top
main
気付いて、嘘吐きアイロニック。


笑って強制シャットダウン

その翌日から、私は今まで続けてきたその習慣を変えた。正しくは、気乗りしなくなったから、止めた。


「妙子ちゃ〜んっ!お待たせ」


声を掛けられて、顔を上げると優しく笑う圭ちゃんが教室後方の入り口に立っている。笑みを返すが、上手く笑えていただろうかと可笑しな心配をした。突然四組への立ち入りを拒否を示した私に、圭ちゃんは何も言わなかった。疑問に思うのは当然で、一番最初こそ控えめに理由を聞かれたが、曖昧に唸る私にしつこく詰め寄ることはせず、優しい友達に感謝した。呼ばれたら席を立って、皆で昼食を取るのは同じ。中庭だったり、空き教室だったり、その日の気分、皆の気分でそれは決まる。今日は屋上だった。夏もそろそろ終わりに近づき、気温もそろそろ秋の気配を感じさせるが、きっともう少ししたら寒くていらんなくなるんだろうな。


「圭子ちゃ〜ん、滑らない彼氏のハナシ聞かせて〜」

「えぇ〜何よそれ〜。そんなハードル高いの困るよ」

「滑ってもいいから聞かせてよ!ねぇ、どうなの?上手くいってるの?」


それでも陽射しが暖かくて気持ちいい。朗らかな空気に包まれて優しくなるのか、皆が初めての彼氏持ちとなった圭ちゃんに話を聞かせろと強請るのが最近のもっぱらの話題。照れ全開で顔を真っ赤にさせる彼女が可愛いから、からかいたくなるのだ。気が付けば、夏休みにそのカミングアウトを聞いてから、約一ヶ月近く経っている。お付き合いは順調のようで何より。と、いうか私にしてみたら信じられない。どうやって?どうやって、ついこの間まで他人だった人と、しかも男の子と、心を通わせられるの?上手く会話を続けられるの?どうして好きだと思ったの?


「いいなぁ〜カレシ〜。ね!妙子ちゃん」

「えっ?……あぁ、うん、そうだね」


ふいに聞かれて、今まで自分が上の空だったことに気付く。慌てて会話の帳尻を合わせるように首を縦に何度も振って相槌を打つ。正直に言うと、分からない。自分が彼氏とか恋人だとか、それを欲しいと思っているかどうか、分からない。確かに、ちょっと前までは羨ましいと思っていた。従姉妹のお姉ちゃんの話を聞いた時や、圭ちゃんにその報告をもらった時には、彼女たちの幸せそうな笑顔を、とても羨ましく思った。女の子って、好きな人がいるとあんなに可愛く見えるんだって、思った。しかし、その想いを通じ合わせるまでの経緯が全くもって想像出来ない。恋愛映画なんかでよく見るあの甘い筋書きが、現実の世界でも起こり得るというのだろうか。そうだとしたら、一体彼女たちは何をしたというのだ。

私は、先日の月島とのあの一件から、自分の意気地のなさを痛感していた。月島とだけじゃない。その前の谷地さんとだってそうだ。きっと、度胸があって、愛嬌があって、誰に対しても物怖じせずに話しかけられる子なら、ああはならない。知らない人ばかりに囲まれて、何をどう話すのが正解なのかを考えて虚勢ばかり張るような、そんな私だから、人の目を、人の反応を気にしてしまうんだ。だから、月島のあの面倒そうな顔を見て恐くなってしまったのだ。怪訝そうな顔をしているなと思ったら、とてつもなく迷惑を掛けている気分になって、嘘をついてまで逃げた。結果として、もう彼とは顔を合わせ辛い。とても気まずい。何を言われてしまうか恐い。人の顔色ばかりを伺ってしまう自分を思わず呪いたくなる。


「………妙子ちゃん?」

「え?」


私は今度こそ完全に意識を飛ばしていたらしい。圭ちゃんに名前を呼ばれて我に返る。空のになったコーヒー牛乳の紙パックを握り締めたまま、いつしか沈黙してしまっていた私は、不思議そうな顔で自分を覗き込んでいる皆の目に気付いて俯いた。


「………元気ないよね、最近」

「どうしたの?」

「…なんかあった?」


皆の優しげな声が聞こえる。答えられずに無言でいると、誰かの溜息が聞こえた。あっ、嫌な空気にしてる?ヤダ、そんな、自分のせいで、そんなこと。


「やっ、やだな〜!…なんもない、大丈夫だよ!」


と、また周りを気にしている自分に気付いて、凹みそうになる。


「嘘つき」

「えっ、」

「なんでもなくない!最近……うちのクラスに来なくなってから、妙子ちゃんずっと元気ないもん。そりゃ、圭子ちゃん程の付き合いはないけど、私ら毎日顔合わせてんだから、それくらい分かるよ」

