、なんて顔をしている彼女に先回りして教室の外に待ち構えている男を顎で示す。すると彼女はますます眉間の皺を濃くしながら、ゆっくりと立ち上がるとこちらに歩み寄って来た。……前髪、随分伸びたな。……なんて。呑気なことを考えた。


「愛の告白だって」


僕の前をすり抜け、そいつと対峙する間際に、静かに呟いた。


「………ッ!?」


弾かれたように、浜口が顔を上げる。足元ばかり見て俺の顔を見ようともしないのが気に入らなかった。睨むようにして俺を見上げた彼女の瞳に、そう仕向けたのは自分なのに何故だか酷く居心地が悪くなる。それを悟られるのも癪で、めい一杯笑ってやった。


「いってらっしゃい」


何がそんなに驚くことがあるのか、俺を見上げて動けないでいる彼女の金縛りを解いてあげようと、そう言って、指先で軽くその背中を押してみる。呆気なく片足を半歩先に進ませた彼女は、ようやく俺から目を離して、待ちぼうけを食らっていた男の前に歩み出ると、二人で何処かに消えて行った。それを眺めて、何とも形容し難い感情に襲われる。


「………二年の時に、同じクラスだった奴じゃないかな」


背後から聞こえて来た声に振り返ると、浜口の友達である中澤由梨が居た。後頭部を掻きながら、やや気まずそうにしている。彼女の親友であると聞いていながら、俺はこの子とマトモに会話をしたことがまだなかった。ただ、今年のクラス編成発表の際、浜口の側に彼女がいるのは有難いことだと、それだけ思ったのを覚えている。


「へぇ……」

「………及川くんが居たからね、去年は遠慮してたのかも」


中澤さんが教えてくれた情報に、そういえば……と、思い出した。浜口を迎えに何度か彼女のクラスに足を運んだ時、確かに教室内に居たかもしれない。そうだ、いつの日だったか、俺はあいつに物凄い形相で睨まれたことがあった。さっきの既視感は、それだ。


「遠慮して収まる程度の気持ちなんて、理解出来ないね〜」


あの時の苛立ちを思い返したら、ついつい口調が冷ややかになってしまう。だってそうだろう。欲しいなら奪う覚悟で取りに来ればいい。本気で想っているなら我慢なんて効かない筈だ。まぁ、どれだけ奪おうとしても、渡す気なんてさらさら無かったケド。


「それ、今の及川くんが言えるわけ?」


心の中で悪態を吐きまくっていた俺は、予想外の言葉を返されて目を見開いた。中澤さんは、控えめながらも鋭く俺を睨んでいる。……正論だな。と、納得して自嘲した。あくまで心の中で。


「お互い様ってやつだよ」


中澤さんに本音を吐露することは、浜口に吐露するのと同じことだ。女同士の、それも互いを親友と呼び合う二人の中には、蓋など存在しない。努めて口角を上げ、目を弧に細める俺に、中澤さんは静かに息を吐いた。流石。たぶん浜口から色々な話を聞いているんだろう。俺の笑みの意図を、僅かながらでも察してくれたに違いない。


「かもしれないね……あの子も強情だから……」


そう呟くと、彼女も俺の横をすり抜け教室を出て行った。最後の言葉が何を意味するのか。少し気になったが、呼び止めてまで聞く気は起きなかった。他人の口からでは駄目なんだ。浜口からじゃなければ、きっと俺は何を聞いても納得出来ない。

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