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気付いて、嘘吐きアイロニック。


理解には苦しみますが、羨ましいです

「妙子、ほらっ、もう着くわよ」

「ん〜…………」


肩を大きく揺すられて、瞼を擦りながら目を開ける。大きな欠伸を一つ零した私は、寝ぼけ眼のまま窓の外を見た。宮城を出てから、渋滞に巻き込まれたりお昼休憩を取ったりと、なんだかんだで車で七時間弱。最後にパーキングエリアに寄ってからは約二時間近く。その間ずっと眠っていた私だったが、後部座席に横たえた体を渋々引き起こすと、見慣れない住宅街の中に母の実家が見えていた。白い壁とウッド調の窓枠がお洒落な一軒家。その庭先へと止められた車の中で、凝り固まった関節をほぐすよう大きく伸びをしたら、ようやく目が覚めた。私は今日から約一週間ほど、母の故郷である東京で過ごすことになっている。早朝、日が出る前に出発したので、今の時刻はお昼を少し過ぎた頃。玄関に入ると久しぶりの再会に祖母も祖父も喜んでくれて、母の兄の子供、つまり従姉妹である三つ上のお姉ちゃんも快く迎え入れてくれた。


「あ、そうだっ。ごめんなさいねぇ。若い子が好みそうなお菓子とか、何も用意してないのよ。悪いんだけど、二人でなんか買って来なさいな」

「はぁ〜い!妙子ちゃん、行こう!」


荷下ろしをし、叔父や叔母とも挨拶を交わし、通されたリビングのソファへ腰掛けようかと思った時に、柔らかく微笑むおばあちゃんがそう言ってお小遣いをくれた。それは遊びに来た時のお決まりのセリフ。あえて用意せずにおいて、私たちの好きなものを自由に買って来て良いよ、というおばあちゃんの優しさ。そして、お姉ちゃんと私はとても仲良しだ。いつものように、目を合わせて笑い合うと直ぐに家を出る。親や親戚の前だと口にしにくい話を早くしたいのだ。ここにいる間はお姉ちゃんの部屋で寝させてもらう事になっているが、夜までなんて待てない。とはいえ、私などは親に聞かれて困るような話題なんて持ち合わせてなく、それはもっぱらお姉ちゃん側の方にあった。


「彼氏出来たってホント?」

「ホントホント!っていっても、まだ付き合って一ヶ月なんだけど」

「えぇ〜!どういう人?何て告られたの?カッコイイ!?」


母の実家から歩いて五分ほどのコンビニに向かう道すがら、ずっと気になっていたことを堪り兼ねて問いかける。夏休みに入って直ぐに東京行きが決まり、その旨をメールしたら、「待ってる」という言葉と共に「私彼氏出来たんだ〜」と可愛らしい絵文字付きで返信してきたお姉ちゃん。詳しくは会った時に、という約束を果たすべく、私はあれこれと質問を投げかけた。だって、お姉ちゃんに彼氏が出来たのは初めてだ。恋をしたことはあるけれど、生まれてこの方、恋愛の「れ」の字も無縁で過ごして来た私。当然、彼氏など居たこともなく、私にしてみたらまだまだ未知の世界で、お姉ちゃんから返ってくる返答に感心して頷くしか出来なかったが、それでも楽しかった。

知らない土地の住宅街を歩き進みながら、二人で声を弾ませる。東京といえどもここは郊外であるらしくて、どこかのんびりとした雰囲気は宮城とさほど変わらなく感じた。でも、いくら歩けど田んぼも林も見えて来ないし、徒歩圏内にコンビニも本屋もドラッグストアもレンタルショップもあるのは、やっぱり都会なんだなーと漠然と思った。まぁ我が家は県内でも特に田舎の方だし、比べるのも可笑しいが。その内、たかだか五分では飽き足らず、あえて徒歩十五分かかるという駅前スーパーへと行き先を変更し、私とお姉ちゃんは足取り軽く進んだ。


「あ!ここ、私が通ってたとこ〜」


と、住宅街を抜け商業施設がチラホラと景色の中に増えだした頃、とある学校を指差しながら笑うお姉ちゃん。釣られて顔を上げて、年季の入った木板に彫られた「私立音駒高等学校」という文字を目でなぞる。


「なんか縦にデカイね…うちんとことは横に長いけど。雰囲気違ーう」

「はは!それでね、私の彼氏、ここ通ってるの」

「え!」

「へへ〜高校行ってた時の後輩なんだ」


思わぬ事実に驚けば、お姉ちゃんが頬を染めて言う。今年大学一年になった彼女。彼氏さんが年下だというのは先程の話で聞いていたのでそれには驚かなかったが、こんな近場に馴れ初めの現場があるだなんて少々驚く。なるほど、へぇ、そうか、などという在り来たりな感想しか出て来ないが、照れているお姉ちゃんを見ていると、私まで気恥ずかしくなった。幸せそうだなぁ〜、なんて、お姉ちゃんの笑顔を見て思いながら、私たちはそれから目的のスーパーへ行き、お菓子を大量に買い込んで母の実家へと戻る。


