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ネコの尻尾。
【33/50】
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33.
無気力な猫。


立海大付属、県大会優勝。

アッサリし過ぎて空いた口が塞がらない。物語中、彼らのその活躍があれだけ端折られたのも致し方なかったのだと、そう思ってしまう程に。いや、メイン校ではないからという理由なのは充分理解しているが、それ程に、という意味だ。

憂鬱な梅雨が明けて、全国への切符を手にする為の戦いが幕開けとなり、いよいよか…と一人胸に複雑な感情を抱いていた私。しかし、その干渉にじっくりと浸る暇もなく彼らは第一段階とも呼べる地区予選、そして県大会を順当に勝ち抜いていた。

変な気負いも無く、毎日の練習を行う延長上のようなテンションで臨んでいく彼ら。おまけに、両大会ではレギュラー陣の出番は殆ど無かった。全国へ向けて指導強化中の切原を除き一戦ごとに一人ないし二人づつの出場、それ以外は他部員の経験の為に各学年からの選抜選手を出すというスタイル。それでいて、レギュラー以外の選手が中心ながらその戦績はさすが王者立海大…。その凄さは分かっていたのに、レベルの高さに思わず感嘆の溜息が出た。

なのに、皆してさも当然という顔をしている。県大会優勝を決めた直後だって、皆があんまりにも平常時と変わらないので大袈裟に驚くことも出来なかった。


「すっご………」


小さく呟くように言えば、唯一ゆかりちゃんと高坂ちゃんだけが、ニヤけ顔でピースサインをして見せてくれて、彼女たちもちゃんと喜んでるんだと、そう理解出来て少しホッとした。

来月に控えるのは、いよいよ関東大会。いいさいいさ。今の内に好きなだけ余裕ぶっこいてればいい。その日が訪れれば否が応でも彼らは激戦を強いられる日が来るんだから……と、少々意地の悪い事を頭の片隅で考える。

致し方ないだろう、だって私は知ってしまっている。大なり小なり、やはり彼らの身に起きた出来事を頭に思い浮かべてしまうのは、もう誤魔化しようがない。

……その場面を前にしたら、さぞ私も興奮するのだろうと思う。複雑な思いも強いのだが、それでも色んな意味で楽しみである。………むしろ、そう思わなければやっていけない。無理矢理にでも前向きに物事を受け止めなければ、正体不明の何かに押し潰されそうになるから。


「おはよ〜そしておめでと〜」

「ありがと!って、出たの私じゃないけどねぇ〜」


そして大会翌日。朝の教室内に入ると、次々に声を掛けられる私とゆかりちゃん。運動部随一の戦績を誇るテニス部はやはり常に学校全体の注目の的であるらしく、クラスメイトたちからは幾つもの「おめでとー」を頂いた。

我がクラス所属のもう一人のテニス部員、それもレギュラーという輝かしい存在であるはずの仁王が実に素っ気ない態度なので、自然とその矛先が私たちへと向けられるのが地区予選が始まってからはもう常となっている。

窓の外に晴れやかな空が広がる中、クラスメイトたちからの祝いの言葉には、私の心も少しばかり浮き足立った。だいたい、おめでたい事をおめでたいと純粋に喜んで何が悪いの。


「……つまんない奴」

「あ?……唐突になんじゃい」

「今の内はね、クールとか言われていいかもしれないけどさ。その内、反応薄くてつまんない男、とか言われんのよ仁王くんは」

「……なして急に俺はそげんこと言われとるんか、サッパリ意味が分からんのじゃが」


自席に着こうとして、先に教室へと入っていた仁王と目が合ったので、思いつくまま言ってやる。私の言葉に不本意そうな顔をして首を捻る仁王。

だからね?大人になればなる程、リアクションの薄い奴ってのは損なのよ、色んな場面で。

……などと言ったところで伝わらないだろう自論は胸に留めて「さぁね」と誤魔化すと、仁王は軽く溜息を吐いたがそれ以上の追求はして来なかった。

もう、その歳でそんなに引き際が良いとか…。絶対「あたしの事なんてどーでもいいんだ!」とか思われて、自分の知らない間に愛想尽かされてフラれるパターンの奴。女にとってさぞ厄介な奴に成長するんだろうなコイツ……。なんて、更にどうでもいい事を脳裏に浮かべながら私は席に着いた。


「おっはよー」

「あ、おはよー」

「県大会優勝、おめでとうございまっす!」

「そっちも、おめでとさん。初優勝じゃっての」

「そう!なんとかねぇ!縋りついてギリギリセーフって感じ」

「またまたぁ謙遜しちゃって〜!ホームラン打ったって聞いたよ!」


と、仁王の更に前の席の田宮くんも教室へと入って来て、挨拶を交わし合う。この時期、運動部は皆揃って公式試合のシーズンだ。野球部である田宮くんの活躍をどこで聞き付けたのか、ゆかりちゃんが感嘆の言葉を掛けると彼はガハハと笑って嬉しそうな顔をする。


「爽やかねぇ〜どっかの誰かさんと違って」

「さっきからなんね……。やけに棘がある言い方しよるの」

「だってさぁ〜」


あたしは運動部に所属した事がない。よって、何かの大会で優勝するだなんて、今まで味わったことがないのだ。

だから嬉しかった。例え結果が分かっていたとしてもレギュラー陣が出ていなくとも、それでもあれは同じ部の部員たちが勝ち取った勝利だ。たったの一ヶ月と少しだけど、間近で練習する姿をずっとこの目で見た来た子たちが勝ったのだ。ただそれだけで嬉しかったのにな。