「気遣わなくていいんだからね、これでも心配してんだよ?」


確信を突く言葉に内心焦っていると、圭ちゃんと同じクラスの四組の子たちから予想外のことを言われて驚いた。何て言おうかと迷って、しかしなかなか言葉が出て来ない。自分の本音を他人に打ち明けることがあまり無いからか、なぜか緊張感で心臓が早まっていた。


「…………もしかして、月島くん?」


と、そこへ、圭ちゃんの一言。


「なななななななななななんで!?なんで月島なの!?っんな、そんな訳ないしッ!!意味わっかんない!!」


元々早まっていた鼓動が、更に急加速して、考えるより先に口が動いてしまってから、ああ自分は馬鹿だと思った。これでは察してくれと言っているようなものだ……ああ馬鹿だ私は。嘘つきな上に大馬鹿者だ。案の定、一拍の静寂の後に響き渡ったのは、盛大な皆の笑い声だった。く、くそうッ…!どこで間違えた私…いや確実にさっきの発言であることは間違いないが……。


「わっ、笑わないでよ〜!!!」

「あはははははははは!!」

「そんなこと言ったって…!ひぃ…!腹イタイッ…!」

「もう皆ひどい〜!!」

「ゴメンゴメンッ…!いや、まぁ、予想はしてたんだけど、あまりにも分かりやすい反応だったからっ……いっひひひ」

「よっ、予想…?」

「だって!…うちらの五組にいなくて、圭子ちゃんのとこの四組にいるのは誰?毎日の習慣を変えちゃうぐらいに、気にして行けなくなったのは誰のせいなのかな?…月島くんでしょ?」

「入学したばっかの時から、月島くんのこと気にする素振りしてたしねぇ〜」


先ほどの緊張感ある空気から一点して、今度は皆して戸惑う私を見てお腹を抱えてる。更に勘の鋭い友達からは、畳み掛けるようにして図星を突かれて返す言葉もない。なんだ、なんだ。皆気付いているというのか…。


「そっかぁ〜、妙子ちゃん、月島くんが好きなのかぁ〜」

「はぁ!?いや、違う!!それは違う!!そうじゃない!!」

「えっ?違うの?」

「違う違う違うッ!!そういうことでは!けして!ホントに!」


あまり置かれたことのない状況下に気まずさを感じていると、更に予想の斜め上の爆弾を落とされて今度こそ本気で焦る。なぜすぐそこに直結するのだ。先日の月島の言葉ではないが、女の子という生き物は本当に恋だの愛だのと結び付けるのが好きだ。


「じゃあ何よー?」

「いやっ、なんていうか、そういう理由なんじゃなくてさ……。それ以前に…あたし、上手く話せなくなるんだよね、月島の前だと……」

「えぇ〜?うーん、月島くんと上手に話せる子って、いるの?」

「は?」

「ほら…元がちょっとトゲある言い方するじゃん…?会話すら続かない子がほとんどだと思うけど」

「付き合い長そうな山口くんとか、バレー部の皆は仲良さそうだけどさ。キッカケでもないと、なかなか打ち解けるの難しい気がするー」

「あぁ…うん……それもなんだけど。なんていうか……顔が、」

「顔が?」

「………顔がこわい」


説明しながら、月島の顔を思い返す。皮肉を言われた時の意地悪な目、面倒臭そうに歪めた眉、呆れたようにへの字に曲がる唇。加えてあの真上から見下ろされる感覚も相まって、いつもいつも対峙すると肩が強張る。苛立ちや反感を口にしながら、それ以上に強い口調で責められたら、といつも緊張していた。むしろ、不快感を与えてこれ以上に嫌われて、もっと冷たい目で見られたら、と思うと恐かった。冗談なのか、本気なのか。好意なのか、悪意なのか。月島の無表情からそれを判断するのは難しくて、月島の本心が見えなくて、想像すればする程に恐い。尻すぼみで呟いた言葉は、自分の胸の奥に重たい影を落とす。