「妙子ちゃんは、好きな人とかいないの?」


その後、家族や親戚みんなで夕飯を取って、リビングのソファーに体を沈め、まるで何年もここで暮らしていたかのように寛ぎ、夜も更けた頃。就寝間際の布団の中でお姉ちゃんから問いかけられた。これは昼間の会話の続きかな、と結論付けた私は何も考えずに口を開く。


「いないよ〜」

「ホントに?気になる子も?」

「うん、いない」


それは嘘じゃない。特定の誰かを好きだと思うことが、最近全くない。カッコイイな、とか、優しいな、とか。そんな程度ならむしろ、学校にいる間はしょっちゅう頭に浮かぶ。が、元来が誰とでも軽々しく話せる性格ではないと自覚しているし、そこから先へは何も繋がらないのだ。高校に入って数ヶ月。けして男の子と話が出来ないという訳でもない。毛嫌いしている訳でもないし、苦手という意識もない。ただ、分からないのだ。踏み込んでいいポイントが。クラスの男子ともそれなりに仲良くなったけど、あくまで“それなり”の枠からは出なかった。朝の挨拶をし、休み時間にお喋りをし、また翌日に教室で合う。そこから先へはどうやって進むの?…中には、あっという間に男子と仲良くなって、いつの間にか連絡先を交換してて、休みの日に男女のグループで遊びに出かけたりする子たちもいるが、私にはどんな手法を使えばそうなるのかが分からない。身近なところだと、積極的に男子の輪の中に入るようには見えなかった谷地さんが、どんな経緯を経て男バレのマネージャーになったのか全く謎であった。

もっというと、“彼氏”なんてものを得るのは果てしなく遠い道程に思えた。好きな人が、自分を好きになってくれる。想いを打ち明けて、想いを受け止めてくれる。どうしたらそんな奇跡が起きるのか。私にはサッパリだ。小学校の時の恋も、中学校の時の恋も、姿を見かけてはひたすらドキドキしていただけで、いつの間にかその想いは消滅していた。と、いうことは、私は相手をそれほど好きではなかったという事だろうか?恋バナをする友達との会話に混ざりたいが故の、見栄だったんだろうか?…とさえ思えてきて、お姉ちゃんには申し訳ないがそれ以上は話が続かなくなってしまった。私が無言でいると、「いつか好きな子が出来たら、教えてね」と、お姉ちゃんは優しい声で言い、それを最後にお互いに口を閉じた。目を瞑っても、瞼の裏に浮かぶ愛しい人など、私にはまだいない。

翌日からは母や祖父母に連れられての慌ただしい日々が続いた。テレビで観た話題の観光地、都心まで出掛けての買物三昧、神奈川に住んでいるという母の友人のお宅訪問。あっちこっちと移動続きで、休まる暇もなく一週間が過ぎていった。その合間を縫って、お姉ちゃんと共にカラオケに行ったり、夕飯作りの手伝いをしたり、コソコソと内緒話で盛り上がったり。

お姉ちゃんはアルバイトをしていたので、毎日という訳にはいかなかったが、私がいる間は良くしてくれていた。とある日、彼女の携帯に例の彼氏さんから電話がかかってくる。夜寝る前、布団に寝そべり借りた雑誌を読むふりをしながら、傍の椅子に腰かけたまま話すお姉ちゃんの声に何気なく耳を澄ませてみる。今までになく柔らかく可愛らしい声で話すお姉ちゃんは、愛を囁きあっている感じでもないし、おそらくそれは他愛ない話なのだろうけど、はにかむような表情がとても優し気で。電話を終えてくるりと体の向きを変えた彼女と目が合うと、聞き耳を立てられていたことに途端に顔を赤くしていた。分かり易く赤面したお姉ちゃんをここぞとばかりにからかいながら、恋人がいるというのはそんなにも幸せなものなのかと、頭の片隅では思ったりした。漠然と、本当に漠然と、羨ましいな、なんて感想が湧いた。

宮城に戻ってからも、そんなボンヤリした羨望は尾を引いた。お姉ちゃんが過ごす彼氏さんとの日々、告白された時の驚きや興奮、今が充実していること、付き合い始めたが故の悩み、などなど、経験のない私にとってはどれも真実味がなく、それなのに憧ればかり募る。一応、私だって女の子だ。恋い焦がれる想いは良く分からならないが、キラキラと輝くような眼をしたお姉ちゃんが眩しかった。幸せそうな顔をしていた彼女を見て、私も、誰かの一番になって、大切にされてみたい、だなんて柄にもなく乙女のような想いが湧き上がっていた。漫画でとか、ドラマや映画でとか、自分にはまだまだ他人事であった出来事が、お姉ちゃんという近しい人の身に振りかかっていることで、グッとリアリティが増した。圭ちゃんに彼氏が出来たという話を聞いたのは、その矢先のこと。


