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ネコの尻尾。
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42.
大和撫子とは。


「ったく、何が楽しいの?こんな事」

「別に楽しんでなんかなか、ただのネタの仕入れじゃ」

「そもそもネタって何よ、ネタって」


プラスチックのドリンクカップに挿したストローを咥えながら、終始呆れ顔の杉沢を前に俺は返事は返さずただ口の端を上げる。それを見て対面した彼女は眉を寄せて鼻から息を吐き出すと、テーブルの上のケーキに手荒い手付きでフォークを刺した。むしろ、既に最後の一欠片となっていたそれを、大口を開けて豪快に頬張る杉沢の方に思わず笑みが零れる。


「でもさぁ……激写っていっても単にデートしてるところ撮ったくらい、何のスクープにもなんないんじゃない?」


その最中、視線を彷徨わせ数メートル先に座る柳生とその彼女を目の端で捉えた杉沢が、ポツリと零す。

俺の思いつきに付き合わせる代償として奢ったケーキを、5分も立たず早々に平らげた彼女はもったい付けないその食べっぷりが結構男らしい。加えて彼女が飲んでいるのはアイスコーヒーで、ガムシロ無しミルク無しのブラックをガブ飲みする女を俺は初めて見た。そういう部分が自分にとってニュータイプだと感じられる所以なのだろうかとを推測をしつつ、再びストローに口を付けた杉沢から視線を柳生へと移す。

なんてことはない、駅前のカフェテリア。若者が賑わう店内に入った二人を追い掛けて、入り口から死角となった席へ彼らが着いたのを見計らうと俺と杉沢も中へと滑り込んだ。幸いなことに制服姿の中高生が溢れる店内では、似たような男女の二人組の姿が幾つも見受けられて、良い具合に俺たちの姿を誤魔化してくれている。

その中に紛れ込んだ柳生たちは、どっからどう見ても健全な十代の若者カップルじゃ。清く正しく美しく、なんて言葉が大いに似合う二人の姿は、確かに杉沢の言う通り写真に写したところで何のネタにもならんかもしれん。


「んー……無駄足じゃったかのぅ」

「えっ、ちょっ、何か確信があって連れて来たんじゃないの?」

「んにゃ。何か面白い場面でも見つかればええのぅ、なんて」

「っはぁ!?」

「大きな声出すなて。気付かれんじゃろうが」


別に、そんなに壮大な計画を立てていた訳ではない。彼女と一緒にいる時の柳生の、普段学校でいる時とは違った姿が出て来ないかと期待をしていただけなのだが、このままの調子では何事も無く終わってしまいそうな気配。部活後であるが故に既に時刻は20時を過ぎているし、あの紳士が売りの柳生が女を遅い時間まで連れ回すというのも考えにくいしの。

本音を零して気の抜けた声を出せば、そんな俺に杉沢は睨みを効かせたのち脱力した様子で頬杖を付いた。


「要は、忙しくなる前に彼女とゆっくり話しておきたかった。そういう事でしょ?そんな至い気な二人を餌にしようだなんて…サイテーです」

「なんとでも言いんしゃい。今更そういう罵声の類なんぞ、痛くも痒くもなかよ」

「っていうか、どうでもいいんだけど別に。アンタの信条なんて。……もぅ〜…お腹減ってんのに…早く帰ってご飯食べたいんだけど…!バカ仁王、夕飯も奢れ」

「……おまん、どんどん口が悪うなっとるのぅ」


余程呆れているのだろう。若干いつもより相好が崩れ気味の彼女は、語尾を緩めて愚痴を零しまくる。そういう口調だと普段落ち着いている分、今の彼女はいくらか幼く感じられて俺は鼻で笑った。

親しくはなったとはいえ、杉沢という女は相変わらず飄々とした表情をなかなか崩さない奴である。

しかし、赤ら様に感情を丸出しにすることも無いが、かといって何にも無関心という訳でもないし。拉致されて監禁まがいのことをされても尚冷静な態度を崩さない一方で、先日のように真正面から受けた嫌がらせに突然怒りを露わにするような激しい気質もあって、今だ掴みきれない部分も多い。

思ったことを率直に口にする素直な奴だと思えば、何か一枚皮を被って本音を覆い隠すような言い回しをする所も、まだ抜けていない。


「あぁー……疲れたんですけど…!!」


だからこんな風に言葉に感情を込めているのも、結構珍しいことだと感じていた。

そんな杉沢は、とうに柳生のことなどどうでもいいのか二人を気にする様子も無い。


「……そういえば、初めてじゃの。こんなとこで対面しとるんは」


と、不意に気が付いて口にした。

放課後になっても杉沢の側には常に笹原がくっついとるし、そうでなくとも部活後は互いの周りに誰かしらがいる。ベッタリされるのは俺も好かんしさすがに帰路に着いた頃には一人になるが、学校を挟んで真逆の方向に位置する地区に住んでいてはなかなか遭遇することもない。彼女が編入して来たばかりの頃のあの偶然は、本当に稀な偶然だったのだと改めて思う。