「………昼休みって、あと何分?」

「えっ?十五分くらいかな?」

「飲み物なくなっちゃったから買いに行ってくる…そのまま教室戻るね!」


再び沈みかけた気持ちを引き上げるように、努めて明るく振舞った。


「あっ、逃げるのか〜?」

「そう!逃げるの〜!もうここらで勘弁して〜」


ニヤニヤと笑う一人の友達が目敏く言って、私は素直に肯定した。空になった弁当箱を片手に立ち上がって、他の子たちにも軽く手を振る。また明日のお昼にねー、なんて言葉を交わしながら、私は屋上を後にした。解決策なんて見つからない。そもそもこの状況に打開を望んでいるのだろうか、私は。こんな気持ちのまま皆と話を続けていても、堂々巡りではないかと思って。ひとまず今日のところは自ら会話を終了させたのだ。凹んでも焦っても仕方ないことだし、自分がどうしたのかも分からないままでは、どうしようもないのだから…。

それに、喉が渇いていたのは本当だ。私は屋上からの階段を下り、一階の昇降口を目指す。外まで来ないと自販機がないもんだから面倒臭い。それ故に、五時間目六時間目も見越して買い溜めしておこうかと不意に思い付いて、小銭を次々に入れて、カフェオレ、ウーロン茶、紅茶、サイダー、の順にボタンを押した。あっ、なんかコレ、すごい贅沢してる気分だな…なんて思いながら、身を屈めて取り出し口に落ちてきたそれらを一つ一つ手に取る。缶を三本を両手に抱えたところで、最後の一つを取り出せないことに気が付いた。手が塞がっている為だ。お弁当を持っていることも忘れて、一気に買ったはいいが、その後のことを考えていなかった。こういう無計画なとこも、私の駄目なとこだな……。


「……と、取りましょうか?」


又しても自分の欠点を見つけてしまい自身に対して呆れていると、後方から遠慮がちな声が聞こえて来た。振り向けば見知らぬ男の子が立っている。おずおずと私の横に並び、私の返事を待たずに自販機に手を伸ばす。腰を折って取り残されたミルクティーの缶を手にすると、既に私の腕に抱えられていたそれらの上にそっと乗せてくれた。


「あっ、ありがとう…」

「いっ、いえっ、どういたしまして!」


しかし、どっかで見たことのあるような気もしないでもない……一体どこで…?と、素直に礼を述べながらも、そばかす混じりのその顔を見て内心首を傾げる。思い出せそうな、思い出せないような……。


「あっ、俺、四組の山口!山口忠」

「あっ、四組の……」

「俺のことなんて知らなくて当然かと思うけど、こっちは毎日見てたからさ!五組の芦名さんだろ…?」


長いこと凝視してしまい、意図を察したらしい男の子がヘニャッという風に相好を崩して笑いながら自己紹介してくれて、そっか!圭ちゃんとこのクラスメイト!と、納得がいった。そうか、この既視感は四組の教室で見たことがあったからか……でもその他にもなんか見たことのあるような……。


「あっ、あっ!あと!体育館でもっ」

「体育館…?」

「うん、バレー部だよね?前に放課後に見たっ!…気がしたんだけど?」

「あ!そう!うん、バレー部!…でもよく覚えてたね…俺、存在感薄いのに…」

「皆凄かったから!あん時はサーブ練習…?してなかった?」

「どうだろ?色々やってるから……でもツッキー以外の人のこと覚えてるなんて思わなかった」


あの時のことを、体育館の扉を開けて一歩中に入った時のこと、谷地さんと会話しつつも目の端に写っていた光景を脳裏に呼び覚ましながら言えば、山口くんは眉をへの字にして照れ臭そうにした。そして、その口から出て来た名称にドキリとする。どう返答すべきか迷って、口が止まる。


「月島、…くんと、仲良いんだけっけ?山口くんて」

「え?あ、あぁ、うん。小学校から一緒だよ」

「へぇ…………。」


聞いてはみたものの、何が知りたくてそれを問いかけたのか自分でも分からなくて、相槌を打ったまま次の言葉が出て来ない。腕に抱えたジュース達を見つめて、私は唇を結んだ。


「……あの、聞いてもいいかな?最近、四組来なくなったのって、もしかしてだけど、ツッキーに関係あったりする?」


と、そこへ予想してなかった質問が、しかも図星でしかない疑問を投げ掛けられて身体がピクリと反応した。顔を上げて山口くんを見ると、気まずそうに指先で頬の辺りを掻いている。


「えっと……なんていうか……うん…」


ほぼ確信に近い予想だったのだと、その仕草で気付いて、仕方なしに肯定してしまった。だがしかし、それを聞いて山口くんはどうするつもりなのだろうか。もしかして、月島と仲の良い山口くんは、彼から何か聞いてたりするんだろうか。でも、別に、私が四組に行っていたのは圭ちゃんに会う為であって、けして月島に会いに行っていたのではない。突然行かなくなったところで、月島が気にかける理由なんてない筈だ。しかも、私は、月島に迷惑がられていたのかもしれなかったんだから。そう、最初から。初めて会った時に、彼の目の前で「ケイチャン」という言葉を発した時から。


