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Guilty Lovers


09_ side.G

「本当は、受かってから言うつもりだったのに」

「それじゃ、来年になっちゃうじゃん」

「………そうだよ」


けやき並木の下を歩きながら隣できょとんとした顔をする及川を、私は軽く睨んでやった。他に返しようがなくて、それ以上は何も言わず溜息を吐く。


「とりあえず、お疲れ様」


代わりに、さっき買ったひょうたん揚げを差し出した。文字通り、ひょうたんの形を模した蒲鉾を衣をつけて揚げただけのシンプルなおやつ。それだけなのに絶妙な美味しさであるそれは、私も及川も大のお気に入りの一品であった。串に刺さったそれをゆらゆらと揺らして見せると、及川は笑いながら手に取りその辺のベンチに座る。今日は私の奢りだ。っていっても、数百円程度の出費では痛くもなんともない。ここのところ、受験勉強ばかりでどこかに出掛けてお金を使うことも少なくなって、お小遣いも溜まる一方だった。


「そっちはどうなの、いけそうなの?推薦」

「ん〜〜〜微妙?結局、全国には行けてないし。一般で受けることになるかも」

「そっか……」


及川の隣に腰を下ろし、同じようにひょうたん揚げを頬張りながら聞いてみる。その返事に、聞いておいて何と答えるべきか迷う自分がいて、しまったと思った。あまり及川のバレーについて言及するのは得意じゃなかったことを思い出す。私には知らない世界だ。それで幾度となく失敗してきた。二人の間に致命傷を負わせてきたのは、もしかしたら不用意にそうして発言してしまう私のそれだったかもしれない。


「もういらないなら、もらうよ」

「えっ、あっ…!ちょっ…!まだ食べるって……!!あぁ!!」


いつの間にか手が止まっていたらしい。手にした串に残り二口三口残っていたひょうたん揚げを、私の手ごと引っ掴んだ及川がパクリと口に入れた。慌てて抗議するが、もう遅い。そのまま勢い良く綺麗に食べ尽くされてしまい、一本の串だけが手元に戻された。


「あぁ〜……久々に食べるのに…!」

「へっへっへっ」


憎たらしい気持ちで及川を睨めば、してやったりの顔で笑っている。今日の及川はやたらとご機嫌が良い。さっきからにこにこと笑ってばかりいる。それは他でもない、自分のせいなんだろうかと思うと、返って私は笑えなくなる。放課後、突如及川から連れ出されて、成り行きであんな会話をしたのち、こうして一緒に並んで帰路についていた。不思議なことに、それまでの葛藤や確執がうそみたいに、自然に言葉を交わし合っている。何故なんだろう。それまで何度もぶつかり合ったことは、無かったことには出来ないはずなのに。消えてしまった訳ではないのに。一時的に、本棚の一番上の手の届かない高い高い場所へと置き去りにしてしまったかのように、今の二人の間にはそれがない。

多分、単純に、及川はそれを喜んでる。自惚れかもしれない。さっき聞いた及川の独白と、目の前にある彼の笑い顔を見れば、自意識過剰にもなる。私と同じように、彼も、忘れられていなかったんだと思わざるを得ない。もちろん、嬉しい。けど、私は素直にまだ笑えなかった。

今はいい。これは、この感情は、及川と初めて知り合った時のそれとよく似ている。嬉しさ半分、緊張半分。何かに期待して弾む鼓動。その先にあったのが幸せだけなら良かった。でも結果、私たちの先には絶望も待っていた。一度駄目になったのに、今後もそうはならないなんて保証はどこにもない。


「…………なんか考えてるね」


知らずに思考に耽っていてしまったようで、声を掛けられて我に返る。振り向けば、自分の膝を台座に頬杖をついて私を見上げている及川と目が合った。


「嫌いじゃないなら、いいじゃない」

「は?」

「そりゃ、腹立ったよ〜。何も言わずに自己完結だし。電話だし。一方的だし。なんだそれって」

「あ…………」


何のことを指して言われているのか、直ぐに理解できて気まずさが募る。そう言えば、別れを切り出したのは私だった。


「ムキになった。そっちがそう出るならって」

「うん……アンタならそうするって半分思ってた」

「だろうねぇ〜」


観念して口を開けば、呆れ声が返ってくる。お互い、中途半端に相手を知ってしまっていたから、事態がどんな風に向かうのかなんとなく察していた上での会話だったのだと、今になって分かる。分かっていたのに歯止めをかけられなかったのもまた、互いを知ってるから仕方なかったとも思えた。


「だから、ゴメンね」


そう思ってしまうことが、この先も恐い。と、脳裏で誰にともなく白状したところで、謝られた。まさか謝罪の言葉が出るとは思わなくて、反応が遅れてしまう。


「………な、何が?」

「あん時、縋ってあげらんなくてゴメンね?」

「いや、ちょっと、意味が……」

「だから!……ほんとは嫌だったの!嫌だったのに、受け入れてごめんなさい、のゴメン」


呆気に取られて及川を見つめていると、そっぽを向かれてしまう。そのまま、気まずそうに明後日の方向を見ながら彼は続けた。その口からそんな素直な言葉が出るだなんて、全くの予想外で。


「ちょっと!!なんか言ってよ!!」


しばし絶句している私に、及川が堪え切れずに叫んだ。気恥ずかしいのか、少しだけ頬を赤くしている彼の様子にも驚くばかり。やがて睨むように目を鋭く細め、険しい顔で及川が私を見る。それを合図に我に返った私は、逡巡しつつ息を吸った。


