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ネコの尻尾。
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03.
世界が変わる。



教室中の視線が集中している。新参者の様子を伺い、品定めをするような容赦ない目。敵か味方かそのどちらでも無いか…。感情を繕わない、良く言えば素直、悪く言えば無遠慮な視線が痛い。

竹内が私の名を黒板に書いている間中その視線に晒されて、また思う。なんでこんな場所にいるのか…と。同時に、ムリヤリ着用した制服にやはり違和感が隠しきれないのではといらぬ不安に駆られた。


「さぁ、自己紹介して」


目にするもの全てに疑問を感じてしまうのは致し方ないことで、そんな私を余所に、『今日からこのクラスの一員になる新しい仲間だ』という在り来たりな前置きをした竹内に促される。


『杉沢透子と申します。赴任したばかりでご迷惑をお掛けすることも多いと思いますが、いち早く慣れるよう尽力致しますので、宜しくお願い致します。』


「杉沢透子…です、よろしくお願いします」


思わず、先月赴任先に初出社した時の自己紹介を思い出して沈黙しそうになる。それを堪える為、一度だけ硬く目を閉じた後、端的に述べた。

あの時、希望に満ち溢れていた。しかし応用出来るワードなど今は何もない。唯一出来たのは精一杯の丁寧なお辞儀だけ。ひと呼吸置いて私は顔を上げた。


「キレイなお辞儀だなぁ〜みんなも見習おうなっ!じゃあ杉沢、あそこの空いている席に」


人の心情など知る由も無い竹内が、呑気にそんな事を言い早々とその場を切り上げた。それを合図に静かだった教室内が僅かに音を立て始める。私個人の感情など無視して流れていく時間が無情に感じて、ざわめきも単なる雑音のように感じていた。

流されるままに此処へ来て、一体自分はどうするつもりなのか。それさえもあやふやで、ただただ周囲に促されて脚を進めている。

今朝方に届いたあの不審なメール、本当に本当に、私の住む世界は変わってしまったのだろうか。
この学校で過ごすことが、私の人生の一部になってしまうのだろうか。それを確かめるのに、果たして本当に此処へ来たのは正しかったのだろうか…。

机と机の間を縫うように歩きながら、私の頭はいまだ靄がかかったように晴れない。不安と疑問で脳裏を支配される。目の前の状況を上手く受け入れられず、心拍数は上がりっぱなしで…。大きく上下している胸元を周囲に気づかれないよう、心中で小さく溜息を付いた。

その時、竹内に指定された席に近づいて初めて、ある存在に気付く。遠のいた意識が一気に引き戻され、心臓が大きく跳ねた。

…居た。

真横を通り過ぎる瞬間、右半身が強張った。与えられた席に立ち、椅子を引く。ゆっくりと座り、鞄を置いて…。その動作一つ一つが、目の前の人物のせいで緊張感に襲われ硬くなってしまう。

目が覚めるような銀髪…

実際に目にすると限りなく白に近いシルバーアッシュがなんとも奇抜で、後ろにちょこんと結わえられた毛先も群を抜いて変わり者に見えた。

…浮くだろ、明らかに。

伝統を重んじるのにこんなとこは緩いのかと、またどうでも良いことが頭を掠めた。そんな自由な校風だからなのか、老けている、とは思われても、制服を着て此処に座らされる私を誰も疑わない。

顔だけ前方に向ける振りをして、連絡事項を述べる竹内の声を聞きながら、私はその後ろ姿を見つめた。

…仁王雅治

生身の彼の後ろ姿に、得体の知れない恐怖が襲って眩暈がしそうだった。本当に…わたしは…このまま、この世界の住人になってしまうのだろうか。


next…

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