「………山口くんはさ、月島くんのこと、どう思う?」

「えっ?ど、どうって…?」

「あたし、恐いんだ。月島くん」

「こ、恐い?そ、そうかな…」

「脅されたとか、そういうんじゃないけど……。毎回意地悪だし、いっつも見下されてるし…まぁ私より全然背が高いからなんだろうけど。首も動かさないで目だけこっちに向けてさ……文句も溜息も多いし。必要以上に失礼なことばっか言ってきて、しかも絶対折れないし」


そう思ったら、何故か悲しくなってきて、気が付いたら山口くんに向かって月島への印象を曝け出してしまっていた。言いながらもっと悲しくなって来て、言い終えた後で軽く唇を噛む。


「あぁ〜……なんていうか、うん、分かるよ。ツッキーはそういうとこあるよね。それは皆にそうだよ。あれがツッキーの普通なの」

「普通?あんな性格悪い態度が、普通…?」

「ハハハッ!免疫ないと、大概性格悪いって言われるのがツッキー。でも、それだけじゃないよ!嫌いな奴には嫌いって、納得いかないことには納得出来ないってハッキリ示せるのは堂々としてて凄いと思う。俺にはそんな勇気ないから……普通は人から嫌われたりするのって嫌じゃん?」


怒涛の如く、山口くんは月島に対する自己評価を惜しげもなく説明してくれた。言葉数の多さに、つい驚いてしまう。ほんのり頬が赤くなっているのは、照れなのか。山口くんは、月島のことをすごく誇りに思っていて、とても好きらしいっていうのが良く伝わる。


「周りに媚びたりしないのがツッキーだけど……。でも、無駄なこと、あと、面倒臭いの大嫌い!…っていうポーズをしてるのが玉にキズかな〜」

「ポーズ?」

「ん〜……なんていうかなぁ…。そういうポーズで自分を守ってるっていうか、感情的になるのもダサいって思ってるみたいだし……。そんなことないのになぁ……精一杯になるのとか、一生懸命になることって、俺は全然カッコ悪くないと思うんだけど。…あっ!もしかしたら、そういう自分を“見られる”ことが、カッコ悪いって思ってんのかなぁ!?」


そのうち、言いながら山口くん自身が悩み顏になってくる。しまいには疑問系の言葉で末尾を結んで、事もあろうに私に向かって首を傾げた。聞かれたって、答えなんて持ち合わせていないのに。昔から月島をよく知る山口くんすら分からないのに、つい数ヶ月前に知った私が分かるわけない。ただ、この山口くんはちっとも月島が恐いだなんて思ってないということは理解出来た。


「あっ……!なんか、ごめん……!いきなり困るよねっ…」


私の心情を読み取ったんだろうか。山口くんは慌てて胸の辺りで両手を振りながら、頻りに謝る。月島ほどではないが、私にしてみれば頭一個分も大きい背を少し縮めながら、肩を落として恐縮している山口くんに、呆気に取られて半開きにしていた唇をようやく閉じて、私は笑った。


「好きなんだね、月島くんのこと」

「えぇ!?あ、うん、そうだけど、あのっ、変な意味でじゃないよ!?」

「分かってるよ〜。山口くんみたいなイイ友達いて、羨ましい」

「そっ、そうかなぁ…!」


月島がどんな人間性なのかなんて、私なはまだまだ測りかねるから、クエスチョンへの答えは返さずに思ったままの感想を伝えた。すると、再び山口くんが照れたように頬を赤くする。相当月島のことを自信に思っているようだ。正直、私には分からない。分からないが、山口くん自身が悪い人には見えず、その彼にこんなに好かれているということは、根底ではアイツも悪い奴ではないのかな……などと思った。


「………ツッキーって誤解され易いんだ、スゴく。でも酷いことする奴じゃないよ」


山口くんは更にそう言って、はにかむように笑う。……うん。知ってる。だって、月島は声をかけてくれた。食堂で蕎麦をひっくり返した時も、図書室で手が届かなかった時も、谷地さんの携帯を届けに行った時も……この間だってもしかしたら。例えそれが成り行きだったとしても。


「………うん」


なんだか沢山喋らせてしまったのが申し訳なくなって、私は頷きを返したあと、腕に抱えたジュースを一本、山口くんにあげた。

7

前へ | 次へ

top
main
気付いて、嘘吐きアイロニック。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -