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ネコの尻尾。
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91.
ガールズトーク+α(アルファ)


それからも文化祭の準備は着々と進んだ。クラスで企画した喫茶店も、男テニで企画したシンデレラも。こんな日々は懐かしい。小学校、中学校、高校で…幾度も経験したが、それぞれに思い出がある。今では珠玉の宝とも思える私の中の輝かしい時代たち。そしてまた、今回も私の中では唯一無二の思い出となるのだろう。たぶん、一生忘れられない思い出に。同時に、思い出せば胸に痛みを伴う痛烈な記憶として。


「杉沢ちゃん……やっぱ下手くそだね……」

「ゴ、ゴメン…ゆかりちゃん」

「うん。ここ針落としてる、全然縫えてないからもう一回やり直してくれる?」

「あ、はい……」


という憂いを感じつつ、必死でミシンを走らせていた私はゆかりちゃんの容赦の無い言葉に素直に頷くしかない。余計なことを考えながらやったせいだろうか。現在、クラスでやる喫茶店での衣装…といっても何の変哲も無いシンプルなエプロンを作製している真っ最中なのだが、私が完成させたそれを見た彼女から痛いご指摘を受けた次第だ。


「だから苦手なんだよね…」


ミシンなんてものを扱うのは学生の時以来で、久々に触るのに加えて自分には一生縁の無いものだと決めつけていた為か、見るも無残な出来栄えとなってしまったエプロンを見つめて私は嘆きの声をあげた。


「なんで?直線しかないんだからラクじゃん」

「その直線が!上手くいかない!」

「この間もガッタガタだったもんね」


先日テーブルクロスを縫った際に、クラスメイトには私が裁縫が大の苦手だと既に露呈されている。涙目になるも、一人5着とノルマが決められている為か彼女たちに手伝ってくれそうな気配はない。致し方なく、私はゆかりちゃんから手戻されたエプロンを修復する為、ニッパーを手に溜息を吐いた。歪んだ縫い目を直すには、一度全て程かなければならずそれがまた面倒臭い。


「よう!やってっか〜?」


プチプチ…と、不器用な私は勢い余って生地そのものまで傷付けてしまわないよう、慎重にミシン目の一つ一つにニッパーを差し込み糸を切断していく。それに集中するあまり、開け放してあった家庭科室の扉から入り込んで来たそいつの存在に気付いていなかった。


「杉沢!無視すんなよ!」

「ぎゃあ!っあ…あぁー!破けたぁ!」


突然耳元で叫ばれ、驚いた拍子に手が滑る。案の定、自らで思い切り滑らせてしまったニッパーにより、手元の布地に10cm程の裂け目が走ってしまった。


「ばか!突然驚かすんじゃないよバカー!」

「俺のせいかよ!今バカって二回も言った!?」


見上げれば不服そうに口を尖らせている丸井が傍に居る。


「うぅ……どうしよう…コレ…」


しかし何故こんな所に奴がいるのかなんてどうでも良くて、私は手元を見つめて溜息を吐いた。これから再度縫わなくてはいけないのに、ちょうどそのライン上に来るであろう部分に見事にパックリと穴が空いてしまった。


「しょうがないよ、そのまま縫うしかないかなぁ。黒だし、裾の方だから目立たないと思うよ」

「はぁ…コレ着る人ごめん」

「っつうか、お前らさっきから俺を無視し過ぎだろい」

「何よ何しに来たのよ」

「冷てぇし」


そこでようやく丸井の姿を視界に入れた私はジト目で奴を睨んでやった。不意打ちで驚かされた挙句に手元を狂わされ、少々虫の居所が悪い。理不尽だと言わんばかりの顔をする丸井は、だがしかし、大して怒った様子もなく空いていた丸椅子に腰掛けた。


「で、ホントに何しに来たの?」

「んにゃ。別に用はねぇけど。フラフラしてたらお前らが目に入ったから寄っただけ」


何かと役割を与えられて忙しくしている奴がいれば、それが成り行きなのか故意なのかは不明だが暇そうにしている奴もいる。特に準備作業の為ということで校内を自由に動き回ることを許されているこの時間は、誰がどの場所にいようとも教師たちに口煩く咎められることも無い。そういった理由でサボりに徹する輩も比較的増えるらしいのだが、今まさに私の目の前でダルそうに頬杖を付いた丸井もそういう奴等と似たようなもんなんだろう。


「あっ、丸井くんだぁー」

「どうも丸井で〜す」

「あはは、ねぇシンデレラやるってホント?」

「あぁ〜……マジマジ。気ノリしねぇけど」


さすがというか何というか。やはり元男子テニス部という肩書きは伊達ではないのか、同じく作業中であったクラスメイトたちが丸井の存在に気付いて嬉々とした声を掛けると、慣れた調子で奴は受け答えをしていく。特に身構えることもなく、私やゆかりちゃんと話す時とさほど差が無いその口調。誰とでもこうして垣根無く言葉を交わせるところが、丸井の得意分野なのだろう。