「ん〜……仁王くん、好きじゃなさそうだよね」

「何が?」

「こういう、騒がしいところ連れ回されるの」

「どんなイメージなんじゃ、それは……」

「あれ?外れた?」

「別に嫌いでもなかよ、自分に迷惑が掛からんかったら。行きたい言われたらフツーに入る」


一人でおる時なんかは逆に騒がしい方が自分の存在を無視してくれるんで、案外居心地が良い時もあるしの。

と、自分が目論んだくせに大した収穫にはならなそうな柳生カップルには既に飽きていた俺も、何気なく言う杉沢に習って口から出る言葉は雑談の域に入っていた。


「へぇ〜意外だね。静かなところが好きそうなイメージだった」

「静か……っちゅうか、過剰に構われるんが好かんだけじゃき。周囲が騒がしい分には、別に。むしろ無音だと落ち着かん」

「あぁ…雑音がある方が好きって人もいるもんねぇ。そういや、いつもイヤフォンしてるよね。日本史とか、現国の授業とか」

「……気付いとったんか」

「コード、黒いの使ってるでしょ?その髪の隙間から見えると結構目立つんだよ。コードレスにしたら?」


取り留めのない会話が続き、ストローを甘噛みした杉沢が意地悪い笑みを浮かべる。

誰にも知られとらんと思っていた行いを見透かされていたことが少々面白くなくて曖昧に頷く俺に、最近になって俺と似たようなトーンまで髪色を明るくした彼女は、自分は既に買い替えたのだという新しいイヤフォンを取り出して見せた。

音質がどうのこうのとか、デザイン的にはどのメーカーがいいとか、寿命が長いのはどの品番だとか………オーディオ機器には詳しいのか僅かに饒舌になっている。


「……あれか。おまん、取説とか読むん好きじゃろ」

「よく分かったね!その通り、配線とか大好き」

「まさかPC作ったりとか……は、さすがにせんか」

「いや、作ったことはある。一回だけだけど」

「マジか……」


彼女の趣味だというカメラといい、メカに強い女というのも自分の周りでは珍しい。そんな粋まで達しているのかと素直に関心を示すと、得意気な顔で彼女は笑った。

数ヶ月の間に知り得た人柄を思うと、屈託の無い顔を見せる杉沢が彼女らしいとも思うような、見た目には年上に見える容姿からすると新鮮とも思うような。

なんとも派手な金髪ヘアとなってしまい、出会った時の穏やかで優等生的な印象がすっかり何処かに行ってしまった杉沢。それも含めて新しい一面の数々が、最近では良く目に付くようになっている。いつのまにか目で追ってしまうのは、それ相応の理由があると自覚はしていた。

………傍目に見れば、俺たちは"友人"であるのだろう。確かに実際にも今の二人の間の距離感は、せいぜい気の置けない"友達"や"クラスメイト"、もしくは"部活仲間"といったところか。当然俺もそれを装って過ごしている訳だが、到底満足はしていない。その理由も、分かっていた。

他者に対していつだって誰にだって気負いのない杉沢は、関わった人たちの輪に何故だかすんなりと入り込む。そこにいることに違和感や不快感を感じさせない、適度な距離の保ち方が上手い奴なのだが………。それが面白く無い。


「……あ、柳生くんたち出るみたいだよ。どーすんの?……この際だから追うなら付き合うし、止めて帰る?」


たぶんそれは、天性の才能ではないと察しているからだろう。彼女は計算して調節している。柳生の件で杉沢を連れ出したのは俺、あくまでも主導権はそこにあるのだと、相手を立てるようなその上手い言い回しが、良い証拠じゃ。

だからこそ簡単には他人と打ち解けられない、打ち解けようとはしない俺でさえ不思議な程に杉沢には気負わずにいられている。しかし、今、そこに惹かれる一方でそこが厄介だとも思う。ある一定のこの距離感の打開のしどころは何処なのか、より見つけにくい相手だから。


「………じゃ、本日最後の暇潰しにでも行くかの」

「……やっぱ行くんだ」


そう言うと、呆れながらも苦笑いで一緒に立ち上がって、半歩後ろを付いて来る物分かりのいい杉沢。彼女こそ"大和撫子"のようだと密かに思う。落ち着き払った穏やかなその態度。いつんなったら、何をしたら、それが崩れるんかのぅ……。なんて。そんなこっ恥ずかしいことを脳裏に浮べた時点で自分が如何に盲目になっているかをまた自覚させられた俺は、もはや嘲笑するしかない。


next…

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