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Guilty Lovers


03_ side.G

「ねぇ、花火大会一緒に行かない?」

「揉みくちゃにされるだけじゃん……ちなみに、どっちの?」

「もちろんコッチ。遠いじゃんアッチは」

「げ………やだ」

「言うと思った〜、でも行きたい!」


何気なく窓の外を眺めていた私は、ナカちゃんの言葉に眉を顰めた。毎年八月頭に開催される、七夕祭り。その前夜に行われる街をあげての大体的な催し。ナカちゃんの返答から、彼女が指す花火大会はそれのことなのだと時期的に察する。この時期、花火大会はあちらこちらの地域で頻繁に実施されるが、この街に住む人間なら真っ先に思い浮かぶのは二つ。コッチなら西公園、アッチなら松島。私もナカちゃんも市内在住ということを思えば、それは当然かもしれなかった。


「いいじゃんいいじゃん!今年こそ〜」


やはりな、という気持ちで抗議するが、ナカちゃんは引き下がらない。強請るように口を尖らせる彼女を前に、どう逃れようかと考えを巡らせた。問題のその花火大会は、駅前から徒歩で行ける場所での開催とあって毎年大混雑するのだ。明日からの七夕祭りは東北三大祭りの一つでもあって、前日入りしている観光客も多い。


「屋台で美味しいもの食べたい〜」

「目的はそれか」

「だって、高校最後の年よ?一回ぐらいいいじゃん?」


身を乗り出して尚も訴えかけてくるナカちゃんに、私は手元にあったドリンクのストローを咥えつつ、しばし無言を貫く。大通りを歩行者天国にして解放するのはいいが、場所取り戦争も激しくただただ人の多さにまみれて不快感ばかり募るもんだから、私は好きではない。昔から家族だったり、幼い頃の友人だったりと共に何度か参加したことはあるが、いつも花火の美しさに酔うより先に人混みに酔った。その経験がトラウマで、出来れば避けて通りたい行事の一つであったのだ。そのせいか、これまでお祭りらしいお祭りに二人で参加したことは一度も無い。ナカちゃんもナカちゃんで、私がそういう人混みに呑まれるのは好きではないのを知っているからか、無理に誘おうとはいつもはしないのだが、今回ばかりは違っていた。


「思い出作ろうよ〜」


彼女がこんな風に引き下がらない理由は、なんとなく知っている。ナカちゃんは高校卒業後の進学先を、県外の専門学校に決めていた。もしかしたら、生まれ育ったこの土地で夏の風物詩を楽しむなんてことは、この先滅多になくなるのかもしれなかった。


「一つ条件、浴衣は無しね」

「オッケー!」

「雨が降ったらナカちゃんちお泊まりに変更すること」

「ラジャ!…ってか二つになってるし」


おまけにその花火大会、何故だか高確率で雨が降るというジンクスまである。人混みに揉まれて、更に雨に晒されるということだけは最も避けたい。


「雨降んなくても、泊まり来たらいいよ。美味しいものいっぱい買ってうち行こう〜」


文句も言わずに嬉しそうに承諾してくれるナカちゃんに、私もとうもう観念して笑って頷いた。無二の親友である彼女との高校生活も、残すところ一年も無いということを思えば、あまり好きではないはずのお祭りも自然と楽しみに変わる気がした。忘れないうちにと、傍らの椅子に置いてあったバッグからスケジュール帳を取り出して開く。八月のカレンダーに印を付けながら、今年はやけに空欄が多いなと感じ、その理由に直ぐに思い至った。考えたくなかったのに、こんな些細なことで気付かされてしまうのが嫌だった。


「………そんなに思い詰めんなら、撤回してくりゃいいじゃん。まだ好きなくせに」


いつの間にか、重い空気を醸し出していたらしい。ナカちゃんに指摘されて、我に返る。断ち切るようにスケジュール帳を閉じてバッグに仕舞うと、頼んでおいて手付かずであったポテトを摘んで口に入れた。


「全く……ナカちゃんくらい、及川も目敏かったらな」


長く放置していたからか、萎びてふやけたポテトはとてもじゃないが美味しいとは言い難い。口直しに飲んだコーラも、あっという間に氷が溶けてしまっていて、コーラというよりまるでコーラ風味の水でしかない。ダブルで広がった口の中の不快感に、私は眉間に皺を寄せた。


