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ネコの尻尾。
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62.
2回目。



ずしりと両肩に掛かる重み。


「っんだよ仁王〜」

「悪いのぅ、田宮」

「…は?」


片腕を掴まれたまま声が聞こえた方向を見上げると、私の両肩を真上から押さえ込むように手を掛けた仁王が田宮くんを見下ろしていた。腕を掴まれていた手はアッサリと離れたのだが、肩に掛かった圧はしばらく続く。私とは目を合わさない二人は何故かそのまま見つめ合っていて…私はしばしどちらかが口を開くのを待つ。…ってか、早く手どかしてくれないかな。お…重い。


「……しゃあねーなぁー!他の標的探すかなぁー」


そして田宮くんは微かに笑いを浮かべると、そんな事を言い残してすいすいと泳いで行ってしまった。

しょうがないとはどういう意味だろうか…。と疑問に思うも既に聞ける相手は遠ざかり、入れ代わりに仁王が隣に座る。どこも濡れていないところを見ると、彼は丸井や切原のような飛び込みには参加していなかったようだ。…というか先程までその姿を見掛けていなかったので、もしかしたら被害を受けるのが嫌で逃げていたのかもしれない。


「…………。」


仁王もまた、ジャージを捲り上げた足をプールへと浸す。やがて間が持たなくなって、私は水面を蹴るように僅かに足を上げるとチャポンと小さく音が鳴った。

あの日…皆で打ち上げをしたあの日。あれから仁王と話すのが気まずくなった。夏休み前に起こったあの出来事の後よりも、もっと。

仁王がどういうつもりだったのかを考えると、私はいよいよ普通に振る舞えなくなったのだ…。言葉を交わしたら何を言われるのか読めなくて恐くて、つい避けてしまう。隣に座った仁王に何と言葉を掛けようかと迷えば迷う程、言葉が出なかった。


「………のぅ」


夏休みに入り部活以外で顔を合わす機会がなかったのが救いであり、必要事項以外では話し掛けなくなっていた。…そんな私を仁王だって察していたはずだ。明らかに避けられて何も感じない訳がない。

それまで互いに知らぬフリを決め込んでいたのに。何を思ったか、突然仁王はそれを破った。私が彼と目を合わせなくなったその理由、そのキッカケを作り出したのは仁王本人だといっても過言では無い。

……そしてやはり今日も、先に口を開いたは仁王だった。


「気付いとらん、……ってことはないんじゃろ」


何が…とは、もはや聞けない雰囲気である。

仁王はもう私が『知っている』という前提で話していると、疑問符を付けないそのイントネーションで悟った。何よりそんな発言が出ること事態が、もうそういう話であることに違いないだろう。


「まぁ……そういうことじゃき」


返事がない私に構わず、仁王は静かに続けた。溜息混じりに呟かれた彼の抑揚のない声が胸を締め付ける。

一体いつから…いや、それを思わせる行動なら心当たりは幾つかあった。陽の光が反射する水面を眺め、それをスクリーンにして映し出すように私はその場面を思い返した。

気のせいかと思った。自惚れではないかとも思った。それを願っていた反面でもしかしたら本当に…と思う度に胸が鳴って、心が痛んだ。

何を血迷っているのか……こんな年増に。一体幾つ違うと思ってるの。12歳よ、十二。一回り。干支が一緒。それもぐるっと一周。ホント、馬鹿じゃないのアンタ。

…なんて、
何一つ言えない。


「……ゴメン……あの時は状況に流されたんだ、それだけだよ」


自分の気持ちを押し殺す。そんな場面は今まで何度もあったけど、そこに嘘を重ねるのは初めてだ。苦しさが襲う。正直になれないのが悔しい。

素直になれないのなら、やっぱりあの時ハッキリと拒絶すべきだった。流された自分がいけなかった。真っ直ぐ気持ちをぶつけようとしてくれている少年に、私はとても失礼なことをした…。してはいけない事をしたんだ。


「……恋愛感情なんてなくても、あんなの幾らでも出来ちゃう。そういう奴だから、私」


仁王の目が見れないまま、私は言った。嘘、そんなの嘘。好きじゃない男の唇なんて吐き気がするわ。今だって隣にいる仁王の気配にこんなに胸が鳴っているのに。


「ほーか……じゃ、二回目でもするか」

「は?」

「幾らでも出来るんじゃろ?…なら、ええじゃろ」


え、何言ってんのコイツ

と、実に軽々しく言い放った仁王に戸惑って思わず振り向いたら、突然頬っぺたに何か柔らかいものが触れた。


「お…おいっ………!」

「いいい、今見た…!?」

「に、仁王先輩と杉沢先輩…!?」


僅かに掠っただけのキス。
それは一瞬だった。

よりによってこんな公衆の面前で何をっ…!と、すぐに離れていった唇の感触と仁王の不敵な顔に唖然。あまりに彼らしくない大胆な行動に、咄嗟に仁王のそれが触れた頬を抑えて睨み付けることしか出来ない。え。なんで。なんで今。え。


「な、な、なにをっ…」

「……くくっ……顔がっ…顔が真っ赤…おまん、その面…!」


しかも。赤ら様に狼狽える私を前にして、こともあろうか仁王は喉の奥で笑いを噛み殺すように言った。


「なっ…なして、そこでクールになり切れんのっ」

「ちょっ…!あんた自分でやっといて何それ……!」

「くくっ……あはははっ!…は、腹がっ…!」


そういう仁王こそ、何を考えているか分からない無表情を保ち先程の一瞬ではなんとも意地の悪い笑みで不遜な表情を浮かべていたというのに、今は顔をくしゃくしゃにして笑っている。こんな時に年相応な表情をするなど、反則極まりないよ…!

腹部を抑えながら尚も笑い続ける仁王。どこのどういうツボを刺激してしまったのか、全く分からない私は言い返す術も無く…。早鐘を打つ心臓と込み上げる恥ずかしさで混乱して、大きな舌打ちと共に仁王を眼下のプールへ思い切り突き落とした。

やがて水面から顔を出す仁王。濡れた前髪を掻き上げ、尚もクシャリと顔を歪めながらこちらを見上げている。クソッ、むしろ私が自ら飛び込んで火照った頬を冷やすべきだった。結局何も言えなくなった私は、呑気に笑い続けている仁王が憎らしくて、堪らなくて、面白くなくて、浸していた足を蹴り上げ大きく上がった水飛沫をその顔面へと引っ掛ける。そしたら、仁王が私の足首を捉えて言った。


「のぅ…おまん面白いの」


馬鹿野郎。
この馬鹿野郎。


next…

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