30.
味方。
結局、私が何故あんな所に閉じ込められることとなったのかは未だ真相は分からずじまい。
犯人の目星はつくが確定では無い、と柳は言う。昨年、ゆかりちゃんと高坂ちゃんが受けた酷い仕打ち…今回の私と同様に、体育館裏の倉庫に閉じ込められた経験があるということも、同時に聞かされて驚いた。
幾多の嫌がらせを受けて来たのだと知ってはいたものの、嫌な思い出を掘り返させるのもどうかと思って、詳しい話を聞いたのはこれが始めて。その時の手口と全く同じやり方で貶められた私、実行犯は同一人物か少なくとも関わりがある人物だろうと、そう皆は予測しているらしい。
炙り出すか?、という柳の言葉に、私は首を横に振った。恐いのではない。どうでもいいのだ、そんなこと。犯人が誰であろうが、もう事件が起こってしまった後では教えてもらっても無意味だし、分かったところでどうする気も無い。お仕置きなんてする気も無いし、そもそも素直に謝罪の言葉を聞けるとは思わない。殺したいほど腹立たしいという訳でもないし、下手に対面するよりこれ以上関わり合いになりたくないという気持ちの方が強かった。
「顔合わせずに済むなら、その方がいいや」
「いいのかそれで?名前くらいならすぐ調べられるぞ」
「じゃあ柳くんが知っててよ。んで、いざとなったら守って」
「この柳連二に、わざわざそいつらを監視しろというのか…」
「犯人炙り出すよりも手間かかんじゃねぇの、ソレって」
「あはは!」
丸3日休んで久々の学校。
昼食を取っている最中、海風館のテーブル席でテニス部の皆にぐるりと囲まれながら私は丸井の言葉に笑った。そんな意味合いのつもりはなかったのが、そう言い回されると確かに無謀な無茶ブリだ。
あんな事があった後だからなのか、昼休みに入ってゆかりちゃんと共に席に着いていたところへ仁王と丸井が加わり、それを見てまた一人、また一人…といった風に次々に寄って来たテニス部の皆。気が付けば私の周りにはあっという間にレギュラー陣が勢揃いしていた。それに加えて……
「あ!蓮ちゃんハケーンッ!とぉーッ!」
「うぉおッ…!?」
と、威勢良くスライドさせられて来た一組のテーブル。ガツンッ!!、という音と共に受けた衝撃により丸井が堪らず声を漏らした。
「あっぶなぁ…!!ちょっ、あんたバカ!?何してんの!?」
「す、すみません皆さん!うちのバカが暴走しちゃって…!」
「………相変わらず派手な登場をするな、お前は」
「褒めてんの?ねぇ褒めてんの?ありがとー蓮ちゃーん!」
「褒めてない!!絶対褒めてない!!」
これまた随分とアグレッシブな………。なんてポカンとしていたら、突然現れた数人の見知らぬ生徒を指して「クラスメイトだ…」と柳が溜息混じりに零す。
こんな調子で、皆のそれぞれのクラス仲間も寄って来るもんだから人数は膨らむ一方だ。今日はなんだか何時になく賑やかになりそうで、たまにはこんな昼食も良いかとなかなか悪くない気分である。食事というのは皆で食べるとより美味しいというのが、世の定石だ。
話題に上がっているのはやはり先日の私の拉致事件についてだが、それは自分としてはもう過ぎた過去として処理したいこと。被害にあった直後から今日までの数日間、体調不良で欠席していた私に対して当初は皆一様に深刻そうな顔をしていた。申し訳無さと有難さ、その両方が胸いっぱいに広がってもう心配はさせまいと努めて軽い口調で話していると、皆の表情も徐々に柔らぎ通常時の和やかさが戻っている。
「なんだー!いいじゃねぇか守ってやれよー!お前のあのマル秘つノートはその為にあんだろ!?」
そんな成り行きというか、なんというか…。私が拉致られた事件に関しては既に学内でも公になっているらしい。全校集会まで開かれたというから当事者である私は居た堪れない。
そんな訳で二言三言の説明でピンと来たらしい金髪の少年が、本気とも冗談とも取れるような顔をして言う。いやぁ…柳の友人としては少々意外なタイプである。先程から呆れ顔と溜息が止まらない柳当人や、周りを囲む彼の友人たちの冷たい視線もなんのその。良くも悪くも、裏表のなさそうな屈託のない笑顔の金髪くんの発言には私も苦笑い。
「お前というやつは……。一体何度違うと否定すれば理解してくれる」
「何言ってんの蓮ちゃん!人を救うために使わずして何の為のデータだぁ!」
「いい加減に煩いぞ木村…!昼飯時くらい黙ってられんのかお前は!」
更に彼も同じクラスであるという真田が、そんな金髪くんにこめかみをピクピク動かしている様子が笑えた。
そんな寸劇のようなやり取りの後、成り行きで合流した彼らと「お前バスケ部のキャプテンだろ?」とか、「あ、綱渡りの人。留学生のハゲもいる!」とか、「ハゲてんじゃねぇ剃ってんだ!っつか留学生でもねぇ!」とか。そんな事を言い合いながらすんなり会話が成立してしまう辺り、これが学生のノリというやつか。
「……すごい団体様だなぁー。全員テニス部?」
そして更に更に。なんとなく聞き覚えのある声に背後を振り返ると、同じクラスで仁王の前の席に座る男の子がうどんを乗せた盆を手に苦笑いしていた。
「んにゃ、バスケ部と………あとよう知らんが色々混ざっとう」
