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気付いて、嘘吐きアイロニック。


探るばかりでは世界も曇る

夏休みが明けて第一日目。


「けーいちゃーん!お昼行こうー」


今日からまた、隣のクラスである四組へのお昼休み出張も再開。一学期の間に恒例となったそれを、教室内にいる皆もあまり気に留めることはなかったが、何人かが浮かべた苦笑いには、また始まったか〜みたいな空気を感じ取った。お弁当を片手に呼び掛けると直ぐに圭ちゃんのニッコリ笑顔が返って来て、幾人かの友人たちも交じえての昼食を取る日々が今日からまた始まる。夏の余韻を残した気温はまだ高く、加えて皆の夏休み気分も未だ抜けきらないままスタートした二学期。かったるーい授業がまた続くのかと口では憂鬱そうにしながらも、また毎日友達に会えることは、そう悪くはない。約一ヶ月前と何も変わらず、ひたすら勉強して、お喋りをする。考えてみたら、私が学校に来る目的はそれだけなんだなぁ、と再確認した。だからといって、それが不満って訳でもないのだけど…。

そんな風に考えてしまったのは、今朝、自分のクラスで再会した谷地さんに、バレー部の春高一次予選突破の報告を聞いたからだ。夏休みに入る前、惜しくもインハイ予選には落ちてしまったのは噂で知っていた。だからこそなのか、今度こそ!と気合いが入っているのだと谷地さんは言った。三年も引退せずに残るという話に、授業と友達以外に目的があって学校に来ている子もいるんだと、今更ながら感心する。

そんな目的などこれっぽっちもない私は、午後に設けられたLHRで、二学期から整備委員会に入ることになった。部活動にも入っておらず、これといって趣味もない。放課後の時間は空きまくりだ。圭ちゃんや他の友達と遊んでばかりだが、それも毎日という訳ではない。何もない日は早めに帰宅し、ゴロゴロと家で暇を潰すだけ。それに、圭ちゃんには例の彼氏さんがいる。きっと、夏休み前とは放課後の過ごし方も違うんじゃないかと、勝手な予測を立てたうえで、私は先生に指名されたそれを二つ返事で承諾したのだ。

翌週には全学年の委員が集まり、今後の活動内容についての説明を受ける。主に指揮を取るのは三年で、一年である私は決められた事項に従って行動するのみ。更に数日後には、さっそく委員会としての初仕事を任された。構内の様々な箇所に設置されている清掃用具の定期点検だ。必要な個数があるか、破損している物がないか、交換が必要と判断出来るものがあれば詳細を書き留め、先生へ提出する。その日の放課後は初回ということで先輩から一連の流れをじっくり教えられ、その後、点検項目がズラリと並んだ一枚のプリントを手に校内をあちこち回った。


「はぁ……終わったぁ……」


初めての作業で容量を掴めてないがために、一時間程度で終わると言われていたそれは、有に二時間もかかってしまった。ひたすらチェックリストと現物を照らし合わせるという単純作業なのに、いざ動いてみると案外大変だ。どこからを破損と判断するのかとか、どこまでの老朽化が許容範囲なのかとか、耳で聞くのと実際目にするのでは大違いで判断に迷ってばかり。しかも、自分が普段口にしていた掃除用具の呼び名と、リストにある正式名称が全く一致していないことに気付いて戸惑う。なにせ普段ミニモップやハンディモップと言っていたものはフラワークリーン伸縮(M)という名前だったし、塵取りと呼んでいたものはエコライトダストパンだのというし……。まるで業者から買い入れたまんまの商品名をリストにしたと思われる点検項目にいちいち頭を悩ませていたら、予想以上に時間がかかってしまった。最後の点検場所である理科室を出た時には、堪らず無意識に声が漏れていた。気が付けば部活動に勤しんでいた生徒たちも帰路に着き始めたようで、もうそんな時間なのかと溜息も出た。


「あっ!芦名さん!」


慣れない作業でグッタリしつつ、教室のロッカーに入れっぱなしだった荷物を取りに戻って、ようやく昇降口を出ると、校門付近には部活帰りと思わしき生徒たちが疎らに散っていた。その後ろ姿を眺めつつ、さて自分も帰ろうかと歩みを進めていたら、既に闇に飲まれ始めた空に反比例して、背後から一際明るい声がした。


「谷地さん!今から帰るの?」

「うん、さっき終わったばっかり〜。芦名さんは?……あっ、今日から委員会か!」

「そうそう、慣れなくてすごい時間かかっちゃってさぁ〜やっと帰れる〜」


見知った顔に気を許し、少し大袈裟に肩を落として見せると、お疲れ様〜、なんて谷地さんの目が柔らかくカーブする。いやいやいや。自分で言っといてなんだが、お疲れ様はこっちのセリフだろう。私は今日特別にこの時間の帰宅だが、部活に入ってる皆はこれが毎日なのだから。と、そんな意味のことを言えば、谷地さんは慌てて謙遜する。続けて、バレー部は毎回こんな時間までやっているのかと問うと肯定するよう彼女が頷いた。今日はちょっと早いけど、などと加えた谷地さんに、私はなんて言葉を掛けるか迷って、やっぱりお疲れ様、と返した。知った風な口を聞くのも失礼かと思うし、何一つ気の利いたセリフも出てこない自分に呆れるが、他に言いようがなくて…。


