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ネコの尻尾。
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45.
まるで実らなかった初恋のように。



「……あ」

「……アン?」


照りつける陽射しは容赦無く、今年の夏は異常気象なのではないかと、そう疑わざるを得ない程熱い太陽の下。その眩しさにも負けない輝きを放つ実に美しい少年と、私はついに再会を果たした。


「お前……立海の…」

「あはは、お久しぶりです」

「思いきったもんだな、うちのジローと張るぜ」


関東大会初日。

神奈川からはるばるバスで乗り込んで、駐車場からコートを目指して歩き進む最中で氷帝の皆様と遭遇した。立海の皆がそうであったように、跡部もまた、私の頭に視線を飛ばしている。


「すごい色ですね……太陽に反射してますよ」

「あぁー……鳳くんには言われたくない、みたいな?」

「そりゃ言えてんな!長太郎、お前も負けてねぇよ」

「あはは!ですよね、すみません。でも良く似合ってますよ」


そんな跡部に苦笑いで答えていると、周囲にいた他の氷帝メンバーからもお褒めを頂いてご満悦になる。と、いうか。一度練習試合で会っただけだというのに、もう赤の他人ではない態度をしてくれる少年たちに嬉しさを感じた。


「いいんじゃねぇの?多少は若くなって」

「多少ねぇ……。お世辞でも嬉しいですよ、もう諦めてるからいいんですけど」

「そう言うな、本心だぜ?俺様は思ったことしか口にしねぇ」

「せや。お世話なんて言うタマちゃうで?この男は。ホンマに似合おうとるって」


面識があるからだろうか。初対面ではあんなに取っ付きにくさを感じていた跡部も、二度目ではそんなに構えることもなく言葉を交わせた。その傍では、会話を聞いていたであろう忍足が紳士"風"に笑う。立海には限りなくモノホンに近い紳士がいるせいか、若干胡散臭く感じるのは愛嬌ということにしておこう。


「そういうことだ。そのダイヤもよく似合ってんぜ」

「えっ…分かるの!?」

「当然だ」


そんな忍足の補足に曖昧に笑っていると、続いて跡部が何気なく言うから驚いた。思わず、自分の耳朶へと手を当てる。


「ダイヤなんそれ?大層なもん付けとるなぁ〜」

「驚いた……誰も気付かなかったのに」


イミテーションだと思い込んでいる人ばかりなのに、流石に目が肥えていらっしゃる……。それぞれ違う意味での驚きを零し合った私と忍足に、跡部はただ不遜に笑っていた。

高飛車で独特な雰囲気を醸し出す彼は、相手を褒めたようで自らの眼力を自慢しているだけのようにも感じたり……。が、そういう事を照れもせず女性に伝えられるスマートさはやはりセレブ特有の性質か。見に付けたアクセサリーを褒めて女性を喜ばすなど、この少年の年代にしては難しいスキルであるのに、さらりとこなす跡部はやはりモテるのであろうな。


「ついでに言うと、ちょっと太ったんじゃねぇの?」

「え"!…う、うそだぁ…!」

「アン?俺様は思ったことしか口にしねぇって言ったろうが」


いや………前言撤回。顔が良くてもいくら目が肥えていても、デリカシーが無ければ女子は付いていかんぞ……。っていうか上げといて落とすだなんて、ただのサディストじゃない。

なんて頭の片隅で分析を楽しんでいた私は、自覚が無かっただけに跡部の言葉には少し焦った。


「以前より顔が丸くなってるな、食べ過ぎには気を付けろよ」

「………そんな食い意地は張ってません…ケド…気を付けます」


そうハッキリと断言されては否定も出来ず、丸いと指摘された頬を摩るようにしながら呟く。毎日乗っている体重計に変動は無いと抗議したい気持ちもいっぱいだが、他人から客観的に見てそうなら、もしかして本当にそうなのかもしれない……と思うと強く出れない私は渋々頷いた。

こんな会話をしていると、容姿の悩みなど到底無縁そうなそのお綺麗な顔が実にうらめしくなる。どこを切り取っても完璧なまでの美しさは、今日も健在だ。


「…………あ!」


と、私はそこで、はたと思い出す。


「忘れるとこだった……!ハイ、これ」

「アン?何だ?」

「先日はご協力ありがとうございました」


肩に担いだスポーツバックから急いで取り出した、なんてことのないシンプルな封筒。クエスチョンマークを浮かばせる跡部に向かって両手でそれを差し出すと、私はわざとらしく頭を下げた。

中身は例の自慢の作品である。皆が褒めちぎってくれるもんだから、是非本人に見て頂きたくなってわざわざ彼用に現像して来たのだ。それも膨大な枚数の中から厳選に厳選を重ねたベストショットばかりを。


「そりゃ。どういたしまして」


私の言葉に何のことかピンと来たのか鼻で笑う跡部は、その場で写真を取り出し確認作業に入る。余裕綽々で口の片端を上げていた彼であったが、一枚目を見て直ぐに目の色を変えた。手早く写真の束を捲る跡部の表情が、次第に真顔に変化していくのが快感だ。


「…………上等じゃねぇの」


やがて最後の一枚を確認し終えた跡部は、先程よりもっともっと高飛車な顔をして言った。なんとも撮り手冥利に尽きる表情をしてくれる。


「ありがとうございます」


彼からのそれを、私は最大の褒め言葉と受け取った。


「今日もチャンスがあったら撮らせて頂くかもしれません」

「ハッ、好きにしろよ」

「ははっ、……あ、じゃー私はこの辺で。初戦、頑張って下さい」

「あぁ」


さて………雑談ばかりしていては、真田に怒られる。と思った矢先にポケットの携帯が震え出して、跡部のその顔に満足した私は話の区切りを付けて彼らと別れた。

そして今し方、自分で口にして思い出す。関東大会初日といえば、氷帝と青学のあの歴史に残る試合の日じゃないかと。

そういや私、あの手塚戦の跡部様にやられたんだっけなぁ。とそんなことまで思い出して内心で嘲笑を零しつつ、私は我が立海テニス部の元へと足を急がせた。

……がんばれよ、跡部様。
がんばれ、氷帝。

と、密やかに応援の言葉を述べながら。試合の結果を知る身としてはなんとも切なくなるのだが、その気持ちは本物だ。


next…

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