「うん……。私も、ほんとは……」

「ほんとは?」

「嫌だった…」

「別れたくなかった?」

「うん……。いやっ、でも、あん時は、もうしんどくて、でも、」

「でもでも?ほんとは?」

「っ…!!ちょっと!!少しは黙って聞いてらんないの!?」


真剣に話し合いをしたがっているんだと思うからこそ、言葉を選び選び慎重に口にしているというのに、どうしてか及川はそれをさせてくれない。堪り兼ねて声を荒あげれば、怒鳴られたというのに悠長に彼は笑っていた。


「ごたごた言うのはいいから。今言いたいことだけ教えてよ」


そして、少しだけ眉尻を下げてそんなことを言う。気弱さを感じさせるその表情に、私は及川が一番欲しがってる答えをまだ言ってないことに、悔しいかな気付いてしまう。その途端に一際大きく心が震えた。求められている。それがこんなに嬉しいことだったということを、思い出した。


「………すっ…すき、だ、よ…?」


だからと言って、素直に上手に口に出来るほど器用ではない。恥ずかしい気持ちで心臓が壊れそうになりながら、やっとの事で言えた。最後が疑問系になっているのは、果たして本当にそれが及川の望む答えだったのかと、まだ不安が残ってる証拠。顔は見られない。もう既に二年も三年も同じことを何度言ったか分からないのに、何度言っても慣れることはなかった言葉。


「よく出来ました!」


言い終わったあとも緊張から膝の上で固く握った自分の拳をひたすら見つめていたら、勢いよく後頭部を掻き回された。左右に大きく振り乱されて、上半身が仰け反りそうになる。


「ちょっと…!ボールじゃないんだから!振らないで!」

「あ、言われてみれば大きさ同じくらい?」


悔し紛れに抗議すると、及川はピタリと手を止めて思案顔をした。口元に指先を当てて視線を斜め上に向ける及川に、私は呆れて溜息を吐く。けれど、ゆっくり照れる時間もくれない及川に、少しだけ感謝した。と、思う間に。


「だから落ち着くのかも」


後頭部に乗せられたままだった手で、力強く引き寄せられた。そのままあっさりと、私の顔は及川の首元に埋まる。背中はがっちりとホールドされて身動きが取れない。急なことで咄嗟の反応が出来なかった私は、全身に感じる及川の身体の感触に心がきつく絞られた。本日二度目の抱擁に、またしても心がほだされる。何を言われた訳でもないのに、頬に感じる柔らかい感触に、背中を覆う腕の感触に、耳元にかかる及川の吐く息に、張り詰めていた糸が緩んだ。自分の唇が震えているのに気付く。呼吸をするのが苦しくなった。さっきとは逆に、今度は私が及川の肩口に瞼を押し付けた。ここが街のど真ん中ということも忘れる。悪いのは及川だ。世の中の公衆の面前でいちゃつくカップルを、私たちはもうバカに出来ない。

好きだ。どうしようもなく、好きだ。離れたくない。こんなにも、大好きだ。


「俺ってめんどくさい奴なんだって」

「うん、知ってる」

「即答!?……まぁ、だからさ、多分こんなことばっかり繰り返すんだと思うよ、浜口とも」

「うん」

「でも、嫌いにならない限りは一緒にいてね。……素直になれるように頑張りますから」

「なんで敬語よ……。でも、うん、私も、あんまり意地はらないように……努力します」

「うん」


結局のところ、もしかしたら、なんの解決にもなっていないのかもしれなかった。ただ一つ出た結論は、やっぱり好きだということ。それを捨てられないということ。


「あと、及川みたいに、私も、全力尽くせるもの見つけたい」

「え?」

「何かに人生賭ける気持ちって、私まだ分かんない。それって悔しいし、理解しきれない。自信も持てない。及川に釣り合うような人間になりたい」

「浜口………」

「だからあの大学選んだんだよ。興味出たのは及川がキッカケだけど、決めたのはちゃんと中身調べてからだから。たぶん学科は全然違うとこ。言っとくけど、学科違うとキャンパスも全然違うんだからね」

「えぇ!?うそ!?何ソレ聞いてないっ!!」

「言ってないもん当たり前でしょ!」

「えぇ〜!!!ヤダァ!!!」

「ヤダじゃない!!」


この先も同じことを繰り返す羽目になるのかもしれなくても、嫌いになれないなら仕方ない。及川といると辛いのと苦しいのは、ずっとセットで付いてくるのかもしれないけど。それでも、私の幸せを運んで来るのも、きっとコイツしかいないと分かってしまった。


「な〜んだ、残念。……まぁ、でも、春が来ても一緒の学校か……フフンッ」

「やだ、その顔、気持ち悪い」

「へへッ、よろしく〜」

「まだ早い!受かったら、でしょ。お互いに!」


とうに身体を離した二人の間には、穏やかな空気が流れている。四方を車道や歩道で囲まれる、街の中心部に位置するこのけやき並木の遊歩道。紅葉も深まって人通りも少なくないというのに、こんな場所で派手な抱擁をしてしまったのが気恥ずかしくなり、会話を続けながらどちらともなく立ち上がった。歩き出して直ぐに、及川に右手を取られる。抵抗せずに軽く握り返すと、それでは全然足りないとでもいうように馬鹿みたいに強く握られて、即座に「痛い!!」と抗議した。

付き合いが始まってから三年と少し。私たちは、今年の初めに少し大きめの喧嘩をした。ただただ、それだけのことだったんだと自然に思えるぐらいには、及川の大きな掌に酷く安心している自分がいた。


END

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