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ネコの尻尾。
【20/54】
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70.
道は続く。



今度こそ、なんと言葉を掛けたらいいのか分からない。こうなることは知っていたし、覚悟もしていた。なのに目の前の光景に何も言えなくなる。これは間違いなくリアルだ。そんな事が今更痛感させられた。

気丈に振舞って見せているけど、僅かに落ちた肩や寂し気に下がった眉尻は隠せない。閉会式が終わって観客がいなくなったテニスコートを見つめる彼らの瞳が胸を軋ませた。幸村の腕にそっと手を伸ばしたゆかりちゃんの兎になった目が、どうしようもなく切なかった。

頑張ったのに。
あんなに頑張ったのに。

勝つ者がいれば負ける者がいる。立海の皆は後者に回っただけだ。何が足りないとか至らなかったとか、そんなんじゃなくて、ただそれだけのこと。それは仕方ないこと。…と、私は思う。だって何かがいけなかっただなんて、この数ヶ月間見てきた彼らをそんな風に思いたくない。例えば、それが彼らの決められた運命だったとしても。

…知っていたのに何もしてあげられなくてゴメンと、どうせ何も出来やしない身なのに罪悪感が募る。悔いたって何も変わらない。その前から変えられやしない。ただただ、ゴメン…ゴメン…と、無意味な謝罪を胸で繰り返すだけ。

どうすることも出来なくて、溢れ出す感情が抑えきれなくて泣いた。それもよりによって皆の前で。あたしなんかが泣く資格は無いのかもしれないと思いながら、止められなかった。

会場となった東京への遠征の為に借りたバスの中。遠ざかる会場を眺めていたら、再び涙が溢れ返って止まらない。試合後、表彰式、他校との別れの挨拶…。その間にとっくに涙を流し切っていたメンバー達に苦笑いされながら。


「杉沢センパ〜イ!またっスかぁ〜?」

「赤也のバカ…!こんな時に茶化さないの!」

「やけに静かにしていたと思ったが、やはりな」

「めっずらしいもん見た気分だせぃ。おい、大丈夫か?泣き虫」


皆から問い掛けられた言葉にも返事なんか返せない。丸井からの冷やかしにも睨みを効かせることが出来ない。口を開けば嗚咽が漏れそうになるから、私は散々言われながらそれを噛み殺す。あれだけ泣いて、まだこんなにも出るか…。


「ありがとうね、杉沢さん」


更に更に、練習中あんなに恐ろしかった部長幸村の言葉が優しくて、胸が痛くて、もっと泣けた。

試合中も泣いて、試合後も一人泣いて、私を探しに来た仁王の前で泣いて、仁王の悔し泣きを見てまた泣いて、バスで私を待ち構えていた皆を見てまた泣いて………。

いつから私はこんなに弱々しい奴になったのだろう。主役は彼らなのに私ごときが何を…。


「はいっ、保冷剤だよ」


ぐすぐすと鼻を啜る私に、前の席に座るゆかりちゃんがタオルにくるんだそれを差し出してくれた。


「冷やしとかないとあとで腫れちゃうから!」


笑顔の彼女に、また涙が滲む。


「あぁ〜!またぁ…!ホント珍しいね、杉沢ちゃんがこんなボロボロになるなんてさ」

「………ゆかりちゃん」

「ん?なに?」

「ありがと……」

「え〜?どうしたの突然!」

「テニス部……誘ってくれて、ありがと」


ゆかりちゃんが私をテニス部に引き入れなければ、こんな経験は出来ていなかった。色々葛藤したけれど、今この時が物凄く尊いものに感じられる。それを与えてくれたのは彼らだ。彼らの仲間にしてくれた、そのキッカケをくれた彼女に感謝した。


「たぶん、私、一生忘れなくなるっ……」


この夏が、きっと………

彼らより一回りも多く生きているというのに、これ程印象に残る夏を体感したのは久々だった。毎日高速のスピードで過ぎて、季節を感じる間もなく忙しさに追われて、年を取るのって早い…などという愚痴ばかりが増えていたこの身に、こんな経験をさせてくれた。

そう言うとゆかりちゃんから受け取ったタオルを目元に押し付けて、私はまた泣いた。

すると、頭の上に誰かの手の感触が乗っかった。それは一人ではない。代わる代わるという風に、時に乱暴に髪の毛を掻き乱されながら彼らの暖かさを感じた。

彼らは生きている。私が知る彼らの物語はここまでだけど、一分一秒、確実に時は進んでいた。高速を走るバスは夕焼けに染まるオレンジの道を、ひらすら前へ前へと前進を続ける。深い闇へと落ちるグラデーションの中へ。そしてまた、彼らの道も前にしか広がっていない。この先どんなストーリーが待ち受けているか、それはもう誰にも分からなかった。

……もちろん。
私の身に何が起きるのかも。


next…

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