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ネコの尻尾。
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47.
一人では成し得ない。



年食うと涙脆くなって困る……。目元に押し付けたハンドタオル。次から次へと溢れて来る涙が止まらず、口元から細く長い息を静かに吐き出した。

氷帝vs青学戦が終わった。即ち、跡部vs手塚戦が終わった。


「大丈夫〜?」

「ん。なんかスゲぇ感動しちゃって」

「杉沢ちゃん、途中から涙垂らしながらシャッター切ってたよ」

「うん、あれは写さない訳にはいかないと、思って」

「また跡部様?」

「いや…今回は手塚もやばかった」

「アハハー」


ゆかりちゃんが苦笑いしながら、私の背中を摩ってくれている。鼻を啜りながらその笑みに同じような苦笑いで答えた。


「お前は手塚とも面識があるのか?」

「いや全然、全く。今日始めて見た」

「それでいてそんなに感情移入出来るものか」


共にその試合を観戦していた柳からも苦笑いされてしまった。……しょうがないじゃないか。感動したもんは感動したんだから。こういうのは理屈じゃない。必死で戦う二人の姿に胸を打たれたとしか言い様がない。


「柳……」

「なんだ?」

「氷帝からアレ引き上げて来てくんない?……この顔で行くのなんかヤダ」


しかしそれを当人たちに見られるのはさすがに気まずく、一通りの扱い方を教えてある柳に置きっ放しにしてあったカメラの回収を頼んで、私は皆と共にその場を後にした。

あぁー……。こんなんで涙しているようじゃ先が思いやられてしまう。自分が関わった度合いが浅い深いに限らず、どうやら頑張る少年達の姿に逐一感動してしまうらしいことに気が付いた私。どこが引き金になるのかも自分ではよく分からん。

あんまり観戦し過ぎない方がいいのかなぁ……。これから立海以外はちょっと控えようかな……と、胸の奥では呟く。あまり感情を曝け出し過ぎても危険だ。先程の柳のように、何故面識も無いのにそんな……と言われるキャラたちに関しては特に。

改めて心に決め、そうして関東大会第一日目は終わった。


ーーー


「あー……だからぁー…それは最新バージョンにしてないからじゃない?」


そのまた一週間後に試合を控えた翌週。

授業中に入っていた不在着信に折り返している私は、問いかけられる疑問に逐一考えを巡らす。と、いうか……アンタなら直ぐ専門家とか呼び付けられんじゃないの?そう言えば、本人に詳細聞くのが一番早ぇだろうが、と返された。


「先にマシンの方グレードアップさせて……そうそう!そういうこと」


色々と突っ込みたい所はあれども、聞かれたからには答えない訳にはいかない。解決策を述べていけば、電話先の相手は急いでいるのか短い返事を寄越すとソッコーで通話を切りやがった。


「……聞くだけ聞いて礼は無しかよ」

「誰からだったのー?」

「跡部くん」

「えー!何の用件?」

「データが開けないんだってさ」


好奇心たっぷりの目をしているゆかりちゃんの言葉に、携帯を仕舞いながら溜息を吐く。昨夜の夜遅く、カメラから吸い上げた氷帝戦を編集し終えると同時にそれを跡部のアドレスへと飛ばしていた。今日になって開いたのか、跡部から即問い合わせの連絡が入った次第だ。


「いつの間にか仲良くなってるねぇ〜」


そんなやり取りを見て、ゆかりちゃんがニヤニヤしている。何だその冷やかし混じりの顔は。


「……やめてよ。……変なこと言い出したら、忍足くんに迫られたこと幸村くんに言うからね」

「ちょっ!それは勘弁…!」


負けじと応戦すれば慌てた様子の彼女に笑う。それを知って被害に合うのは忍足なんじゃないかと思うが、焦るゆかりちゃんを見てそれだけでは済まないんだろうと何となく察して苦笑い。


「……なんじゃ、またそんな物好きが現れたんか?」


会話を聞いていたのか、前の席の仁王が振り返って鼻で笑う。嫌味な目付きは相変わらずだ。


「物好きって…それこそ幸村くんが聞いたら怒りそ」

「………言うたらどけんなるか分かっとろうな」


ポツリと零せば鋭く釘を刺されて苦笑い。


「やめたやめたっ。不毛な揚げ足取りはやめよう」

「……賛成、何の得にもならん」


先にオチも見つからない状態で話していても無駄だとキリを付けると、同感とでもいうように仁王は息を吐いて乾いた笑みを零した。

………あれから。あの日からも仁王と私の関係は変わっていない。そうなるように、私が仕向けた。毎日顔を合わせるのに気まずくなるのは嫌だから、努めて平静を装い声を掛けていった。

