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気付いて、嘘吐きアイロニック。


アイツが嫌いだ

月島蛍。ホタルと書いて、ケイと読む。背が高くて、黒縁眼鏡で、バレー部で、名前がメルヘンちっくで、運動部のくせにインテリ風味な風貌をしていて、どこか覇気に欠けていて、学生服にヘッドフォン常備のアナキスト気取り。……なんて。見た目から察するそれくらいの情報しか持っていない私は、月島蛍が嫌いだ。……いや、嫌いというよりは苦手と言った方が正しいだろうか。…でもやっぱり、嫌いだ。


「けいちゃーん!」

「………ハァ?………なんなのアンタ、馴れ馴れしいんだけど」


これは彼との初対面での会話だ。いつものように、これまでと何も違わず、ただただ、ずっと昔からの習慣に則って素直に行動しただけなのに。そいつは思いっきり眉間に皺を寄せて、群がる小蝿を蔑むように、私に向かって苦々しい一瞥をくれた。なんでアンタにそんな眼を向けられなければならないんだと、見上げた先で合っていた目を怪訝に思う。なんなの、とはコッチの台詞だ。なんなのコイツ。


「あ…!ゴ、ゴメン月島くん…!この子、私のこと呼んだんだと思う…」


やがて私の元に中学時代からの友達、けいちゃんが駆け寄って来て、そいつに謝る。なんで?なんで謝るの?私には理解出来ない。けいちゃんも彼とはあまり親しくないようで、緊張気味に話すその様子に二人の距離感を読み取って、そして苛立つ。いや、けいちゃん全然悪くないじゃん。私も悪くないし。


「……自意識過剰なんじゃないの」


思わず悪態をついた。大方、自分の名前にでも似ていたのだろう。恵一とか、啓介とか、敬吾とか。そんな風に予測をつけた上で、つい睨み上げてしまった。ピクリと肩を震わせたのはけいちゃんの方で、奴からの返事が返ってくる前に、彼女からパシンッと背中を叩かれる。自分自身も、口に出して直ぐに後悔する。見ず知らずの男子に喧嘩を吹っかけるような真似をしてしまった後悔だ。月島は何も言わない。ただただ眉間の皺を濃くし、高い位置から私を見下ろす。人並み外れた長身の威圧感と、その鋭い眼光に思わず怯んでしまう自分がいた。何か言われるかと身構えたが、しかし、彼はそのまま謝りもせず鼻から荒い息を出すと、何事もなかったかのように私たちに背を向けた。


「……彼ね、月島蛍くんっていうの。ホタルって書いて、ケイ」


肩透かしをくらったような気分で、その背中を睨んでいたら、けいちゃんが教えてくれた。その言葉に何と返事をしたのかはもう覚えていない。ただ…ムカつく奴。感じ悪っ。……んで、ちょっと恐い。それだけ思った。それが月島蛍の第一印象。高校一年生に上がった春、入学して三日目のことだった。

けいちゃんは、保育園から中学までずっと同じ学校だった友達だ。フルネームは坪倉圭子。略して圭ちゃん。そんな彼女とは、特に示し合わせた訳じゃないし、親友と呼べる程の関係でもなかったが、偶然にも同じ烏野高校を受験するということで、半年くらい前から急激に仲良くなった子。そんな圭ちゃんは、入学して隣のクラスになった。同じ学校出身の子は他にも同じクラスにいたが、なんとなく気心知れた子の元に駆け寄ってしまう四月。田舎で人口数が少ないが故に、中学までは小学校とさほど変わらない顔ぶれに囲まれていた。子供会、地区対抗陸上競技大会、季節毎の祭り事。学校が違えど、○○小だったよね?、くらいの認識は持っている子が殆んどだった。そういうどこかホーム的な感覚が強かった中学時代と違い、学区が広がり過半数を超える面々が初めましてとなったアウェイ感たっぷりのこの環境では、心細さと新たな出会いへの期待が複雑に混じり合う。すれ違う全ての生徒に訳もなく体を強張らせていた私は、圭ちゃんのクラスに行くのだってそれなりに緊張していたんだ。そこへきて、月島蛍のあの態度。印象最悪。とてもじゃないが、私は友達になれそうもないタイプだと思った。

