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ネコの尻尾。
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60.
少年の悩み。



俺はある。そう言いたかった。"そういう風に"見てた。もちろん現在進行形。『そんな風に見たことはありません』そして聞きたくなかった、そんな言葉。

杉沢が幸村の格好の的になっている中、その内容が内容だけにとばっちりを食うのが嫌で顔を背けた。しかし彼女を前に幸村はそんな俺をも目敏く捉えていた。本来奴がターゲットにしたのは、たぶん俺。気付いていたが知らぬフリをしていた。杉沢は自分だけが標的にされていたと思っていたであろうが、幸村のアレは遠回しに俺を攻撃していたに違いない…そういう奴なのだ。杉沢が作り出す他人との距離感が作為的なものなら、幸村の何も怖じ気ず一気に踏み込む思い切りの良さは天性だろうな。空気などまるで読む気が無い。けして馬鹿では無いからこそ、それが恐ろしい。

しかしそんな幸村の言動が思いがけない地雷を落としてくれた。居心地の悪さを感じて終始知らぬフリを決め込んだ反面、奴が杉沢を突ついていく様子を耳の端で捉えていた俺。……揺れている。突拍子の無い幸村に釣られて、杉沢が揺れているのがありありと分かった。もちろん、俺に対する気まずさもあったのだろう。

何かが崩されればいい、崩してくれないかと途中から幸村に念を送っていた。それを奴が察知したのかどうかは知らんが、幸村は面白気に笑いながら杉沢を追い詰めていた。だから便乗してやった。杉沢の更なる動揺を期待して。

しかし、だ。結局杉沢は幸村に振り回されつつも、最後はしっかり自分を保ってけして流されなかった。彼女は俺の手から滑らかに逃げ出した。一度は唇を許したのに?そう思ってしまうのは間違いなんじゃろうか。思わず溜息が出る。


「結構手強いんじゃない?アレは」


焼肉屋からの帰り道。横に並んだ幸村がそう言って笑う。やっぱり奴は俺の頭ん中の思考に気付いとったらしい。


「……どうかの」


皆で駅に向かう道中で先を行く騒がしい仲間たちの背中を眺めながら、俺たちは静かに口を開き合う。幸村の言葉に返事を濁したのは勘ぐられるのが嫌だというよりも、アイツが手強いか否かは自分自身が図り兼ねているのだ。


「まぁ……突破口が無いことも無さそうじゃが」

「突破口って何?………まさか。…俺?」


先ほどの杉沢が慌てふためいている様子を思い出しながら、目だけを幸村に向けて数秒見つめれば、奴はきょとんとした顔をして首を傾げながら笑みを零した。それを見て軽く鼻先から息を吐き出した俺は、特に躊躇うことも無くその続きを口にする。


「……せいぜい引っ掻き回してみんしゃいよ」


俺と杉沢。あんな事があって尚更に腹の探り合いをするようになった仲では、なかなか先に進まんのかもしれない。アイツも俺も本心を表にはよう出さん。じゃけぇ、幸村のように何もこだわらんとズケズケと踏み込んで行く奴の方が、もしかして杉沢の本音を暴いてしまうのではなかろうか……?とは、先ほどの二人のやり取りに思いついたこと。


「いいの?そんなこと俺に言っちゃって」


言葉少なな俺の反応に幸村は少し考える素振りを見せるが、すぐに奴は察した。


「そんな大事な役目もらっても、期待には添えられないかもよ?」

「別に……キューピット的な役目だとか期待しとるわけじゃのうて、いつも通り人の粗を突ついて遊んどりゃええ言うとるんじゃ」

「酷い言い様だなぁ……まぁ、頭の片隅にでも置いておくよ。全国もあるしね、休んでた分のブランク取り返さないとだし?そんなに暇じゃないんで」


そうは言いながらも、幸村は面白い玩具を見つけたような目をしている。そういう所が恐ろしいんじゃ。

しかし…俺自身、こんな話を幸村とするとは思わなんだ。まぁ、杉沢に対する自分の感情を誰に知られたところで別に構わん。からかわれるのは好かんがの。何を懸念しとるんか知らんが俺に対して色恋沙汰でけしかけて来る奴が少ないのは、皆がそれを知っているからだろう。それを踏まえて突っ込んで来るんは、今目の前にいる幸村と柳くらいかの…。他は、面と食らって聞かれてもストレートに答えんことの方が多いから面倒になるんじゃろ。