「丸井くん近頃彼女作ってないねぇ?」

「ん〜。なんか最近、ビビッと運命感じる相手がなかなかいねぇんだよな」

「ビビッと運命感じてたら普通二ヶ月で別れないと思うけど」

「ははは!」

「ローテーション早いよね、ホント」

「っつーか。毎回俺がフラれてんだっつの!そんな悪くねぇと思うんだけどなぁ〜俺」

「そうなの?悪いけど私プレイボーイのイメージしかないよ、丸井くん」

「んなことねぇし!花田、なんなら試しに付き合う?」

「え"」


選り取り見取りの女子たちの輪の中、皆がミシンを動かす様子を眺めながら丸井は投げられる言葉に軽い調子で答えていく。その会話を片耳にこいつは真性タラシだなと確信した。何食わぬ顔をしてとんだ爆弾を落としたことを、自分自身で気付いてるんだろうか。


「あ。そうだ。俺らの衣装もお前らに作って欲しいって、幸村くんが言ってた」

「え"」

「あれ?業者に借りるんじゃなかったの?」

「そのつもりだったらしいけど、思ったより金かかるみてぇで。さっき幸村くんに会ったらそう言ってた」


そんな丸井は更なる爆弾を落として来た。どこから取り出したのか、チュッパチャプスを口に放り入れながら思い出したように言う。今さっき聞いた情報だったみたいで、念の為にゆかりちゃんがメールで確認すると丸井が言ったまんまの答えが幸村からも返って来た。


「三人で宜しく頼むよ…だって」

「ちょっ…!ごめんゆかりちゃん…私のことはアテにしないで欲しい…」


エプロン一つまともに作れない奴が、そんな演劇用の衣装など作れる訳が無いじゃないか。なんでアッサリ了承しちゃうのかと聞けば、「え、一年の時も文化祭用の衣装作ったことあるし…」、とのことで反論が出来なくなってしまった。一度やれてしまうことを知ってしまっては出来ないとは言えない。中学生たち凄い…。


「無理無理無理、無理だって!」

「珍しいなぁ〜杉沢がんな拒否るなんてよ」

「だって、コレだよ!?」

「………うわっひでぇ」


呑気な顔してのほほんとしている丸井に今まさに手元に抱えた布地を差し出せば、納得したように顔を引きつらせて奴は頷く。こんな私にシンデレラをやるにあたって必要なドレスのアレコレが器用に縫えるわけがない。


「え〜、どっか安く借りれるとこ探そうよ…!」

「いつになく必死だなオイ」


思わず両手を投げ出して机の上をバンバンと叩く私に丸井は呆れ顔だ。しかし嫌なものは嫌だ。というか、出来ないのが目に見えておいて簡単に了承など出来ない。どうせ上手く仕上げられずに、ゆかりちゃんや高坂ちゃんに泣き付いて迷惑を掛けるオチに決まっている。


「どっかツテとか無いの?毎年文化祭やってんでしょ?誰か知らない?」

「ツテっつってもなぁ…先生に聞いてみりゃいいんじゃん?」

「ツテか……。あ!杉沢ちゃんさ、氷帝の跡部くんと仲良いんだよね?あの人なら持ってそうじゃない?ゴージャスなの」

「えっ」

「あ!それいいんじゃ〜ん!上手くいったらタダで借りれるんじゃない?」


嘆きを露わにする私の言葉に、クラスメイトの誰かが思いも寄らぬ提案を出して来た。何気なくその子が口にした名前に、ゆかりちゃんも目を輝かせる。何故、何故そこで跡部の名が突如出て来るのだ。


「そういやさ!夏休み中に跡部くんに拉致されたってホント!?」

「あたしも聞いたソレ!野球部の奴が言ってた!詳しく!」

「マジマジ、肩に担がれて持ってかれてたコイツ」

「言わなくていいし…!」


と、反論の言葉を述べようとした矢先に一斉攻撃を受け、私はその所以を思い知る。そうか、あれか。目撃していたのは何もテニス部の連中だけではなかったということか。楽しげに語り出す丸井を制しつつ、私はまた違う意味で頭を抱えた。


「ねぇ〜聞いてみてよ〜!私も出来るなら負担は軽くしたい!」


そんな私に、ゆかりちゃんが苦笑いを浮かべながら掌を合わせた。彼女の下がった眉尻にその心中を察する。私だって自作しなくて済むならその方が断然いい。今から素材やらデザインやらを考えるのはとてつもなく面倒で手間もかかるし、何より時間が足りなさ過ぎる。