それから二ヶ月。男子バレー部がインハイ予選の二回戦まで勝ち進んだという噂を耳にした。へぇー。うちのバレー部って強かったんだ、なんて他人事のような感想を抱きながら、私は今日の昼休みも、隣のクラス訪問に赴いている。


「けーいちゃーん、来たよー」

「ハイハーイ!ちょっと待っててー」


教室後方の扉を開け、軽い調子で室内に呼び掛ければ、黒い制服の群の中から、圭ちゃんがヒョコりと顔を上げて笑った。同時にクラス内の数人の女の子が、圭ちゃんと同様に各自お弁当を持ってこちらに歩いて来る。四月から少し変わったこと。私と圭ちゃんは、入学したばかりの頃は二人きりでお昼を取っていたのだが、五月の初めくらいからそれぞれのクラスで出来た友達を誘い合って一緒に食べるようになった。せっかく出来た友達を蔑ろにするのもイヤだし、休み時間くらいしかゆっくり話せない互いの存在を無視するのもイヤだと思った私たちの折衷案が、いつしか毎日の習慣となった。圭ちゃんと圭ちゃんのクラスの友達と、私の背後にいた私のクラスの友達とで合流し、さぁ何時もの中庭へ移動しようかと皆で動き出す。開けてしまった際に扉に掛けたままだった右手。圭ちゃんが教室から出たのを最後に、再びそれを閉めようとして、途中、強い力で阻まれた。不審に思って掌に力を入れるが、ストッパーでも差し込まれてるかのように動かない。


「出るんだけど。邪魔だからどいてくんない?」


月島蛍だった。空いたままの扉から見えるのは、真っ黒い制服と金のボタンだけだったが、頭上に降った声質と不遜な物言いで察した。反射で仰け反るように首を持ち上げると、頭上の遥か遥か高い位置で、閉めようとしていた扉を片手で押さえ付けた彼が、私を見下ろしていた。目が合った瞬間に、思わず眉間に皺を寄せてしまう。すると元々冷めた印象の目が、更に鋭く光ったような気がして、固まっていた体がピクリと動く。その拍子に、ようやく扉から手を離した私の横をするりと抜け、月島蛍は無言で通り過ぎていった。異常に高いその背をしばらく睨み付けて、私は息を吐く。もうちょっと愛想ってもんはないのかよ。……急にそんなの振り撒かれても困るけど。


「………アイツ、クラスで何て呼ばれてるの?」

「んー?アイツってー?」

「あれ、あのメガネ」

「あー、月島くん?とか。男子は呼び捨てだけど」

「フーン…圭ちゃんは?何て呼ばれてる?」

「圭子ちゃんは圭子ちゃんだよねー。月島くんいるから、妙子ちゃんみたいに略すのはちょっと……気まずいんだもん」

「だよねぇ〜!だってホラ、今はもう慣れたみたいだけど、最初は妙子ちゃんが教室来て圭子ちゃんのこと呼ぶたびに恐い顔してたし…!その顔見てたらねぇ〜」

「……うーん。…“くん”なら良いのかなぁ?でも地雷は踏みたくないよね」


ぼそりと零した問いかけに、圭ちゃんをはじめ共に廊下を歩く皆が口々に会話を紡ぐ。やっぱりアイツは自分のクラスでも無愛想なのかと、皆の様子を見て検討を付けた。首を傾げた圭ちゃんの言葉を聞きながら、脳裏ではその頃のことを思い出す。そんなの、所詮はアイツが自分で勘違いしたんじゃん。不機嫌になる意味がわかんない。最初どころか、多分アイツは今だって私を不快に思っているに違いない。だって、私が圭ちゃんを呼ぶ度に、アイツは嫌な顔をする。もう何ヶ月も繰り返されるそれに慣れたのか、以前ほど顔には出さなくなったが、ピクリと眉を動かしているのは幾度か見た。でも仕方ないじゃないか。出会った時から、圭ちゃんは“けい”ちゃんだ。十年近く続いている習慣を、今更変える気も無い。むしろアイツのために止めてやる必要も無い。そう思うのに、人並みに人見知りもするし赤の他人の前では緊張もする私は、あの自分に向けられた鋭い目を思い返すと、感じたくもないのに恐怖心を煽られる。あんな奴に嫌われていたってなんともないと思うのに、あんな風に直接嫌悪を向けられるのは気分が悪い。月島蛍。やっぱり私は、アイツが嫌いだ。

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