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気付いて、嘘吐きアイロニック。


あの子たちのアツイ日常

最近、教室内でこれまであまり見掛けることのなかった顔を、頻繁に見るようになった六月中旬。休み時間になるとすごい勢いで飛び込んで来て、前の席の谷地さんの机に齧り付いてる。ノートやテキストやらを広げてあーだこーだと騒がしくしていることから、テスト勉強をしているんだと知れた。クラス内でも未だ人見知りが激しい印象の谷地さん、それも男友達と話す姿というのも殆ど無かった彼女が、元気の良い男の子二人に囲まれている姿が珍しく、ついつい目がいってしまう。


「すっげぇーーー!!!超分かりやすいーーー!!」

「そっ、そうかな……!?」

「うんッ!めっちゃめちゃ分かった!あーーー忘れねぇうちにすぐテストやりてぇー!」

「あっ!漢字は反復練習も大事だから、忘れないうちに書いて書いて書きまくるといいよ!」

「ウィーっす!……あ〜あぁ、月島もこんぐらい分かり易く教えてくんねぇかなぁ〜」

「えっ?分かりにくいの?頭良さそうだから、教えるのも上手そうなのに…!」

「………分かりにくいっつーか、いちいちムカつくんだよ」

「難しい言葉ばっか使いやがるし、すぐキレるし、おっかねぇよアイツ〜!」


どうやら谷地さんが先生役らしい、とは、目の前の会話から察しれること。隣の圭ちゃんのクラスでも彼らの姿を見たことはなかったから、きっと一組から三組の間のクラスなんだろうと仮定を組み立てていると、“月島”という聞き覚えのある単語が出てきてピクリと体が反応する。天真爛漫という言葉が似合いそうな小さい方の子が言った言葉に、ノートを睨み付けて黙々とペンを走らせていた気難しそうな子も、唸るように同意を示していた。聴いてもないのに携帯に繋いだイヤホンを耳に突っ込んでコッソリ盗み聞きしていた私は、そうか、この三人バレー部か、と理解した。バレー部といえば、アイツもそうだったな、などと、頭の隅で目の前の三人と月島との関係性を繋げた。ちょっと前に今年の男バレは強いとかなんとか、誰がが噂していたことも同時に思い出す。今まで大して興味もなく、同じ学年の誰が所属していたかなんてのも知らなかったが、谷地さん本人との他愛ない会話をしていた時に、マネージャーになるかもしれない的なことを彼女が言い、それに驚いたのはつい先日の出来事。あの時はまだ迷ってたみたいだったけど、この分では正式に入部したんだなぁーと、なんとなく把握した。月島に関しても、まぁあの長身だしねぇ……なんて、対峙した時の背の高さを脳裏に浮かべてバレー部員という肩書きにフツーに納得。でもチームプレイとか似合わなさそー……あんな無表情でやってけんのか?現に今悪口言われてない?と、余計なお世話ともいえることを頭の中に並べ立てる私。しかし、なんていうか、不機嫌面したあの男がアグレッシブに動く様が想像出来ない…なんて、その間も騒がしく会話を続ける目前の三人をボンヤリ眺めている間に、あっという間に休み時間は過ぎていった。

それから数週間後。7月に入ると、すぐさま期末テストが実施された。元々進学先を絞る際、無理してレベルを引き上げる必要も無くあまり気張らずに入れる学校に、という基準で烏野を選んだ私はどの教科もそこそこの点数が取れた。自分の実力が高かったというより、中学時代に通っていた塾がたまたま授業よりも一歩先の内容をやってくれるところだったので、そこを辞めた今でも頭がついていった、という印象だった。


「ひぃー!芦名さんすごいー!九十六点!?」

「今回はね〜案外ラクだった!けど、こんないい点数はマグレかな〜。次はこんな取れるかあやしい」


とある授業の合間に、返ってきた答案用紙を谷地さんと見せっこし、言われた言葉に謙遜する。入学して三ヶ月ともなれば、席が近くて同性というだけで雑談を交わす程度には仲良くなれる。しかし、多分お互いに、そこまで心を開き切ってる間柄ではなく、スゴいって言われて嫌味にならない返しってどんななのかなぁー、なんて頭に思い浮かべる私。谷地さんはそんなに性格の悪い子には見えないけれど、なるべくなら不快感は持たれたくない。彼女がどういうタイプなのかということより、自分自身が嫌な子だと思われたくない見栄の一種で言葉を選び選び会話する。が、当の谷地さんはそんな私の不安を他所に、どんな言葉にも明るく笑って返してくれた。素直な子なんだなぁ、なんて思って、見栄っ張りな自分がちょっと恥ずかしくなる。