「あ!谷地さんと同じクラスの!」


と、そんな会話をしていると、再び背後から声が聞こえて、首だけをそちらに回す。夏休み前の教室や、いつかの体育館で見た、あの小さくて元気いっぱいな男の子が私を指差していた。


「あっ…え〜っと確か、ひっ…ひっ…ひ……?」

「ひっひっふー?」

「じゃなくて…!谷地さんそれラマーズ法!そうじゃなくて、えっと、名前なんだっけ…?」

「あ〜!日向だよ!日向翔陽」

「そうだそうだ、そうだった。お、お疲れ様、日向くん」

「うぃーーーっス!」


期末テスト前に毎日のように教室に来ていたからか、日向くんは私の顔を覚えていたようで、とりあえず無難な挨拶をしてみたら、めっちゃ笑顔で返されて調子が狂う。別に普段から親しくしているわけでもなければ、マトモに話をしたこともないのに、すごいなこの子。人との距離感なんて一ミリも測る気なさそう。あまりの屈託の無さにたじろいで目線を彷徨わせると、その更に後方、気が付けば男バレ部員であろう面々が勢揃いしている。うぉ……皆してデカい……。日向くんと話しているからなのか、いつかお邪魔した時のことを思い出しでもしたのか、私のことを遠慮がちに見ている。


「これからね、皆で坂ノ下商店に行くとこなんだ!妙子ちゃん、帰り道どっち?よかったら途中まで一緒に行かない?」


その迫力にただでさえ負けそうなのに、純真無垢そうな谷地さんはサラリとそんなことを言った。いや。いやいやいや無理だし。そんな。今でさえ疎外感半端ないのに、一緒にとか、行けるわけない。


「いやっ、あのっ、私、人を待ってるんで…!大丈夫!」


しかし。彼女はただ、偶然会った私に気を使ってくれたんだと、単に親切心で誘ってくれたんだと、そう理解出来るが故に、つい嘘をついてしまった。後頭部を掻いて笑みを作りながら、私は右手を軽く振る。すると、何も疑うことなく谷地さんは納得してアッサリと引き下がった。笑顔の彼女と別れの挨拶を交わして、彼らが校門を通り過ぎるのを見送った私は大きく深呼吸をする。

ど、どうしようかな……。ああ言ってはみたが、もちろん待ち人なんていない。烏野は小高い山の中腹に位置していて、校門からある一定の距離までは道が一本しかないのだ。今歩き出してしまえば、きっとすぐに追いついてしまう。しばらく時間を潰さないと……と、私は途方に暮れる。だんだん心細くなってきて、別に坂ノ下までじゃなくても、道の分岐点までは一緒に行っても良かったのかな…途中まで方向一緒なのは烏野生なら皆同じなんだし…と自分の小心者具合に呆れが出た。とりあえず時間差を作るために、手持ち無沙汰な手に握り直した携帯を意味もなくいじりながら、でも、だって、知らない人ばっかりで、話せるの谷地さんしか居なかったし……と、心で言い訳をしていた。


「何してんの?」


夕刻から夜に刻々と変わる空の色が濃くなって、やけに携帯の液晶が明るく感じ始めた頃、後頭部で声がした。すっかり意識を携帯に集中させていた私は、思わず肩を震わせる。


「あっ………つ、月島…」


予想外の人物の登場に、本人の前だというのにうっかり呼び捨てにしてしまう。何故ここに?と、いう疑問を一瞬脳裏に浮かべて、そういえばさっきの集団に彼が混じっていなかったことを今更気付いた。


「結構暗くなってるけど、まだ帰んないの?」

「いや……うん、帰るけど……」

「誰か待ってるわけ?」

「いやぁ、あの、」

「んな訳ないよねぇ〜。アンタの大好きなお友達は、アンタを置いてさっさと彼氏とデートに行っちゃったもんねぇ?」

「なっ…!け、圭ちゃんだけが友達じゃないし!…ってか、なんで月島がそんなこと知ってんの!?」

「同じクラスだし。女子がキャーキャー騒いでんの聞いただけ。ねぇ、なんで女子って恋愛ごとになるとあんなに煩くなるかな」

「しっ、知らないよそんな事…!」


一人こんな所で立ち尽くしている理由なんて、とてもじゃないけど正直に話すことは当然出来ずに口籠っていたら、突っ込まれたくないことをズケズケと突っ込んでくるうえに余計な皮肉まで加えて詰め寄られては、上手いこと言い返せない。それがより一層苛立ちを募らせるから、結局噛み付くしか方法がなくなってしまい、鼻息荒く突っぱねると私は月島から目を逸らした。と、その時。横顔に強い光を感じる。何かと思って目を向ければ車のライトが見えて、眩しさに片目を瞑る。それはやがて、校門脇にゆっくりと止まった。


