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≫≫≫365日の真田組!



02. 君とお揃い



「あれっ?なんで二人して今日はそっちなんすか?」

「いろいろと諸事情があってな」

「もしかして、忘れたんすか?先輩達が忘れ物するなんて珍しい事もあるもんですねぇ」

「赤也、それは弦一郎の前では口にしない方が身の為だぞ」


遡ること3時間前。

例の遠野の全身ズブ濡れ事件後、一人だけ体操着で授業を受けていた彼女を、少々意地の悪い教師がからかった。

「寝ボケて制服と体操着を間違えて着て来ちゃったのかなー?」

などと柔らかに笑い、「先生それは完璧にイジメです!」などと、これまた完全に悪ノリでしかない木村の言葉に教室は沸いた。当の遠野も気まずさを笑いに変えてくれた木村が有難かったのか、皆と一緒になって笑みを零していた。

教師の言葉は冗談混じりで、普段から生徒たちと軽口を交わす若い教師であったし、悪意はないと充分に伝わっていた。

が。

そうは感じかなかった者も、いたらしい。

午後一の授業が終わってすぐ、人知れず消えたと思ったら、何気ない顔をして戻って来た真田が、何故か遠野と同様に体操着を着用していた。

弦一郎、
それは何だ。
優しさか。

思わず遠野自身が頭を抱えたのは言うまでもない。


「二人だけなんて逆に目立つって!!」


腹を抱えて木村が大爆笑し、真田がちょっと落ち込んだ風な表情をした。しかし、お調子者で思ったことを何も考えずに口に出してしまう単細胞だが基本憎めない性格をしている木村は、そんな真田の態度に心を打たれたのか、その場で制服を脱ぎ散らかし始める。

ばか!
更衣室行け!
露出狂!

などと女子たちに罵られながら、あっという間に自分も体操着へと着替えてしまったのだ。


「お揃〜い」


なんて言いながらヘラヘラと笑って真田の肩に手を掛けた木村。


「真田のそういうとこ嫌いじゃないんだよね〜」


などと明け透けに言い加えた木村は、間違いなく自他ともに認めるこのクラスのムードメーカーだった。そんな男が人一倍熱血漢の男に触発されたとあれば、その侵食率は半端ない。

相性が良いのか悪いのか。

しばしば身なりや素行を厳しく言及する側とされる側であるのに、けして険悪ではないこの二人に大いに影響を受けるこのクラス。

得てして、次の授業はクラス全員が体操着姿で受けることとなった。無論、俺も。


「ノリ良いよなぁ〜F組」

「球技大会でも盛り上がっていましたしね」


質問された赤也ではなく、練習後の部室内で事の成り行きを聞かせた相手は丸井と柳生であった。

口が軽く我が副部長の厳しい教育を受けている後輩には、うっかりからかおうものなら真田の逆鱗に触れる危ない話題だったが、彼らにはそんな心配も無用だ。


「そういう事に関しては、やけに潔い面子が揃ってるらしくてな」


最近親しくしている友人たちを脳裏に浮かべ、そういえばあれほど騒がしいクラスに所属したのは初めてだ、と心中で呟く。


「柳がそんなキャラだったなんて再発見」

「そんなことはない。自分に害がなければ飽きずに過ごせて悪くないぞ」

「不快に感じないということは、相性が良いのかもしれませんね」


雑談を交えながら、制服へと着替える手を進める。

そういえば、他の奴らも今日は部内のユニフォームではなく、この姿で部活に参加したんだろうか。体操着など着る必要の無い奴らまでそうしたのかと思うと、確かに変わった連中の輪に加わってしまったものだと思う。