「及川くんほど鋭い奴も、なかなかいないと思うけど?」

「まぁね……。今のはただの愚痴」

「………向こうだって、たぶん気付いてるんじゃないの。浜口が忘れてないの。てか、及川くんも未練ありそ」

「それはどうかな?アッサリ切られたしね、別れた時も。引き留めてくれるかなって期待は、粉々に砕けました」

「………ねぇ、浜口が使った手段は、すっっっごい卑怯だって自覚ある?」

「あるよ。だから撤回できない。少なくとも私からは」


決まりきった答えを口にすると、ナカちゃんはついに溜息を零す。彼女とこんな会話をするのは、もう何度目か。けしてナカちゃんは私を責めているわけではなかったが、優しく宥められても、厳しく叱咤されても、どちらの戦法で来られても、私の答えは変わらなかった。


「まっ……!今日はそんな話しに来たんじゃないもんね!ごめんごめん、行こっか!」


若干流れる空気に陰が指したのを察知して、ナカちゃんが声のトーンを上げる。それを合図に、二人で席を立った。今日は溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうと、ナカちゃんが買い物に誘ってくれたのだ。ちょうど街中では夏のセールが佳境を迎えている。毎月親から支給される雀の涙程度のお小遣いを握りしめ、私たちは駅前ショッピングを楽しんでいた最中だった。小休憩として入っていた店を出て歩き出せば、夏の日差しが眩しくて目を細める。空を覆うようなアーケードのおかげで直射日光は避けられるが、合間合間に訪れる横断歩道を渡るたびに汗が吹き出た。左右に立ち並ぶ飲食店やゲームセンターに気を取られつつ、ナカちゃんと共に歩き進む。


「バイトでもしようかなぁ…」

「えぇ?浜口、自分が受験生ってこと忘れてない?」

「あ。そっか」

「アンタの成績ならどこも余裕かもしれませんが!やだー学年十番台は嫌味だねー!」


尽きることのない物欲から、予定がスカスカなら自分の欲しいものくらい自分で稼いだお金で買うのもいいかもしれないと、思いついたまま率直に零せばナカちゃんから大袈裟に睨まれる。半分冗談、半分本気のその思いつきは、彼女の言葉により立ち消えた。そういえばそうだ。私たちは三年生だった。


「ナカちゃんこそ、試験ないでしょ?面接だけだっけ?」

「そ、れ、が、さぁ!一般常識テストと論文ある〜。作文苦手なんだよなぁ…やばい」


そんな会話がいつしか真実味を増すようになっていて、いつも当たり前に来る明日が来なくなる日は、確実に迫っている。そう考えると、感慨深くなるのは致し方ない。


「浜口は?進学先、決めた?」

「いや、まだ。いくつか候補は出してるけど、絞ってない」

「……………及川くんは?」

「知るわけないデショ」


言いづらそうに、それでも気になるから黙っていられないという風なナカちゃんに、私は努めて冷静を装った。実際、学校での本格的な進路相談が始まる頃には、もう会話も無くなっていたから及川の志望先など知る由も無い。二年の頃に行きたいと彼が言ってた学校名なら幾つか思い当たるが、そんな一年以上も前の情報など不確かだ。思えばあの頃、漠然と同じ大学に行けたらいいなと安易に考えていた自分が、恥ずかしい。やりたいことが明確で、人生を賭けられるものを既に見つけていて、その道を真っ直ぐに進む及川と、同じ土俵に上がろうという方が無理な話だったのではないか。

最近では、そんな考えに辿り着いていた。未だ将来のことも不明確で、自分が何に成りたいのかもよく分かっていない私と及川では、根本から世界が違ったんではないかと。同じ高校生同士という肩書きを持って、同じ制服を着られているうちはまだいいが、学生という枠組みから外れていつしか一個人の人間でしかなくなった時、その差はきっと今よりハッキリと現れる。そう思うと、とてつもなく恐くなった。

及川はきっと、バレーを捨てない。たぶん、一生。そんな予感がしてる。もしかしたら、いつか画面の向こう側で華々しく活躍する彼の姿を、一人ボンヤリ眺める日が来るのかもしれない。そうなった時、私は素直に喜んであげられるのだろうか。妬みも、悔しさも、寂しさも、濁った感情の欠片などなんにも持たずに、ただただ、純粋に讃えてあげることが、果たして自分に出来るんだろうか。そんな何年も先の話が、想像するだけでとても恐かった。考えれば考えるほど、醜い自分自身が露呈するばかり。今はまだ、その自信が無い。即ち、その頃までに私は及川を忘れられているかどうか、自信が無い。それはきっと、私の掌にはそんなものは何一つ無いからなんだと、分かった気がした。

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