「お待たせー!悪いな蛍、遅くなって!今日ちっと残業しちまってよ〜……って、あれ?…友達か?」


運転席の窓が開いて、ヒョコリと頭が出てくる。その人が問いかけた先は、もちろん私ではない。だって「ケイ」って言った。


「どーも、蛍がお世話になってますー」

「え!あ、ハイ、どーも!」

「ちょっと嘘言わないでよ。僕、君の世話になった覚えとか一度もないんだけど」

「あっ、あたしだって!世話した覚えなんてないケド!」

「世話して“あげた”、記憶ならあるけどね」

「ハァ!?何ソレいつよソレ!?」

「えぇ〜人の親切覚えてないとか、とことん失礼なんじゃないのキミ。学食でかけ蕎麦ぶちまけた時でしょ、図書室で本取ってあげた時でしょ、谷地さんに携帯届けに来た時とか?」

「あっ、あれはっ…!でも別に最初からアンタに頼んだ訳じゃないし!」

「結果として、そうなったデショ」

「あぁー!ハイハイハイハイ!!こんなとこで喧嘩はじめないの二人とも…!」


彼本人がどうであれ、初対面の、それも多分、家族らしき人の前では、いくら私といえども悪態などそう付けるものではない。そう思って、対外的にはお友達を装うべきかと猫を被ったというのに、その月島自身が容赦なく喧嘩を吹っかけてくるもんだから腹が立つ。月島が嫌味ばっかり言うから、仲の良いオトモダチを取り繕う暇もなく言い返してしまって、車の窓から顔を出しているその人に二人一緒に宥められてしまった。


「とりあえず、車乗んなさいよ君たち。……えっと、何ちゃんかな?良かったら送ってくよ?」


しかも、続け様にそんなことを言われてしまい、直ぐには頷けなくて困る。他人の、それも月島の家の人の車だ……。本当に、彼とはそんなに親しい人間ではないし、友達と呼べるのかかなり怪しい立ち位置にいる。い、いいのかな……。どうすべきか困惑して、思わず隣にいた月島を見上げてしまった。


「………乗れば?どうせ誰も待ってないんデショ」


目が合うと、一瞬だけ眉間に皺を寄せた月島が溜息混じりに言った。すぐにフイッと顔を逸らし歩き進んだ月島は、助手席側のドアを開ける。


「オイ!お前ね〜友達ひとり後ろにやんのかよ、チョイス違うだろ。お前も後ろ」

「……はぁ?」

「いいから早く!…ホラ、なんか遠慮しちゃってるみたいだから、エスコートしてあげなさいヨ」

「何ソレ…はぁ…めんどくさ」


本当に乗ってしまっていいものかどうか、物怖じしながら、自分もその車体へと近付いたその時に。開けられたまんまだった運転席側の窓から、月島とその人との会話が洩れていた。不機嫌そうに顔を歪めた月島がボソリと呟いた一言と、同時に舌打ちしたのを聞いた瞬間に、私の身体は強張った。小さくて低い声で、月島が面倒臭いって言った。ギリリと胃が圧縮された気がして。


「………あっ、あの!!やっぱいいです!!大丈夫です!!わ、私も、そう、私もお母さんが車で迎えに来ることになってるんで!!もうちょっと待ってれば多分、来るかも…!!」

「えっ?そうなの?」

「ハ、ハイ!!いやぁ〜思ったより遅いなぁ〜、なんて、ハハハ!」


嘘をついた。だって、あんなに恐い顔してるのに、きっとまた隣に座ったら嫌味ばっかり言われるのに、イライラして腹立って喧嘩するって分かってるのに、一緒の車なんか乗れない。逃げたくて、避けたくて、適当に口から出任せを捲し立てながら作り物の笑い声を上げる。


「………そっか。じゃあ、もう暗いから、気を付けて帰るんだよ?」


迎えが来るって言ったのに。運転席の人からそう優しく言われて、私は無言で首を縦に振って何度も頷いた。きっとバレてる。だけど、もう撤回なんて出来ない。そんなの、格好悪くて惨めで、恥ずかしくて。早く車を出して欲しい。早く私を置いて、さっさと行って欲しい。足元を見つめたままじっとそれを待っていたら、やがてタイヤと地面との摩擦音が聞こえてきて、ようやく顔を上げられた。遠ざかっていく車を見つめるが、結局月島は助手席へと乗ったみたいで、その姿は確認出来なかった。ただ、背が高いからか、ヘッドドレスから飛び出た頭だけが僅かに見えて、胃がまた少し痛んだ。

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気付いて、嘘吐きアイロニック。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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