top
main
ネコの尻尾。
【49/50】
|


49.
殻を破って。



昼休み。人気がなくて静かに話が出来る所。……結局、海遊館から蛹ちゃんを連れ出して向かった先はテニス部の部室であった。


「コレ、見て」


そこで、そう言って彼女が差し出して来た携帯を見て私は思わず顔を顰めた。……何これ。……酷い。


「うわっ…!最低ッ…!!」


隣で同じく覗き込んでいたゆかりちゃんも、思わず口元に手を当てがって顔を険しくさせている。


「柳生くんには見せないでよっ」


そう彼女が願うのも無理はない。携帯の画面に表示されていたのは、裸体となった蛹ちゃんが顔の見えない男性に組み敷かれている写真。もちろん本人ではない。アングルも画質も完成され過ぎていて商品的匂いがプンプンだ。それなのに無理やり貼り付けたような蛹ちゃんの顔だけが不自然に浮いている。いわゆるアダルト画像のコラージュだ。

それでも作り物だと一蹴するには生々しい。女子中学生が的にされるにはあまりに卑猥過ぎて……眉間に皺を寄せていると手元の携帯がするりと抜かれた。蛹ちゃんは携帯を素早く操作すると、再び私たちに突き出す。

今度は今では誰もが利用しているFacebookの画面が表示されていた。しかしプロフィール画像は彼女ではなくまた別の女の子の顔で……。スクロールしていくと、とある誰かをターゲットにしたような悪口が延々と書かれていた。

またも眉間に皺を寄せて適当な記事のコメント欄を開いてみると、記事に対する賛同の声が続々と寄せられていた。「あのハート型のピアス、安っぽくてマジうけんだけどw」…と、読む人が読めば誰のことだか直ぐに分かってしまう内容だった。


「……敵ばっか作ってるからじゃないの?」


可哀想だとは思う。こんな奴らは最低だとも思う。気軽にこんな内容を発信出来てしまう辺り、SNSというものの普及が実に恐ろしいもんだとも改めて思った。

しかし、結局その引き金を弾いたのがどちらかが分からない私はつい本音を零してしまう。


「さっきのはこれ書きやがった張本人!ムカついたから文句言ったらやり返されただけだもん!」


と、蛹ちゃんが私の問いに答えになっているようないないような返答を寄越す。そうじゃなくて…その前にこれまでアンタが巻き散らかして来た種が原因なんじゃないのと、私は言いたい。


「こんな画像ばら撒きやがって!ムカつくムカつくムカつく…!」

「え!?あの…さっきの画像、出回ってるの!?」

「そうよ!!あの女うちのクラス全員に送信しやがったんだから…!!」


おかげでクラス内の女子からは総スカン、面白がった男子からは卑猥な目で見られていると、蛹ちゃんがまた涙声になる。大粒の涙が溢れてせっかく施したアイメイクも付けまつ毛も台無し。貸してやったハンドタオルは濡れて落ちたシャドウやファンデまみれだろうから、もう返却してもらうことは諦めた。


「まぁ……さっきの写真、あれはちょっとやる事がゲスいね」


あれはもう喧嘩ではなく、虐めの域に入っている。それは私も認める。本人の知らぬ水面下で行われるそれは正々堂々の欠片も無い。フェアじゃないよ。どれほど蛹ちゃんが嫌な子だとしてもやっちゃいけない事だ。


「影でコソコソやるぐらいなら正面から来いっつうの…!!文句あんなら、言いたいことあんなら正直に言えよ!そんな度胸もないくせに偉そうにすんなブス!っつか自分が男に相手されてねぇからって僻むなよな!」


先程とはうって変わって、泣きながらも勢い良く罵声を発する蛹ちゃん。……うん。前半は共感する。私も同意見だ。しかし、


「真正面からなら何言ってもいいわけ?」


後半の言葉は、相手の落ち度を指摘しているのではなく、明らかに自分の気持ちを発散させる為だけの根拠の無い暴言だ。


「言いたい放題やりたい放題、陰口じゃなけりゃ許されると思ってんの?今まで自分がして来たことのツケが回って来てんでしょ?自分が巻いた種なんだよ、それは。自分が今までして来たことへの報いなんだって」


まずそこに気付かなければこの子は一生このままだ。蝶にはなれず、蛹のままだ。

堪らず言葉を吐き出すと、蛹ちゃんは自分の膝に乗せてあった手を強く握る。分かりやすく尖らせた唇と眉間に寄せた眉。再び溢れそうになる涙を、先程と違い今度は必死に食い止めようとしていた。

まただ……。いつか蛹ちゃんに平手打ちを食らった日。仁王に釘を刺されて顔を歪ませた彼女。その時と全く同じ表情をしている。

泣くだけで言い返せないのは、そんな傷付いた顔をするのは、自分でも図星だからなんじゃないの?


