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≫≫≫365日の真田組!



01.
クラスメイト



数の多さが問題なのではない。

要は、そこに悪質なものが混じり混んでいるか否かである。


「おまっ!!えぇぇ!?」

「うっわ!!何お前!?」


昼休み。

力無く教室の扉を引いて中に戻れば、傍らの机にだらしなく腰掛けていた木村と、その周辺に戯ろしていた数人が目を丸くして驚く。

靴底から滲み出た水分が床に擦り付けられて音が鳴るたび、私の神経は逆撫でられていた。


苛ついた気分のまま木村の姿を捉えて睨み上げる。

紙パックに差したストローを半開きの口元にあてがったまま、文字通りきょとんとした顔の木村にまたムショーに腹が立って、勢いを付けて飛びついた。


「き〜む〜らぁ〜!」

「おいっなんだよ突然…ぐぁあ!!」


そのまま、首を両手で締め上げる。

既に飲み切った後だったのか、カランと音を立てて床に転がった紙パックが、たたらを踏んだ木村の足により呆気なく潰れた。


「ふざけた面してヘラヘラと!」

「うっ、ぐ、ぐるじい…」

「何がエースだっつの!このエロ猿がぁ!」

「ひっ、ひど、ってか、ちょっ、おまっ、やめ…うぉ!」


私はといえば当たり所の無い憤りをぶつけるように、力の限りその首を前後に揺さぶってやる。木村の口からは言葉にならない声が漏れ聞こえているが、無視。

「うぇっ」とか「ぬぉっ」とか、呻き散らす様子に構わず力を込める。死なない程度に手加減はしてやるが、心の中では「死ね」と罵声を浴びせたい気分だった。


「おい、話が見えないまま痛めつけるのは止せ。もげるぞ、そろそろ」


そのままたっぷりと3分。思いつくまま罵声を浴びせ続けて、こちらの息も上がってきた頃。見計らっていたのか、私を木村から引き離したのは柳だった。


「た、助かった…!正義の味方だ蓮ちゃんは!」

「俺に弦一郎みたいな仇名を付けるのはよせ」


私の手から逃れて、素早く柳の背中に回り込んだ木村。その言葉に眉間に皺を寄せた柳は、自分の背後に隠れた木村と私を見比べている。


「で、何事だ?」


踏み付けられてぺしゃんこになった紙パックを律儀に拾いゴミ箱へと放った柳は、ごく短くまとめられた疑問を寄越した。

目が合うと、呆れたような顔をして返事を促してくる。その眼に、私は先程から何度吐いたか分からない盛大な溜息を、また一つ吐いた。あぁ、もう、説明するにも腹立つわ。


「とりあえず、ほれ。頭吹きな?」

「…ん。ありがと」


それを見て、なんの騒ぎかと先程の一連を眺めていたであろうクラスメイト達も寄って来ていた。

同じクラスになって最近よく話すようになった佑佳。諭すような顔で差し出してくれたタオルを頭に被せながら、私は不貞腐れた声でようやくことの経緯を話すことに至った。


「で?どうしたの一体」

「渡り廊下歩ってたら上から水が降って来た」

「マジ!?」


大マジ…と力無く答えて、そこで鼻を啜る。ちきしょー。身体が冷える。


「大丈夫か?」

「わかんない、なんか寒いし」


その仕草を見て気遣ってくれた柳の言葉に半ば投げやりな態度になってしまうのも、さっき受けた屈辱の余韻が抜け切っていないからだ。

今の私は頭の先から爪先まで全身水浸しである。一応、教室に入る前にジャケットは絞ったしトイレで大まかな水分は拭いてきたのだが、土砂降りの雨にでも晒されたかの様な有様は当然隠し様がない。

加えてここに辿り着く間、容赦無く浴びせられた好奇の目。

じっとりと素肌に張り付くシャツと、頭部から額をつたって未だに滴り落ちる雫も、どうしようもない不快感をもたらして私を不機嫌にさせていた。


「は?なんだお前、嫌われてんの?」


私の言葉に、さっきの腹いせと言わんばかりに木村がニヤつき顔で笑いを零す。ってか、それで何で自分が首締められなきゃなんなかったのか考えねぇのかお前はよ。


「『木村くんと別れてよ!』って声も一緒に降って来た」

「っはぁぁぁ!?」


馬鹿かコイツ。と、いう内心の突っ込みは面倒なので省いて端的に述べると、それまで柳の肩越しに大人しく聞いていた木村だが、自分の名が挙げられたことへの驚きで途端に顔を歪ませた。