「おはよ」
「お疲れ」
「また明日」

たったそれだけの挨拶を続けるだけで、それは保たれた。当初こそ仁王は少しの躊躇いを見せたが気付かぬフリをしていると、やがてそれも消えた。互いにあの日に何を感じていたのか分からないままだが、それを追求する事も無く、言及される事も無く、私たちは何ら変わらず"お友達"を続けることを暗黙に了解したのだった。

そうして今日も私たちは言葉を交わし合う。何気ない話を笑い合いながら。それを壊したくないと切に願いながら。


「おーいっ!金さん銀さーん、ちょっと手伝ってー!」


と、突然呼ばれて声の出処を探すように振り向けば、竹内が教室後方の扉からひょっこり顔を出している。


「……その古いネタの呼び方、どうにかなんないかなぁー」

「あはは!すっかり定置しちゃったねぇ!」


溜息混じりに呟いて立ち上がると、隣でゆかりちゃんが笑う。携帯を片手に何やら先程から忙しく操作している彼女。動く気配が無いところを見ると、手伝う気は無いらしい。


「仁王?……私一人だけ行けと?」


と、同じく立ち上がると思っていた彼が後に続いて来ないので、踏み出し掛けた脚を止めて背後を振り向く。


「………面倒やのぅ」


そして、一泊遅れて溜息混じりに言った仁王はようやく立ち上がった。


「ワンセットにされるのも困りもんよねぇ」

「嫌なら変えんしゃい」

「……アンタは?その色変える気ないの?」

「…………ピヨ」


無いのね……。と、自分自身結構気に入ってしまったこの髪色。ちょっとばかり希望を込めて伺いを立てたが、案の定仁王はそんな気微塵もないらしい。まぁ、彼のトレードマークであるそれが無くなってしまうの残念ではある。


「そんな頭で何も言われないのは、私立特有だよなぁ〜。公立なら謹慎もんだぞ」


竹内の後に付いて行く道すがら、教師である彼すら苦笑い。勤める学校によって許容範囲が違うとこっちも困るよ、と生徒にそんな事を愚痴る竹内に「学年主任に言いつけてやる」とか「だからアンタも堂々と染めてられんでしょ」、などと二人してツッコミを入れつつ、辿り着いたのは職員室。中まで入るよう促され竹内のデスクまで付いて行くと、小さめのダンボールが幾つか床に積まれていた。


「今日の授業で使うから」

「これなんですか?」

「問題集。二種類あるから」


とのことで、ちょうど腕に抱えられるサイズの小振りのダンボールを一人一箱持たされ、私と仁王は再び教室に向かう。


「っていうか。あんだけ生徒がいて女子に力仕事させるってどうなの?」


持てない重さではないが、それなりに負荷のかかる作業に思わず愚痴が出る。どうせなら男子二人とか呼べばいいのに。呼び付けやすいからって……ちょっとは人を選べよ。

と、思っていると、少し前を歩いていた仁王が脚を止めた。急に立ち止るもんだから、ぶつかりそうになって慌てて私も止まる。先程からずっと無言の仁王。何かと思っていたら、彼は振り向くとダンボールを持った手を僅かに下に下げた。


「……え?なに?」

「………乗せんしゃい」

「えぇ…!?」

「重いんじゃろ?早よう」


確かに。男の子なら頑張れば二つくらい持ててしまうかもしれない。が。仁王にそんな分かり易く手助けされたのは初めてで驚いた。


「いやっ…大丈夫、持てない重さじゃないし」


そういう意味合いで愚痴を零していた訳でもないし、むしろ部活でのドリンク補充のが比じゃないくらいなので堪らなく辛い訳でもない。

が、真面目に返事を返してしまってから、しまったと思った。せっかく申し出てくれたのに、この場合は断る方が失礼に当たってしまうのではないか。変な遠慮が相手の自尊心を傷付けてしまう場面もある。現に真顔を崩さず見つめられて些か気まずい…。