「………わかってんなら早めに止めた方がいい。誰もいなくなるよ」


返事は返って来ないだろうと思って、そこで区切りを付けると私は溜息混じりに椅子に腰を降ろした。


「あの……失礼ですが……」


と、それまで無言を通していた柳生が躊躇いながら口を開く。


「仲川さん……以前にも確か虐めを受けていませんでしたか?」


初めて聞いた蛹ちゃんの名前に、いや、それを知っていた柳生に驚いた。面識があったのだろうか?しかし蛹ちゃんでさえ僅かに驚いているところを見ると、そうでは無いらしい。


「だいぶ前の話ですが……。とある女生徒が複数人から嫌がらせを受けている場面に遭遇しまして。その時一緒にいた真田くんが、私が止める間も無く助けに入ったのを覚えているのですが……あれは貴方ではありませんでしたか?…今ではだいぶ容姿が変わってしまったので気付くのが遅くなりましたが」


口を小さく開けたままキョトンとしている蛹ちゃんに、柳生は優しい口調で諭すように話す。一瞬間が空いたものの、我に返った蛹ちゃんは無言で小さく首を縦に振った。

……あぁ。
それで。

こんな派手な成りをして真田なんかに熱を上げているその理由が、ようやく理解出来た。彼女にとって真田は正義の味方、もっと甘い言葉を使えば王子様だったのか。

頷いたまま顔を上げようとしなくなった蛹ちゃんは、グスリと鼻を啜る。いつも虚勢を張って反らせていた背中も、今は小さく真ん丸い。

不意に隣からゆかりちゃんの漏らした息が聞こえたので振り向くと、彼女は立ち上がって部室の隅にあるロッカーから何かを取り出した。あれは私とゆかりちゃん、高坂ちゃんで共有しているマネ専用の荷物置き場。


「……とりあえず、顔洗ってきたら?ぐっちゃぐっちゃだよ!」


差し出したのは、ゆかりちゃん愛用のクレンジングと洗顔料。毎日汗を掻く私たちにとっての必需品であった。

蛹ちゃんは差し出された二つのボトルに数回目をしばたかせたが、小さな声で「ありがと…」と呟くとゆかりちゃんに促されるまま一旦部室から出て行った。

やがて戻って来た彼女の顔からは、いつもの厚化粧が完全に落とされていた。眉毛が無い。目がちょっとだけ小さく感じる。でも長い地まつ毛と、きめ細かい肌に乗った僅かなそばかすがとても可愛らしいと思った。


「何処に消えたんかと思ったら、こげん所におっ………?なんじゃ?見慣れん奴がおるの」


と、その時。素面を曝け出すこととなった蛹ちゃんが気まずそうにしていると、突然部室のドアが開かれ中に入って来た仁王が、その疑問符を浮かべてまじまじと彼女の顔を見つめる。そして直ぐに気が付いた。


「おまん………なんじゃ、化粧せん方がええ面じゃの」

「……うるさいっつの!化粧は女子のたしなみ!男のくせに口出しすんなよ!」


せっかく褒められたのに蛹ちゃんはやはり蛹ちゃんらしく、仁王の発言に食って掛かる。その勢いに慄いた仁王は赤ら様に不機嫌となり、なんで部外者がいるのかと詰め寄られた柳生が苦笑い。

それなのに。


「昼時に部室に集まるなど珍しいな……ん?仲川ではないか、今日は随分とサッパリとした顔をしているな、良い心がけだ。無駄な施しなどせんでもその方がいいぞ」


と、次いで部室に入り込んで来た真田の言葉に、彼女は途端に真っ赤になって俯いてしまった。

その顔色の変わりように皆が驚いている中で、一人だけ「どうした?具合でも悪いか?」と鈍感な真田が可笑しく、「ち、ちげぇよバカ…!」と堪らず噛み付いた蛹ちゃんが急激に可愛く見えた。


next…

【49/50】
|
ページ:


top
main
ネコの尻尾。
- ナノ -