杉沢のように本人の感情の在り方が分からんとなったら、むしろ周囲から足場を固めるという手も無きにしも非ず……か?と思うと、クスクスと小さく笑いを零す幸村にも意外と不快感は湧いては来なかった。


「戻って早々に大変な役目を頂いちゃったかな、これはゆかりにも相談しないと」

「おい…待ちんしゃい…奴は危険じゃ。口がようけ軽過ぎる。こじれんでいい事が余計こじれる気がするぜよ…」


友人の彼女でもあり、今年で三年来の付き合いとなるクラスメイト。笹原の性格を良く知る俺は幸村の言葉に少し焦る。


「あははっ。だからいいんじゃないか、進まないなら無理矢理流れに乗せないと。珍しく仁王に頼られたことだし、やるなら徹底的にやるよ?俺は」

「頼っとらんし………さっきはそんなに暇じゃないとかなんとか言わんかったか?」

「まぁね。だから、全国が終わったらさ」

「……左様で」


だから。別に協力して欲しいとかそういう類の話ではないのだが…という思いが果たしてこの悪魔にはちゃんと通じているんだろうか。ただ杉沢の本性を暴くキッカケが欲しいだけなんだが。そう思えど、一度火をつけてしまったからにはもう遅いことも同時に悟る。もしかしたら自分まで被害を被ることになるかもしれんと少しばかりの後悔。が、それはそれでもう仕方ないんじゃないかと腹を括る。…なんて。そうまでして何とかしたいのかね、俺は。自分は今の状況に結構な鬱憤を溜めているらしいと改めて気付いたようで嘲笑した。

同時に、焦ったところで良い結果にはならないのではないかと、あの夜の出来事を思い返す。杉沢のあの反応…落ちたと思ったのに。そうでなくとも、多少意識させることは成功したと思ったのに。しかし杉沢はあの通り何も変わらん。むしろ一線引かれた感が強くなっとる。……と、思えば幸村に突かれて出したボロでは、全く意識してなかった訳でも無いようだし。参る。奴の攻略は思ったよりもずっと難解そうだ。


「っていうか、引っ掻き回したいなら自分でやればいいじゃないか。他力本願は嫌いだろ」

「んー……」


色々と矢継ぎに浮かぶ考えに思考を巡らす俺は、幸村の言葉に曖昧に答えた。先程幸村が言ったように『無理矢理流れに乗せる』というのも手なんかの…。幸村はそういうが、俺とすればうまい具合に事が運べるなら他人の力だろうが自分の力だろうが構わん。主導権を握られさえしなければ、他人を駒として使う事も厭わない。でなければ元よりペテンテニスなんぞしとらんし。


「何か面白そうなことが起こったら、乗っかってあげる」

「はは…相変わらずやのぅおまん」

「ただ、変なことに気を取られてテニスに支障が出ない様に」

「ん…それは分かっとう……。あ、幸村」

「なに?」

「おかえりんしゃい」

「ふっ…ハイどーも」


などと変に自分を分析しつつ、幸村から刺された釘に短く息を吐くと、俺は思いついたまま言った。それが会話を区切る合図なのだと、察しのいい幸村が口元から笑みを零す。今こいつの前でごちゃごちゃ考えたところで答えは出ないんだろうし。それに、確かに幸村の言う通り今目前に迫る戦いも、彼女の攻略法と同じぐらいに大事なことだった。


next…

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