その素っ頓狂な反応がまた、私の沸点を刺激する。


「何であたしがアンタの取り巻きにやっかまれないといけない訳!?」

「えー俺に聞くなよー」

「ちゃんと教育しとけよ!」

「いや面識ねぇし!っつか取り巻きなんていんのかよ俺に!」

「さぁーどこがいいんだか知らないけどねぇ!物好きがいるみたいねぇ!」

「おい喧嘩売ってんのか?売ってんだな?そうなんだな?買ってやんぞコラァ!」

「もー落ち着こうよ二人ともー!話が進まないでしょ!」


再びヒートアップし掛けた私たちの間に慌てて佑佳が割って入って来る。ハッキリ言うことは言っているのに物腰は柔らかく、そしてもっともな仲裁の言葉を前に、私も木村もおずおずと引き下がった。

これがこの子の不思議なとこなんだよなぁ…と、この状況とは全く無関係なことを考えながら荒くなった呼吸を整えようと努める。


「ん〜…この間の球技大会のこととかは?目立ってたじゃんお前ら」


と、その間に、ポツリと一人のクラスメイトが口を開いた。確かに…そんな事も確かに無くは無かったけど…。と、ようやく、なんとなく、疑心暗鬼だが、私の脳裏にも思い当たる一つの出来事が思い浮かぶ。


「なるほど。遠野、覚えてるか?」

「うん…だけどさぁ〜…」


同時に察しがついたらしい柳の問い掛けにも唇を尖らせると、私は記憶を巡らた。

先週の球技大会。

トーナメント式で行われたバレーボールの試合に、決勝まで順調に勝ち進んでいった我がクラスの男ども。

接戦を繰り広げ試合が終盤に差し掛かった頃だった。

相手側が放ったスパイクが、ワンバウンドした弾みでコート脇で応援していた私を含む女子たちの密集地帯に飛んで来たのだ。

ボールの威力は半減していたし、別に当たったってそれ程痛みは無かっただろうが、テンションが最高潮に達して調子に乗った木村が、カッコつけたいのと笑いを取りたいのとで、

『マイハニーを傷付けたら許さないんだからぁー!もぉ!』

とかなんとかほざき、何故かボールではなくそこら辺にいた女子を力いっぱい抱き締めた。

結果的に、場内は笑いに包まれお調子者の木村は大変ご満悦だったが、いき過ぎたおふざけが嫌いな真田組長によって怒号が響き、更に笑いを誘うという形で、我がクラスは少々悪目立ちをしてしまったのである。言っておくが、抱き締められた女子。それは私ではない。


「ただの勘違いー!」


抱き締められたのは、私の隣にいた佑佳である。


「観客もかなりいたし、みんな雑に座ってたし、角度によってはそう見えたのかも」

「あん時、俺に突っ込み入れたのは遠野だったしなぁ」

「えぇー!あたし『やめろ!恥さらし!』って言わなかった!?」

「…ふむ、『やめて!恥ずかしい!』と、いかにも照れている風に聞こえた可能性も無きにしも非ず」


たったあれしきのふざけ合いで…。しかし、あれだけの生徒数が集まる場でなければ、木村と私の仲を勘違いする場面も他にない。

何しろ、木村とは今年このクラスで初めて一緒になったばかり。付き合うどころか互いについてまだまだ何も知らない同士で、そもそも二人きりで行動した事すらない。ってか、ぶっちゃけタイプでも無い。いや、そんなことはどうでもいいんだけど。


そして、不意に閃いた。


「…それより、単純に上から頭見下ろすだけじゃ、佑佳と私の区別つかなかったのかも」

「あぁ、髪型か」

「先週はまだ長かったから」


そうだ。あの時、私の髪は今より遥かに長く、一方、佑佳は今期が始まった当初からずっとショートヘアで、ついこの間までなら後ろ姿だけで見分けがついた。


「可能性としては、そちらの方が高いだろうな」


しかし、週が明けて髪型を一新してから、親しい者以外には背格好だけで見間違えられることも少なくない。

顎先に指先を添え、柳が納得の表情で頷いている。クラス内の雰囲気も、ひとまず原因がハッキリして腑に落ちた様子だ。ようやく事の成り行きが判明して、皆もそれぞれに安堵の息を吐く。


