top
main
ネコの尻尾。
【8/54】
|


58.
お帰りなさい。


「うまぁーッ!やっぱ肉だよなぁ肉!」

「ちょっ!丸井先輩…!片っ端から根こそぎ取らないで下さいよぉーッ!!」

「んあ?早い者勝ちだろ?取んの遅いお前が悪い」

「ひと掴みで全部持ってくなって言ってんですッ…!早い者勝ちも何もないじゃないですか!!」


いつもなら切原に向けられているような反抗心露わな口調。堪らず丸井に噛み付いた高坂ちゃんに、私は苦笑いした。


「そうっスよ〜先輩!!俺らだって食いたいんですから少しは遠慮して下さいって…!!」

「ブン太…皆が皆お前と同じペースじゃないってのをいい加減察してくれ!あと!コレ全員で割り勘なんだぜ?お前が食えば食う程会計が跳ね上がるんだよ…!」


焼き上がったそばからトングで鷲掴みにし、自らの皿へと一気に持ってかれてしまっては手も足も出ない。丸呑みでもしているかのように次々に飲み込んでは口に運んでを繰り返す彼に、切原やジャッカルたちも高坂ちゃん同様に嘆きの声を挙げた。


「激戦区だねぇ、あそこ」

「じゃけぇ、丸井の近くは嫌なんじゃ……」


同じテーブルにならなくてホント良かった…。と、肉争奪戦に騒がしい隣の席の彼らに呆れ笑いを零せば、向かい側では同じく仁王が呆れた顔をしながら網の上に乗せられたカルビを手際良く引っくり返していた。


「満足に食べれない確立100%だからな…奴と共に焼肉など」


あまり肉好きなイメージが無い柳だが、彼とて一応健全な男子中学生…しかもスポーツ選手とくれば全く食べないという訳でもないだろう。ご馳走を目の前にして有り付けないというのはやはり御免らしい。


「食欲旺盛なのはいいが、あいつはあの腹を何とかする気があるのか無いのか…けしからん!まったく…!」

「まぁまぁ、いいんじゃない?今日ぐらい小言はやめとこう」

「そうですね。もしかしたら彼なりに我慢してた部分もあったかもしれないですし…」

「……いやぁ…それはどうかな」

「丸井の自己の欲求を抑制する能力は皆無だと思うぞ。食に関しても異性に関しても」

「言えてるー!じゃなきゃあんなコロコロ彼女変わらないよ!」


驚異の大食い野郎丸井の独壇場を予測し、予め奴とは違う席に着こうとを目論んだ面子がひと固まりになったこの陣地。渦中の丸井をネタにそんな会話を繰り広げながら6人掛けテーブルに柳や私、隣にゆかりちゃん、それに真田と柳生も加わって、仁王の手によっていい塩梅に肉が焼けるのを大人しく待っている最中である。ちなみに通路を挟んで隣が4人、問題の丸井にジャッカル、切原と高坂ちゃんの2年コンビ。

只今私たちは関東大会の打ち上げの真っ最中。食べ盛りの中学生らしく場所は某焼肉屋チェーン店。関東大会が終わって5日目のことであった。

本当は当日の夜に予定していたのだが、とある事情でお流れになったので日を改めた次第である。その理由とは、その日我らが部長幸村の術後の面会が許されたのだ。手術から数時間後、麻酔から目覚めた彼が開口一番に立海テニス部の戦績を気にするような発言をしたとの連絡を受けて、居ても立ってもいられなくなったのはゆかりちゃんと真田。

予め予定していた打ち上げの集合時間に間に合うよう身支度を整えている最中、『精市くん(幸村)のところに行って来る!!!』と二人から同時に似たようなメールがメンバーへ一括送信されると、我も我もと病院へ集結することとなった。

麻酔の余韻を引きずったような朦朧とする意識の中、皆の姿を認識すると柔らかく頬笑んだ幸村。人工呼吸器で口元から酸素を送られていた彼の、本人の意思とは無関係に流れたような一筋の涙。それを見て青学戦敗北後の意気消沈もすっかり吹き飛んだような笑顔を見せた皆が、私は大好きだと思った。

……という訳で。その後は休息に入ったら入ったで、今までの過酷な練習の反動か5日程たっぷりと休んだのちに、こうして打ち上げを開催するに至っているのである。


「好きなだけじゃなく、焼肉奉行なの?」

「そげんこだわりなんか無か、慣れとるだけじゃ」


やがて満足いく焼き具合となったのか、トングで摘まみ上げたカルビを仁王がそれぞれの皿へと順に振り分けていく。珍しく周囲に気を配るその姿に思わず問いかけると、仁王は自分の皿に乗せたそれをパクりと口に入れた。


「……うち、二週に一度は夕飯が焼肉じゃけぇ」

「そんなに?うちって…家族皆でってこと?」

「雅治んち、皆焼肉好きなの?あんな体型で?お母さんも?」

「あ、ゆかりちゃんも見たことあるんだ?仁王家の人々」

「あるある〜お母さんだけだけど!大会とか去年の文化祭とかで何回か。あの細さで肉好きとか…有り得ない!」

「ほんとだよ…!遺伝か、その薄さ」

「プリッ」


と、仁王が焼いてくれた肉を頬張りながら、私とゆかりちゃんは恐るべし仁王家の血について議論を交わし合った。利佳子さんといいお母様といい…当然仁王本人も、食の好みが容姿に似合わな過ぎる。