各云う自分も、さして脱ごうなどと思いもしなかった点については同類か。


「球技大会ではF組みに負けちまったけど、来月は負けねぇかんな。見てろよ?」


いち早く着替えを済ませた丸井が、部室内のソファに派手に座り込みながら得意げな顔をした。来月の始めに控えているのは体育祭だ。


「いやに自信あるじゃないですか。何か勝機でも?」


律儀に答える柳生が、丸井の隣に腰を降ろす。


「うちさぁ〜陸上部の駿足ナンバーワンがいんだよね〜!」

「ブンちゃん、体育祭はクラス対抗ぜよ?」

「んだよ、んなこと分かってるよ」

「個人戦ならまだしも、一人だけ秀でた奴がいたところで他の連中が並ならそう上手くはいかん」

「ほう…そういう仁王くんも、自信があるようで」

「うちのクラス、陸上部が13人」

「げぇ!反則じゃねぇ!?ってか偏り過ぎじゃねぇ!?」


元来口数の多くない俺は自分を抜きに進んでいく会話に耳を傾けながら、自分のところはどうだったかなと思い返す。

順位がどうとか成績がどうとかではなく、違う場面での活躍に力を注ぎそうだと、ムードメーカーの木村の姿が真っ先に目に浮かんだ。

巻き添えを食らって変な役回りが自分に回ってくることさえ無ければ、それはそれで面白いかもしれない。否、むしろ何かやらかす気なら、策を練る側に回った方が被害も被らないし、より楽しめるだろう。

確か今週、競技種目の選手決めをする時間があったな…木村が何を言い出すか…真田はどこまで許すか…俺はどう立ち回るべきか…。


「また何か企んどるじゃろ?」


帰路につき校門を出たところで仁王の鋭い観察眼に捕まって、自分がまた無言で思考に耽っていた事に気付く。


「なに、お前に災いが降りかかるような事ではないから安心しろ」


そう言ってやると「参謀の頭ん中は恐ろしい事でいっぱいじゃのー」と皮肉めいた笑みを浮かべながら、仁王は学校を出て一つ目の交差点を逆方向に消えていった。

いつも何を企んでいるのか理解不能なのはお前じゃないか。などとは口には出さないかわりに、恐ろしくも頼もしい友人のその後ろ姿を見送って、進行方向に目を向けた。

あれは…。

その僅か数メートル先に、ここ数ヶ月でよく見知った後ろ姿を見つける。幼い少年のように短く小ざっぱりとした、それでいて男よりもひと回りもふた回りも小さい形の良い頭部。

本人が常日頃から赤裸々に僻んでいる、女子らしい丸みがあまりない少々華奢すぎる体型から、思い浮かんだショートヘアの女友達のうち一人を限定した。


「着替えていないのか?」

「…うわっ!柳!?…ちょっと、気配消して背後に立たないでよ恐いから!」


歩く速度が違うのか、やがて追い付いたその背中に声を掛けると、目に見えて驚いた様子の遠野が可笑しくて口元が緩んだ。


「勇気あるな、その姿で歩くとは」


補足しておくと、我が校の指定体操着は昨今には珍しいぐらい古びたデザインをしている。もう30年以上変えられていないというデザインは、一言、今風に言うと、半端なくダサい。

部内ユニフォームでも可という規則に甘んじて、それが必要な体育の授業以外…マラソン大会だとか体育祭だとか、そういった類の校内行事でも着用する生徒はほとんどいない。その為、本来ジャージなど必要としない文化部でも、無理矢理に共通のユニフォームを自腹で作るのだという。


「いやなんかもう面倒で。帰るだけだし」

「ではこのまま飯でも行くか、と言ったら?」

「サド、鬼、一人で行け」


遠野のいつもの様な歯に衣も着せぬ返答がいっそ清々しい。その反応が予測通り過ぎて鼻で笑えば、「イジメっ子!」というオマケが付いた。

そこで会話が途切れ、隣から力無い溜息が聞こえてくる。不意にその横顔を見やれば、疲れきった面持ちの遠野。


「大丈夫か?」

「へ?何が?」

「いやに静かだな」

「あたし、普段そんな煩くしてるっけ?」


そういう意味ではないのだが…。と、思ったが、笑い顔の遠野の様子に特に訂正する必要はないかと、口には出さなかった。


「あんな事されりゃね、ちょっとは気が滅入っちゃうよねー」


乾いた笑いを零しながら言う遠野。身に覚えのないことで理不尽に嫌がらせを受けたのは、つい数時間前のことである。気分が沈むのも致し方ないのだろう。


「勘違いならいいけど、もし、あたしってちゃんと認識しててやられてたら、とかね」


鞄とは余分に一つ多く手にぶら下げられたビニール袋を、力無く前後に揺らしながら遠野が言ってまた弱々しく笑う。

笑う場面ではない気がするが、だからといってどうするのが正解であるのか俺にも分からない。


「もしそうなら黙って見過ごしはしないさ、皆」

「柳も?」

「その時は、俺のあのノートを駆使してやってもいい」

「あはは!一体何が詰まってんの?こわっ」


半分冗談、半分本気で言えば今度こそ声を出して笑う遠野。か細い肩が揺れるのを見下ろしながら、その笑い声にようやく俺は安堵した。


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