「いずれにせよ、遠野には災難だったな。ま、根も葉もないただの勘違いだ。二度目はないだろう」

「だといいけど」


苦笑いで労ってくれた柳に、私もようやく苦笑いを返せるぐらいまでは落ち着いた。


「なんか、ごめんな」

「ん…いや、木村が悪い訳じゃなかったし。ごめん、首締めて」

「うん、痛かった。っつかすげぇ理不尽だった」


肩を竦めて謝る木村にも、別にもう苛つかない。

基本はいい奴なんだな。単細胞なのは否めないが、軽口やふざけた行動も、悪質なものでは無いと直感するからこそ私も勢いでやり合う気になっちゃうんだろうし、やり過ぎれば素直に反省する奴なんだと理解出来るまでには交流がある頃だった。



「けど俺、取り巻きなんていた記憶ねぇけどなぁ〜」

「そう?最近男バス側、見学してる女子増えてるじゃん」

「俺を見に来てるとは限らないじゃんか」

「まかりなりにも部長だし4番もらったんでしょー?それなりに需要はあるんじゃないかな?」


あのまま全身ズブ濡れでいる訳にはいかず、仕方なくダッサい指定ジャージに着替えて教室に戻ると、木村と佑佳がそんな会話をしていた。


「あ。俺のファンのデータとかねぇ?」

「そんなデータが何の役に立つ?」

「なんだよ〜蓮ちゃんのその分厚いノートは何の為なの〜?」

「少なくともお前の為ではない」

「友達を助ける為には使ってくれないの〜?」

「…この場合、助ける事になるのはお前ではなく##NAME1##ではないのか」


バスケ部内の様子については、部外者である私にはよく分からないので黙って耳を傾けていると、くねくねと首と腰を揺らしながら絡む木村に鋭く突っ込む柳が笑えた。

こいつも、佑佳とはまた異なった類の穏やかさがある。ハッキリと物申すくせに、棘は深くない。確かにグサっと刺さってるんだけど、あんまり深くない、気がする。自分にはまだ害がないからかな?


「柳んとこの取り巻きのが、よっぽど強烈そうなのにね」


なんて観察しながら、次の授業に備えてノート、テキストを机に並べていく間に呟いた。

同じクラスになって初めて親しく言葉を交わすようになった佑佳、木村、そして柳。その理由の一つのは、この教室の中での位置関係にあった。窓際の柳、その周りを囲むように前後には木村と佑佳が、隣には私。

始業前
終業後
授業の合間の休み時間

自然と言葉を交わす機会は多くなる。

人から又聞きでしか聞いたことのない浅い知識が脳裏に浮かんで、そういえば柳だって部内ではかなりの実力者という噂を思い出した。

所属しているテニス部自体が、相当の人気であるはずだ。今年度のクラス発表の際には、前に同じクラスだった友達に羨ましがられた。ファンや取り巻きの数ならば、学校内でもダントツだと思うのだが。


「うちはな、それ以上に部長が強烈でな」

「何それ」

「いつだったか、練習中の気が散るから、寄るな、触るな、喚くな、負けたら責任取れるのか、と面と向かって説教した事がある」

「わお」

「加えて、去年、自分の彼女に嫌がらせした女生徒を転校に追い込んだ。何をしたかは不明だがな。もちろん自分の手を下さずに、だ」

「こわ!」

「あぁ、恐ろしいぞ。敵に回したくないタイプだ」

「へぇ〜」

「あれ?部長って真田じゃねぇの?この間の予算会議、あいつ出てたけど」

「いや、真田は副部長だ。…訳あって、部長は今学校自体に来ていない」


誰も返事をしないのに、そのまま言葉を区切って口を閉ざした柳の表情に、木村と佑佳と目を見合わせた。「なんで」とは、何故か聞きづらい空気。


「ただの病欠だ。手術が済めば戻って来る」


そんな気配を読み取ったのか、軽く笑ってそう続けた柳に助けらて、三人揃って相槌を打つ。

しかし、気のせいか、暗い影が落ちたままのような柳の表情を見て、何か事情があるのかな…と思った。思ったけど、口には出せずに柳の方を見てシャーペンを弄んでいたら、不意に頭に手が乗せられた。


「短いとやはり乾きが早いな」

「…うん。でも自然乾燥だとゴワゴワして気持ち悪いからイヤ」

「そうか?…気にしたことないがな」

「柳は男だから。女子には重要問題」

「あたしも気にしなーい!」

「ホントは男なんじゃねぇ?佑佳は〜」

「木村、あとでシメる」


踏み込んでいいラインはまだ曖昧だけど、とりあえず、この面子で過ごす時間は居心地がイイナと、そう感じられて私は笑った。

それは多分あたしだけじゃないと、皆の笑い合う声に、そう思えた。


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