「そういえば……日向と影山くん、大丈夫だったかなぁ〜」

「え?…………あぁ〜、いつも休み時間に来てた二人?」

「そうそう!!今回のテスト赤点だったら合宿行けないんだよ〜!!」

「へぇ〜………だからあんな一生懸命教えてたんだ。大変だねぇ〜部活って」

「うん!……はぁぁぁ心配だよぉぉぉ」


そんな、裏表の無さそうで純真一直線みたいな谷地さんは、不安気に顔を歪ませて盛大な溜息を吐きながら机に突っ伏した。へぇ……合宿なんてするんだ…なんか漫画みたい。…と、また一つ情報を得て心の中で感想を零す。その情報をどうこうする気もないが、予備知識が増えると不思議と新鮮な気持ちにはなった。


「谷地さん、すっかりバレー部の一員だね。ついこの間まで悩んでたのに」

「え!?そそそそうかな!?わわわわたしなんてまだまだっ、まだまだですよ……!!」

「だって、自分の事じゃないのに、すっごい真剣な顔してるんだもん」

「いやっ、それはっ、私の勉強の教え方が下手なばっかりに二人が合宿不参加ということになったらと思うとなんて責任重大なんだぁ〜!!、とか思ってね!?だってあんなに皆練習頑張ってるのにって……!!あ!皆ね、すっごいんだよ!!あの二人も一年生なのにレギュラーでね!!すんごいの!!ギューンッドーンッバシッ!ていう、凄技がカッコイイの!!それでそれで一年生でレギュラーの子が他にもいてね!?同い年なのにすごいよね!?隣のクラスの月島くんていうんだけどすっごい背が高くって…、あダッ!!」


と、そこで谷地さんの後頭部が盛大な音を立てて殴られた。丸めたテキストを手に数学の先生が青筋を立てて微笑んでいる。ヒートアップして授業中であるのを忘れていたような谷地さんに、私はクスクスと声を殺して笑った。涙目になった彼女は、慌てた様子で前方の黒板と向き合うように座り直す。気の毒だが本気で周りが目に入ってないかのように熱く語った谷地さんが、可愛くて面白くて。その後の授業でも、すっかり縮こまり元々小さい背中が更に小さくなっているのを見て、ついつい思い出しを繰り返してしまった。ようやく笑いが収まって、次に脳裏に思い返されたのは、

ーーーそれでそれで一年生でレギュラーの子が他にもいてね!?同い年なのにすごいよね!?隣のクラスの月島くんていうんだけどすっごい背が高くってーーー

………という、谷地さんによる月島解説だった。レギュラーなんだ、へぇ。谷地さんはアイツを嫌ってないみたいだ。彼女には、部活の皆には、意地悪言ったりしないのかな。でもあの二人は悪口言ってた。バレーやってる時は違うのかな。あの背のデカさで、やっぱり偉そうに相手を見下したりしてんのかな。…………部活、かぁ…。運動やスポーツなど、今まで無縁で過ごしてきた私には、部活動に参加している彼らの姿はどこか遠くの存在に感じる。こんなに身近で話を聞いているのに、全く別の空間での出来事のような気分で、きっと、これから先も深く関わることはないんだろうなぁと漠然と思った。

テストも終わったし、夏休みは直ぐそこだけど、部活にも入っていない、特に時間をかけて成し遂げたいこともない私は、何をして過すかなんて全然決まっていない。たぶんだけど、去年みたいに圭ちゃんと共にあちこちに出掛けたり、懐かしい中学の頃の友達と遊んだり、お盆には父か母どちらかの実家へ行くことになるんだろう。父の実家は宮城県内で行こうと思えばいつでも行ける。一方母の実家は東京だし、まとまった休みがないとなかなか行けないからそっちかがいいなぁー、なんて。何せ私が遊びに行くと、お祖父ちゃんお祖母ちゃんが色んな所に連れてってくれる。買い物に張り切る母について、新宿だの原宿だのに行けば珍しく太っ腹になってアレコレ買ってくれたりもするし。そうだ、家に帰ったら東京行きをおねだりしてみようと心に決めて、私はその日の帰路に着いていた。

毎日通る商店街を今日も歩き進んで、幼い頃から馴染みのとあるお店の前を通りがかった時。ふいに見慣れないポスターが目に飛び込んで来た。馴染みが深いからこそ、いつもとは違う物に敏感になる。躍動感溢れるその一枚は、谷地さんの元へ毎日来ていたあの小さな男の子が、体を大きく仰け反らせて今にもボールを叩き落としそうな写真だった。バレー部、という単語を目にして、やけに胸の真ん中がジワリと熱くなった。

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