「……っと!、ごめんちょっと」


そんな会話をしながら、カルビ、ロース、タン塩、ホルモン……などなど。好き好きに食べ進めていく中、ゆかりちゃんがポケットから携帯を取り出しながら席を立った。電話なのか耳元にそれを当てがいながら、騒がしい店内を離れるように入り口に向かって行った。チラリと覗いた笑顔に、幸村かなぁーなんて無粋な勘ぐりをする。


「明日からはまた練習だな」


柳がそう言って、ゆかりちゃんの背中から再びテーブルへと目を戻すと、皆がそれぞれに頷き合いながら息を漏らしていた。休息期間が終わるのは惜しい。が、そろそろガッツリとテニスがしたい。そんな頃合いなんだろう。


「幸村もそろそろ戻って来るようだしな。関東大会のような二の舞にならぬよう、気を引き締めていかねばならぬぞ」


と、副部長様は厳しい顔付きだ。


「はぁ………幸村、生還か……」


しかし。意気込む真田とは対象的に、向かい側の仁王は肉を摘み上げる手を止めて項垂れた。口元からは長い溜息。


「地獄の始まりじゃの」

「そう言うな仁王。本来の立海テニス部に戻るだけだ」


更に僅かに眉間を寄せる仁王に、柳は軽く笑う。そんな大袈裟に溜息を吐く事態なのか…幸村がいるテニス部がどんななのかがまだ謎な私は、彼の嘆きの意味が分からない。


「そんな厳しいの?」

「厳しいというか、仁王くんは幸村くんが苦手なのですよ」

「うむ…幸村自身は仁王を"悪魔をも騙せる"と評するが、奴には詐欺が通用せん。いい機会だ、全国の前に今一度鍛え直してもらうんだなお前も」

「………プピーナ」


仁王といえども神を騙すのは一苦労…ということだろうか。柳生や真田の言葉にますます項垂れた仁王が可笑しく、加えて幸村という人物に更に興味が湧く。

私が彼と会ったのは片手で数える程度。ゆかりちゃんに付いてお見舞いに行ったぐらいで、当たり障りのない会話しかしたことが無い私。その為かリアルな幸村精市の印象は今のところまだまだ友人の"彼氏"としてのイメージが強く、テニスプレイヤーとして、そして部長としての彼を早く見てみたいというのが、私の今の心境だった。

何より、病の淵から這い上がったその不屈の精神。見事に見えない敵を打ち負かした幸村に、私は多大な期待をしていた。


「……神の子とはよう言うたもんじゃな…。もうちょい寝といてくれても良かったんに」


そんな台詞は、幸村の手術が無事成功したからこそ言えるのだ。彼の精神が崩壊した時のあの絶望的な皆の表情…。あの時はどうなることかと不安であったが、そんな昏い空気もすっかり消え失せ、幸村が帰って来ることの喜びさえ感じさせる仁王の軽いジョークに、皆が笑っていた。


「残念だね。もう出て来ちゃったよ」


と、その時。テーブルについた誰のものでもない声色が突然降って湧く。目の前の仁王が目を見開いて勢い良く顔を上げ、更にその目を大きく開けた。


「ゆ……幸村!?」


しかし声を出したのは仁王ではなく真田。驚きを隠せない様子で思わず立ち上がり、仁王と同様に目を丸くした。


「じゃーん!!部長幸村ふっかーつ!!どう?サプライズ、成功した?」


そして柔かに笑う幸村の背後からひょっこり顔を出したゆかりちゃんが、ピースサインと共に得意気に笑った。


「笹原ー!!お前…仕組みやがったなぁー…!!」


隣のテーブルの丸井も驚きの声を上げて立ち上がり、それを合図に皆がわらわらと幸村へと寄って来る。当の本人は涼しい顔でニコニコと微笑んでいるだけ。


「なんだよ!退院したなら教えろよ!もういいのか!?」

「え!?いつ!?いつ退院したんスか!?」

「うそー!私、明後日退院って聞いたのに!」

「私もですよ…!人が悪いです幸村くんも笹原さんも!」

「そうだ。退院には迎えに行こうと言っていたのだぞ…」

「幸村らしいといえば幸村らしいが…驚いたぞ!」

「あはは!ごめんごめん、今日集まるってゆかりから聞いたから。体調も安定したし、予定早めてもらったんだ」


皆それぞれに驚く様子に満足気な顔で笑みを浮かべていた幸村は、そう言って更に微笑んだ。


「長く不在にして悪かった。待たせたね、今戻ったよ」


皆の顔を一通りと見回すと深呼吸をして…そして静かに言う。その瞳があまりに暖かくて…ほんとに暖かくて。


「おかえりなさい!精市くん!」


そして弾けるような笑顔のゆかりちゃんが言った言葉が胸に響いて…。

あぁ…もう…。


「……なに泣いとん」

「っるさいなぁ…!」


本格的に年かな…私。


next…

【8/54】
|
ページ:


top
main
ネコの尻尾。
- ナノ -