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ネコの尻尾。
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02.
突如として。


なんの理由で、
なんの意味があって、
なぜ自分が…

全てが分からない。

属にいうトリップだということに思い至ったのはあれから間もなく。間違い無いと確信したのはそれから30分後であった。

まさか…まさかそんな。そう思うのは普通だろう。

まさかという気持ちで多くのトリップを題材にした夢小説で読んだ主人公たちのように、気付けば私も携帯に登録されていた知人友人や職場に電話を掛けていた。

どれもが繋がらず唯一繋がった先はアメリカに住む家族の元だけで、再び言葉を交わした母に早く学校に行く準備をしろと叱られた。

私を中学生と信じて疑わない母、途中で電話を変わった父にも似たような言葉で叱られてしまい、母が痴呆症になったという線は消えた。

誰かのイタズラにしては手が凝り過ぎている。テニプリは好きだがコスプレはしない主義だったし、サプライズで驚かすにしたってそれをよく知る数少ないオタク友達がこんな事をするとは考えられない。そもそも、その友人たちにだって電話は繋がらなかった。

試しに、制服と共に届けられた生徒手帳に記載されている立海大附属中学に電話を掛けてみた時、私の確信は確実なものになる。


「はい、立海大附属中等学校です」

「あ…」

「ご用件はなんでしょうか?」

「えっと…本日から編入する早瀬ですが…ちょっと伺いたいことが…」

「ああ!分かりました、今担任の先生にお繋ぎしますね」


取り次ぎまでの対応がスムーズ過ぎて、再び胃が軋む。電話口に出た担任になるという教師は、編入当日になり私が不安がっていると捉えたらしい。自宅から最短で着くであろう通学路の説明、登校してから授業を受けるまでの流れ、今日の授業科目と必要なテキスト類など、細かく説明してくれた。


「8時までに学校に来てね」


そう締め括って電話を切られ、携帯を手にしてまたも呆然とするしかなかった。


ホントに?
ホントなの?
やっぱりイタズラじゃなくて?

その考えが拭い切れない。当たり前だ。目が覚めたら漫画の世界に飛び込んでしまっているだなんて、誰が信じられる。

不意に壁に取り付けた時計を見上げると、時刻は既に7時を回っていた。担任教師によれば、ここから徒歩15分程で学校に着く距離らしい。

試しに携帯のナビで自宅と学校名を検索してみたら、どちらも現存する地名、建造物としてしっかり表示された。小さな携帯画面の中、現実と夢とが織り混ざったような世界観に打ちのめされる。

そういえば外は…
このマンションの外は…?

よくあるトリップでは、主人公はまるで違う景色に立たされいる。しかし今私がいるのは、昨日までとなんら変わらないこの部屋。しかし明らかに何処かが歪んだ世界。


確かめないと…
とりあえず、確かめないと…
自分の身に一体何が起きたのか。

大きな校門の前に立ち尽くし、ぼんやりした頭で心の中でそう繰り返した。現実に起こっていることを確かめたいが為に外に出る決心をし、私は今、この学校の前に立っている。


「今日からよろしくな!」

職員室に足を踏み入れると、担任だと名乗り出た教師に手を差し出される。竹内という歳若い男性は、にこにこと人の良い顔で微笑んでいる。


「…よろしくお願いします。」


その手を軽く握り返しながら、挨拶に答える間も意識は朦朧としていた。無意識に会釈して顔を上げると、竹内が私を見つめていた。


「いや…杉沢は大人っぽいなぁ、あんまり中学生に見られないんじゃないか?」

「え…あぁ、はい」


そりゃそうだ。制服に着替えた時、自分の容姿と制服のミスマッチさには嘲笑したもの。

変化を起こしているのは私の『立場』であって、容姿や肉体年齢はそのままらしい。20代も後半に差し掛かった肉体と容姿に制服を着させて、馴染む訳がないのにそれをどうする術もない。

同世代の友達と比べ比較的幼いと言われる事が多かったとはいえ、それでも素顔の中学生たちに混じればきっと浮いてしまう。


「竹内センセッ!」

「…あぁ!すまん!昨今実年齢より上に見える子はたくさんいるからな、気にすんなよ!」


元気のない声に落ち込んでいると捉えられたのか、周囲の先生たちに窘められた竹内に慌てた様子で謝られた。

その動作や仕草に、昨日まで共に同じプロジェクトチームで仕事をしていた後輩の姿を思い出す。女上司を女とも思わない、年下の男の子。


「あ…いえ、ホントのことですから、気になさらないで下さい」


思わず口をついて出た言葉に、自らハッとする。…バカ…ますます中学生らしくない。


「あら礼儀正しいのね〜」


そんな私の心情を知る由もなく、初老に近い女性教師が私に向かって微笑んでいた。その人の良さそうな柔らかい笑みが、いたたまれない。

「親が厳しくて…」、などという誤魔化しが、スラスラと出てくる己の口に再び呆れながら、担任に連れられ職員室を後にしたのだった。


「広い校舎だから、最初は迷うかもなぁ」


教室へ向かう途中でも、竹内先生は人懐っこい笑みで話し掛けて来る。


「…そうですね、広いですね」

「迷ったらすぐ助けを呼べよ」

「…どうやってですか?」

「みんな今は携帯持ち歩いてんだろ〜?授業中だって、いくら禁止したって隠れて使って」

「…ですね」

「まぁ、止めようがないし…お前もバレんなよ!」

「はぁ…」


最近の中学校にはこんな寛容な教師がいるのか…人の良さそうな笑顔を浮かべる竹内に少し苛立った。


「…それは生徒に向かって話す話題ではないと思いますけど」


と、口にして、またしてもハッとした。

ばか…余計な先輩風吹かせてどうするの…。

そんなん今はどうだっていい事なのに。


「…厳しいなぁ、杉沢は」


ポカンとだらしなく口を開けたまま、竹内がこちらを振り返り呟くように言った。


「す、すみません」


さすがに気まずく、俯いたままで謝る。

目を丸くしてこちらを真っ直ぐに見つめる竹内は、どう見ても私とさほど歳は違わないだろう。

ようやく大人になった今も、社会の中で己の幼さを痛感する日々。誰もが共通して迎えるその時期を、きっと同じく体感しているこの男に、中学生を偽りながらどう対処すべきかがよく分からない。


「いやいや、じゃー授業中に見つけたら容赦無く没収ってことで!」


しかし何も無かったかのような笑顔で竹内は言った。屈託のない表情が爽やかな風貌によく似合っている。


「おしっ!着いたぞ」


怒られていることに気付かないタイプなのかな…。と、その顔を見上げたのと同時に、とある教室の前で脚が止まった。


「さっ、今日から杉沢もこのクラスの一員だ」


next…

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