「えぇっ!?ウソッ!?マジでぇ!?い、いつの間に!?そんな話聞いたことなかったよ…!?」

「いやっ、あのっ、うん……私も予想外っていうか、まさか、ね、うん」

「ちょっとちょっと!分かるように説明して下さい。何がどうしてそうなった?圭ちゃん好きな人いたっけ?」

「いやっ、うーん……いたといえばいたんだけど、でも、今更っていうか、最近はそうでもなかったというか、あんまり私も意識しなくなってたというか、ね」

「いやちょっと、よく分かんない。照れてないで詳しく教えてよーーー!気になるー!」


一週間と三日ぶりに再会し、せっかくだからと、久々に二人で仙台駅前まで遠出していた最中の出来事だった。駅ビル一階にあるバーガーショップで腹ごしらえをしていた私たち。食後のアイスレモンスカッシュを啜っていたところに、突然ぶちかまされた圭ちゃんの報告。驚き過ぎて、危うく吹き出しそうになる。氷が詰まったプラスチック容器に意味もなくザクッザクッ、とストローを抜いたり刺したりを繰り返しながら上目遣いでこちらの反応を伺う彼女に、思わず勢いだけで詰め寄った。


「中学の先輩で、実は二年の時に告ってフラれてたんだよ〜。望みないなら諦めた方がいいんだろうなぁ〜って、ずっと思ってて……。先輩が卒業しちゃってからは顔も合わせることなかったし、高校入ってからは思い出すこともかなり減ってたんだけど……夏休み入って偶然再会しちゃって…それで、まぁ……ね、」


と、そこまで説明しておいて、最後まで言い切らずに圭ちゃんは手元のカフェオレをズズズッと啜る。気まずいのか目線は泳ぎっぱなしだ。頬が紅潮しているところを見ると、単に恥ずかしがっているだけだというのが分かる。


「いや!それで、の続きが知りたい!」

「うううん……。んで、私のこと覚えててくれたみたいで、成り行きで連絡先交換することになって、何日かやり取りして、この間一緒に遊んで、んで、そしたらやっぱり好きだなーとか思って、こ、告ってしまいました……」

「んで、OKもらったと……?」

「イ、イエス……」


ようやく全体の流れが見えて、私は感心を示すように息を吐いた。中二ということは、私と圭ちゃんがこんなに親しくなる前の話だ。今まで一切そんな相手がいるなんて聞いたことなかったのが少し寂しくも思うが、忘れようとしていたのなら口に出したくはなかったのかもしれない。もしくは、恋愛などにはまるで無関係の私に相談したところで、意味がないと思われていたのかも。どちらも有り得ることなので、今の今まで知らなかった新真実には単純に驚いた。彼氏持ちの友達。なんていうか、それは自分の身に起きたことではないが、すごくすごく不思議な気分だ。


「そっかぁ〜、圭ちゃんにもそんな相手が出来たんだ〜」

「私にも?」

「あっ、この間、お母さんの実家行った時に従姉妹のお姉ちゃんも最近彼氏出来たって言っててさ」

「あ〜!三つ上で仲良いって言ってたっけ。へぇ〜そうなんだ……。ねぇねぇ、妙子ちゃんは?烏野入って、誰かいいなぁ〜って人、いないの?」

「いないよ〜、いたら絶対話してるもんっ」

「全然?全く?少しも思わない?」

「うん、いない」

「え〜…………じゃ、月島くんは?」

「な!!えッ!?…ッ…ホッゴホッ!ンンンッ!」

「あああああ…!だ、大丈夫!?」


なんにせよ、付き合いたてで圭ちゃんもお姉ちゃんも幸せそうだ、なんて脳裏で独り言を零していたら、思わぬ質問が出て来て私は今度こそレモンスカッシュを喉に詰まらせる。何故そこで月島が出て来る。圭ちゃんの思考がサッパリ読めず、涙目になりながら彼女を見た。咳込んだ私を心配そうに見つめてくる圭ちゃんに、呼吸が落ち着くのを待って再び口を開く。


「………月島はナシ!むしろ嫌い!」

「そうなの?仲良くしてるのに?」

「はぁ〜?あれのどこが仲良いの?んなわけないじゃん」

「そうかなぁ…?そんなことないと思うけど…月島くんと普通に会話してるし。あんな風に話してるの、クラスでもあんま見ないよ」

「ふつー!?普通にしててあの態度だったらますます人間疑うってのー。毎回嫌味ばっかりだしさぁ……あぁー思い出すとムカつく!とにかく、月島なんてそういう相手の男の子にだなんてカウント出来ませんッ」


彼氏だとか恋愛だとか、お姉ちゃんや圭ちゃんが見せる乙女スマイル全開な表情と、無愛想な月島の顔を思い浮かべて比較するが、全くといっていい程に結び付かない。どの面下げてあの顔で恋愛するっていうの?、あの男は。もはや自分がどーのこーのというよりも、それが想像つかなくて毒を吐く。夏休み前に受けた仕打ちを脳裏に浮かべた私は、そう言い切って月島の話題をシャットアウトした。圭ちゃんはそんな私に苦笑いを零している。まだ何か疑っているような気配をその表情に感じたが、それが何を指してなのかは理解に苦しみ、私はあえて気付かないフリをした。

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気付いて、嘘吐きアイロニック。
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テーマ「人外ファンタジー」
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