「……わ、わかった。聞くだけ聞いてみる」

「お願い!今ね!」

「え!?今!?」

「うん、精市くんに文句言われる前に決めちゃおう!」


善は急げとばかりに促されて、私は携帯から跡部宛へのメールを作成する。向こうも午後の授業の真っ最中であろうから直ぐには返って来ないだろうと踏んでいたのに、その予想は外れて即返信が来て些か驚き、受信メールを見て更に驚いた。なんだよ暇人かよ跡部様ともあろう人が…、なんて思わず心の中で悪態をつく。


「跡部くん何て?」

「………今日の放課後持って来るって」

「対応早っ!」


シンデレラの衣装を安く借りれる宛ては無いか、もしくは氷帝にその一式があればお借りしたい旨を述べたメールだったのに、何に使うのか誰が着るのかも聞かぬうちに跡部は今日のうちに立海までその衣装を届けに来ると返信を寄越した。なんなの?暇人なうえにお人好しなの?


「えぇ〜!じゃあ今日跡部くんに会えるんだ!」

「ラッキー!あたし実物見るの始めて」

「あたしもあたしも〜」

「皆好きだよなぁ、あの手の顔が」


私が頭の中でクエスチョンを飛ばしている傍ら、家庭科室に集まった女子たちは途端に色めき立つ。ミーハーに騒ぐ彼女たちを見て丸井が呆れたような溜息を零すが、その言葉に皆が切々と跡部様の人気ぶりを語って聞かせ始める。どういう認識をされているが知らないが、丸井から「お前もアレいいと思うの?」と問われたので「顔良くて金持ちとか鉄板じゃない?そこそこイイ奴だし」と返したら元々真ん丸な目を更に丸くして驚かれた。丸井の目が真ん丸い。なんて、つまらないダジャレはさて置いて。たった一通メールを送っただけだというのに東京から神奈川まで来てくれるというんだから、イイ奴というのはあながち間違いではないと思うが…。


「ふーん……哀れだな」

「は?」

「全然タイプ違ぇじゃん」

「誰と?ってか誰のこと?」

「仁王」


高飛車でナルシストな性格であるが、テニスに対しての純粋なまでのストイックさとか、口は悪いけど面倒身が良いとことか、悪い男ではないよね。ってか、だからあんなにキャーキャー言われてんだから今更か、なんて。考えていたら、丸井の口から次いで出た名前に私は固まった。亀の歩みで未だニッパーを手に格闘していた私は、やや間を置いてからゆっくりと顔を上げる。きょとんとした顔の丸井。と、何故か変なカーブを描いている複数の女の子たちの目が視界に入ってたじろぐ。


「ちょっ、皆して何、」

「知らないとでも思った?……あのね、密かに噂んなってるんだよ、仁王くんと杉沢ちゃん」

「へ?」

「プールサイドでチューされたってホント?」

「実は跡部くんとのことより、そっちの方が気になってたんだよね…!」

「それって本気チュー!?口?口!?」


まさかまさかまさか。丸井が何の火種を切ってしまったのか知らないが、作業の手を止めた女子たちの一斉攻撃が始まってしまった。逐一答える間もなく詰め寄られては堪らない。不意に幸村の言葉が脳裏に蘇った。「あっという間に噂になるだろうね」と…。夏休みが明けてから一度もそれについて誰にも聞かれることはなかったから思いっきり油断していた。


「付き合ってる訳じゃないのよね?」

「教室でもそんな素振りないしね」

「んじゃ、仁王くんが一方的に迫ったってこと?意外〜!」

「んでさぁ、結局のところお前どうなんだよ?」


尚も浴びせられる質問の数々。しかし、丸井が発したその一言によって周囲が静けさを取り戻した。代わりに容赦無い好奇の目を幾つも浴びせ掛けられて視線が痛い。


「た、助けて…!」


その問い掛けには真っ当な答えなど口に出来るはずもなく、私はいつかのファミレスでそうしたのと同じ様に、今度も咄嗟にゆかりちゃんの背に隠れる。今のところ、私の複雑な心境を唯一理解してくれるのはやっぱり彼女だけだ。



「も…もう!こんなとこで寄ってたかって!素直になれるはずないじゃん!?」

「え〜それってほぼ肯定してるようなもんじゃね?」

「ち、違う……!杉沢ちゃんはね、出歯亀根性丸出しな君たちに呆れているのだよ!」

「はぁ〜?」


ゆかりちゃんが私の気持ちを察してくれたのか、わざとらしいぐらいに怒ったふりをして皆に向かって叫んでくれる。始業式の日、あんな会話を交わしたせいだろうか。いつになく必死に庇おうとしてくれているのが、有難い。そうだそうだ。こんな所で素直になれる訳がない。何より自分にだって素直になれない私だ。だから、それについての具体的返答はどうか勘弁して頂きたい。


next…

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