「アンタたちときたら、せっかく優勝したのに反応薄過ぎてつまんない」


と、私は頬杖を付きながら溜息を吐く。本当は仁王やレギュラー陣の皆がつまらないのではなく、私一人だけがはしゃいでいるようでそれが面白くないのである。


「どういう言い掛かりじゃ、それ」

「いや、待って杉沢さん。両手を上げて喜びを露わにする仁王とかキャラ違い過ぎるかも」


うん、まぁ、それは確かにね。


「そげん言われようも心外じゃがのぅ……っちゅうか試合出とらんし、俺」


と、田宮くんの言葉に頷いていると、仁王は溜息交じりに言った。


「レギュラー陣はねぇ〜次からが本番っしょ。たぶん練習も、これからハードになるよ」


と、そんな仁王に苦笑してゆかりちゃんが言うと「……それはやじゃ」と、眉間に皺を寄せて僅かに口を尖らせる。こんな時ばっかり年相応に幼い仕草をする仁王は、立海テニス部の中では稀に見る練習嫌いだ。

暑いの嫌い。汗かくの嫌い。走るの嫌い。……よくそれでいてレギュラーまでのし上がれたもんだ。


「あー……また真田の小言が煩くなる季節じゃの…」


と、そこで仁王は大袈裟に息を吐き出し、私の机の上に倒れ込むように上半身を傾けむるとぺたりと片頬を付けた。銀色のシッポが机の端からはみ出て、ちょろりと下に垂れ下がっている。


「……早く本気で試合するとこ見たいなぁ」


窓枠に背を預けたまま、それを眺めて私は呟いた。


「だって凄いんでしょ?アンタたたち」


彼らの実力がどれ程のもか、知識としては知っている。けれど、実物が見たい。先の地区予選や県大会で他の部員たちの試合にさえ感動したのだ。奴らの本気を目の当たりにしたら私はどれだけ興奮するのだろうか。どれだけ彼らは格好いいんだろうか。ただ純粋にそう思う。……ごめん、やっぱり私、腐ってもテニファンみたい。


「そうだね〜!やっぱ試合だと練習とは全然違うもん皆!早く杉沢ちゃんにも見て欲しいなぁ〜」


と、ゆかりちゃんが得意気に笑って頷いてくれる様子に大きく頷いた。


「……めんどい」

「は?何それ……」

「試合はいいが、練習がめんどい」


なのに、当の本人はこんな調子だ。


「……俺さぁ、この仁王がアグレッシブに動く様子が想像出来ねぇんだけど」


と、前の席の田宮くんも苦笑いする程。かと言って練習をサボることは無いし、毎日汗だくになって駆け回る姿を見ているのだが、この軟体動物のように力の抜け切った仁王には些か呆れる。


「……そうは言いながら部活の後も練習行くとか、頑張ってんじゃん。天邪鬼だよね〜ホント」


しかし。不意に思い出して何気なく口にした。練習は嫌いでもテニスはやはり好きなんだろうな…と、いつかの仁王の言葉を思い出す。あれは私の見舞いに来てくれた時だったかな……。


「えー!?雅治がぁー?そんな話聞いたことないけど!」

「え?……皆でよくテニススクールとか行ってんじゃん?」

「切原くんとかはね〜指導強化中だから。あと監視役で皆が入れ替わりで。けど、それも雅治は付いて来た事ないよ。いい加減で監視役になんないから」

「………あぁ…そうなんだ…」


と、けらけらと笑うゆかりちゃんの言葉に相槌を打ちながら、私は拍子抜けして仁王を見やる。机に突っ伏したままの彼は動く気配が無い。あの時の私が聞き間違えたのだろうか…。それとも、ゆかりちゃんにも誰にも知られない所で秘密の特訓を積んでいるのだろうか…。

どういう事なのか掴み切れなくて、腑に落ちない。……ので、おもむろに銀色のシッポを摘み上げてみた。


「……なんねっ!」


軽く引っ張ってみると、途端に眉間に皺を寄せて不快感を露わにした仁王が素早く起き上がり、自分のシッポを守るように片手で抑え込む。猫かお前は。

と心では思いながら、目が合ったので疑問に感じた先ほどの違和感を言及しようと口を開きかけた。……が、あの日、仁王が見舞いに訪れたことをこの場で口にしていいものかどうか……。

ゆかりちゃんは知ってるの?知らないならば私も仁王も、絶対からかいの対象になる。間違い無い。

と、いうことは……?脳裏で巡る思考に思わず眉間に皺を寄せていたら、結果何も言わずに見つめる形となってしまった。僅かに、互いに探るような間が続く。薄く切れ長で、相変わらず感情を見せない仁王の眼。

一体何を考えているのだろう……いつもいつもこんなに無表情な顔をして……。と、何と言葉を返そうかと更に迷っていると、彼は高飛車な猫のように鼻で息をして、今度は自分の机に向かって体を倒してしまった。ワイシャツの背中に垂れ下がるそのシッポに、問い掛けるタイミングを失った私は大きく溜息を吐く。

いつかその小さな尾が不機嫌さを現すようにパシパシと動いたりして……なんて本人に言ったら「アホ」の一言と共に蹴散らされてしまいそうな事が思いつき、そして直ぐに全く別なことが閃いた。


もしかしてあの一言は…


「………照れ隠し?」


ボソリと呟いた声が、仁王に届いたかどうかは分からない。


next…

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