40.
限りなくイコール。
に、仁王が二人いる………。
「お、お母さん似…?」
「………プリッ」
竹内との面談後。部活に向かおうと教室を後にして長い廊下を歩いていたら、一組の親子に出くわした。いつもの見慣れたシルバーアッシュの横に……黒髪の仁王がいる。
「あら?お友達?」
「……クラスメイト。んで、テニス部のマネ」
「まぁー!そうなの!?どうも、雅治がいつもお世話になってます」
「あ!いえ、こちらこそ……」
まるで双子を見ているかのような光景…当然ながら無視出来なくて。すれ違い様に声を掛けて惚けていると、品良く頭を下げられたので自分も慌てて習う。目の前の不思議な光景に目が離せなくて上目遣いで見上げたその顔は、やっぱりどこからどう見ても仁王。似てる。似過ぎているこの親子。
「わぁ…背丈まで一緒……」
おまけにお母様と思わしきその方は、女性だというのに仁王と目線がほぼ変わらない。彼よりは僅かに低いが、それでも170cmは軽く越えているだろう。
「というか、ほ、ほんとに三人も産んだんでしょうか…!?」
加えてその細さは驚異的。ひょろ長い手足に薄っすいウエスト、その先端にくっ付いてる小さな頭。マッチ棒か。もしくはつくしか。と、様々な突っ込みが一気に湧いて来るような仁王の母君に、私は思わず感嘆と疑問を立て続けに発してしまった。
「アハハハ!産んだわよ〜こっからスポーン!とねっ」
すると仁王のお母様は、笑いながら自分の股から下方に向かって腕を伸ばして見せる。
「やだぁ…!アンタのお母さんおもしろっ…!」
「痛ッ…!叩くなや…!」
その豪快な動作と笑い方はいつか見た仁王の姉君、利佳子さんの笑顔を思い出させる。容姿も、その容姿に対する砕けた中身も全部が意外過ぎて。些か興奮気味で私は仁王の腕をこれでもかと叩きまくった。
いやしかし……年配であることは否めないが、一つ一つのパーツが本当にソックリで。仁王と違うのは、人を探るような不敵さはなく、柔らかな印象であることと口元のホクロが無いこと。この身長にこの美貌…若い頃はさぞ迫力美人だったのではないかと思う。気取らない笑顔に刻まれた皺も、素敵に年齢を重ねて来たんだと思わせた。ワイシャツに膝丈のタイトスカートというシンプルさも潔くてカッコイイ。
「オカン」
「ん?なに?」
「アキの迷い子ん時の……そいつじゃき」
「あら!まぁ!それを早く言いなさいよ…!」
と、仁王が僅かに顎をしゃくって私を指し示し、お母様が何か閃いたように目を見開いた。
「その節はありがとうね。馬鹿な息子たちがお世話になったわ」
「あ、いえ、そんな…!大したことは何も…」
「雅治を叱ってくれたのよね?」
「えっ」
「アキが言ってたわ、『マサが怒られとったー!』ってね」
その場の勢いでしたことだったし、まさか知られているとは思わなくて気まずくしていると、アキくんの口調を真似て仁王の母君がクスりと小さく笑みを零す。その様子に私も思わず口元が緩んだ。そっか。仁王が自分から言わなくても、あの子によって全て筒抜けになるのか。
チラリと視線を仁王に向ければ、こちらも気まずいのだろうか、目が合うも直ぐに逸らされる。母親の前で口数が少なくなる所が珍しく、そういう所は年相応らしい。
「アキがね、貴方に会いたがってるのよ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ、そりゃもう毎日のように雅治にねだってる。『お姉ちゃんは〜?お姉ちゃんは〜?』って。なのに、雅治ときたらちっとも連れて来ないんだもの。だからアキが拗ねちゃってねぇ…『また迷い子になる!』とか言い出してるわ」
「あはは!それは困りますねぇ。…全然知らなかったです、そんな事。もう忘れられちゃったかと思ってました」
そんな仁王はさて置き。お母様からのアキくん情報が嬉しくなる。あの日に繋いだ小さなアキくんの手と、有難くも頂いた小さなキスを思い出した。一方そんな事1ミリも言って来なかった仁王は、素知らぬフリで窓の外に視線を飛ばしている。…どうせ聞いてるくせに。
「良かったら遊びにいらっしゃいな。アキが待ってるわ」
「はいっ、是非!伺います」
「雅治に連絡飛ばすから、今度ご飯でも食べに来て。………お兄ちゃん、頼むわよ?」
「……了解」
案の定。釘を刺された仁王は、仕方なくといった様子で頷きながら溜息を零す。母君の前で少し大人しく見えるのは気のせいか。元々煩く騒ぐタイプではないから分からないが、顔がいつもに増して無表情だ。
「そろそろ行かんと、時間じゃ」
「そうね。じゃあまた……えっと…」
「杉沢です、杉沢透子です」
「ありがと。変な子だけど雅治をよろしくね、透子ちゃん」
「はい、こちらこそ」
面談はこれからなのだろう。仁王に促された母君からそう言って柔かに笑いかけられ、私も釣られるようにして返事をした。仁王を指して「変」と評したのが、利佳子さんと同じだ。中身が似ているのは利佳子さんの方なのかもしれない。
なんて脳裏では考えを巡らせながら、私はそのまま長い廊下の先へ遠ざかっていく二つの背中を見送る。少し猫背気味のそれがまたソックリで。思わずまた笑みを零した。
と、そうしていたら不意に仁王が振り返る。声も届かぬ距離でどうしたのかと思ったら、仁王は拗ねているようにも見える表情を浮かべてチラリと舌を出した。……あっかんべー…でしょうか…それは。
何を意味しているのかはサッパリ分からないが、ついノリで自分も舌先を出して応戦する。それを見た仁王は鼻で笑ったような溜息を吐いたような…。距離があって定かではない。そして仁王はお母様と共に、我がクラスの教室へと消えてった。
あの仁王は、お母さんの前ではどういう息子なのだろう。先程の様子ではあまり反抗的な感じもしなかったな。アキくんに利佳子さんにお母様。そしてあの仁王が集まるその家はどんなだろうと、想像出来るようで出来なくて。
直々にお誘いを受けたことだし、そろそろ本気でゆかりちゃんと共に仁王家への御宅訪問を計画しようかと、私は密やかに心に決めた。
next…
【40/50】
← | →
ページ:
≫
top
≫
main
≫
ネコの尻尾。