「あぁ……じゃあ、シクヨロ!」


と、気まずさを隠すように丸井を気取りながら、未だ無言の仁王に自分が抱えていたダンボールを託す。すると、フッと口元を緩めた仁王は前方に向き直ると歩き出した。


「……昼飯」

「え?」

「今日は奢ってもらおうかのぅ」

「それが目的……!?」


と、背中越しに仁王の言葉に突っ込むと、続いて軽い笑いが聞こえて来た。僅かに揺れる尻尾を睨みつける私は、相変わらず掴みきれない仁王の行動に溜息を吐いた。

そして彼の宣言通りお礼と称してしきりに強請られるので、致し方なく海遊館で焼肉定食を奢る。細いくせに肉好きである彼がそれ以外を頼んでいるのは見た事が無く、今日もペロッと平らげた。お昼からこんな重たい物を食べて良く胃もたれしないよなぁ……あ、それは肉体年齢のせいか…?などと羨ましさを感じる私。

お腹いっぱいになったせいで襲ってくる睡魔と戦いながら五限目六限目をやり過ごし、当番制で回って来た掃除当番によって本日は部活へ行くのが少し遅れてしまいそうだった。


「あれ?……雅治はー?」


机に椅子を乗せて移動させると、ひたすら箒で床を履き、ひたすら雑巾掛けをする。それが終われば、また机をひたすら元に戻す作業。その最中、席が近いが故に同じ班であるゆかりちゃんが、同様の理由で同じ班である仁王の姿が無い事に気付いて声を上げる。


「ゴミ捨て行ってくれたよー」


するとクラスメイトの一人から意外な返事が返って来て、二人で顔を見合わせた。


「めっずらしぃー!今まで自分から行ったことあったけ?」

「まぁー気まぐれだからねぇ、仁王」


その内に飄々とした態度で仁王が戻って来て掃除完了となると、三人揃って部活へと向かう。今度の関東大会では青学油断出来ないかもねー、なんて先日観戦した試合についてゆかりちゃんと言い合っていると、あの対戦を観ていない仁王がピクリと眉を動かす。そういえば真田と柳以外は全く興味を示していなかったもんなぁー。と思い返した。


「気になるなら柳くんに詳しく聞いてみたら?私が撮った映像もあるし……」


やがて部室に辿り着く手前。未来の対戦になるかもしれない他校の存在を気にする様子を僅かに見せた彼に、そんな提案をしながらドアを開けた。


「…………。」


だが。
私は直ぐさまそのドアを閉める。


「どうしたの?杉沢ちゃん?」


不思議に思ったゆかりちゃんが問いかけて来るが、すぐに返事が返せない。もう一度言おう。私たちは三人揃って部室に向かった。同じクラスの仁王とゆかりちゃんと私。なのに。なんで。

思わず仁王を振り返ると、目が合った彼は分かり易いほどあからさまに目を逸らして俯く。

ちょ、え、まさか。

ふつふつと湧き上がる驚きにドアノブに手を掛けたまま固まりかけていたら、誰かの手によってそれが内側から捻られた。


「えぇ反応じゃ」


開けられたドアの向こうで、満足気に笑う仁王。


「ま、雅治ー!?えぇ!?なんでー!?」

「もしかして……や、柳生くん……?」

「すみません!!……で、でも元を正せば貴方がたの悪戯のせいで私は従わざるを得なかったんですよ!?」

「え!?な、なにそれ…!?」

「あんな…あんな写真を撮るなんて……!!」


と。仁王の姿をしたまま柳生は顔を真っ赤にさせる。彼の悲痛な叫びに、私はいつだったかの自分の行動を直ぐに思い出した。揺すられたのか…。まんまとネタにされたか、アレを。


「気持ちは分かるがのぅ、そのままのカッコで涙ぐまんでくれんか。気持ち悪い」

「アンタ、それは可哀想過ぎる…」


銀髪柳生が脱力する姿に憐れみを感じ、事の一端を担ってしまっていた私は一気に罪悪感に襲われる。仕掛けておいて毒を吐いた仁王を窘めつつ、まんまと片棒を担がされた柳生に同情。ちなみに巻き添えを食ったゆかりちゃんにも事の経緯が明らかにされ、彼の恥ずかしさは倍増となった。

かくして仁王を責めるより先に彼に謝りを入れることとなってしまい、「お昼代はお返ししますね…」という柳生の律儀な申し出にも丁重にお断りをした。…なんていうか憐れ過ぎて。その変わりに、テニス部の他の連中にはまだ内密にして欲しいという仁王に、翌日3人分の昼飯代を奢らせることを無理やり約束させたのである。


next…

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