「ふーん。っていうかそこいい?席空いてねぇの、珍しくお前らが占領してっから」
「そりゃ悪かったの、どうぞ座りんしゃい」
あまり知らない人とベラベラ話すタイプではないのか、左右から飛び交う会話にも口を挟まずに黙々と箸を動かしていた仁王も、見知った顔にはさすがに好意的だ。
「何?ミーティングでもしてんの?この間の杉沢さん拉致事件についてとか?」
学食で皆と賑やかな昼食を。なんて王道な学生あるあるだなぁと思っていると、仁王の横の空けれたスペースに滑り込みながらその子が………確か名前は田宮くん。が、笑みを零してそんなことを言うので当人である私も釣られて笑う。
「そういや、田宮くんにはうちの後輩がお世話になりましたっ!」
「いやいや、俺はなんもしてねぇよ。あの時間にあそこ通る奴あんまいねぇから覚えてただけだし。#杉沢さん災難だったよねぇ」
「うーん…まぁ、いい戒めになった。知らない人には簡単に付いてくなって事でしょ」
私が失踪していた間、皆で学校内を探し回っていた中、高坂ちゃんと切原は色んな人に目撃情報の聞き込みをしていたらしい。野球部である田宮くんに私がグランド脇を歩いている姿を見られていたと、今朝になって本人から教えられた。そして「気の毒だったね」と、改めて田宮くんから言われて私は先日の不用心な自分の行動を反省した。
そんな小学生みたいな事をいちいち気を付けながら生活していかなければならないのか…。なんて思うとつい溜息が出てしまい、それだけ学校という場は実にややこしい人間関係の上に成り立つコミュニティなのだろうと再確認。
「……集団生活ってそういうとこ面倒だよねぇ」
複雑で一筋縄ではいかなくて、自分の意思とは無関係に他人の感情に振り回されて。
「ふーん、だからお前友達いねぇんだ」
「は?」
「クラスん中で笹原とか仁王以外に友達いんの?お前」
「失礼ねー…いるわよ、それなりに」
そんな心外な…。だからといって特別人付き合いが嫌いとか、避けて通りたいとか、そういう風には思わない。物の考え方は十人十色なのは当たり前だし、自分とぶつかる人もそりゃいるだろう。その反面で人と触れ合う事で新しい自分を発見出来るし、人との出会いこそ人生最大の財産だと、こんな成りでも中身は変な悟りを開きつつある年代である私。
「あはは!そんな風に思われてんのかよ、杉沢さん」
「友達かどうかは分からないけど皆と話くらいするよ。私だって」
「うん、杉沢さん話しかけ易いし。仁王みたいに変な言葉で誤魔化したりしねぇし」
そうそう。話しかけられれば普通に答えるし気が向けば自分からも話かけるし、仁王みたいに借りて来た猫のように縮こまることもないと思う。意地悪く笑う丸井に思わず軽く睨みを効かせて反論すると、客観的視点から口添えしてくれた田宮くんの言葉に大きく頷いた。
引き合いに出された当の仁王が「プリッ 」とかなんとかお決まりの口癖を零すので、「そうそう、それそれ!理解すんのにだいぶ掛かったから俺!」と、田宮くんが続けたのには皆で笑った。テニス部以外の人間からの彼の印象を聞くのは滅多にないことなのか、皆にとっても貴重な機会らしい。殊更に柳生の含み笑いが大きかったのに対して、仁王が眉間に皺を寄せた様子が可笑しかった。
「ははっ!最近はそんな仁王にも慣れたけど。……で、話戻るけど、結構男子にも人気あるよね」
と、仁王を評する田宮くんの発言に更に笑っていると思わぬ言葉を掛けられて、私は焼き鮭をほぐしていた箸を止めた。
「………仁王くんが?」
「なんでそうなんの…杉沢さんがだよ」
「は……?」
と、首を傾げながら言うと、苦笑いで田宮くんから訂正される。
「自覚なかった?クラスにもいるよ、付き合いたいって言ってる奴」
「えぇー!?いつの間にそんな話出てんのー!?私知らなーい!」
「ったりめぇじゃん。本人と仲良い笹原に言ったら筒抜けだもん、わざわざ言う奴いねぇって」
「そりゃそうかもだけど〜!そうなんだ…へぇ〜…。まっ、気持ちは分かるけどね!杉沢ちゃんって独特の雰囲気あるし」
「あたしもあたしも!男だったら杉沢先輩と付き合ってみたいですー!部活中とか超優しいんですよー!」
「ハッ!テメェなんてガサツな女、先輩の方からお断りだっつの!」
「な…!?うっさいなぁ赤也は〜!あくまで例えばでしょ!」
田宮くんの発言はさすがのゆかりちゃんも初耳だったらしい。驚いた様子ながらも小さく頷く彼女、テーブルの端の方からは高坂ちゃんから挙手付きで同意の声が上がる中、私はなんと返答したものかと口を半開きにしたまま固まっていた。おいおい…こんな年増なオバサンを捕まえて皆一体何を……。
「なんだ、編入して来てわりとすぐ噂されてたから知ってるかと思ってた。俺が聞いた時は仁王もその場にいたし、仲良いから聞いてんのかと」
と、田宮くんが隣に座った仁王の方にチラリと視線を向けたので、思わず私も斜め前の彼を見る。名前を出されても何食わぬ顔を崩さず、左手の茶碗から淡々とご飯を口に運んでいる仁王。伏せ目がちになったその瞳からは今日もまた感情の色は見えなくて、少しだけ自分の鼓動が鳴った。
「杉沢さんそれなりに男子人気あるし、だからじゃねぇの?女子にやっかまれたの」
が、仁王と目が合う前に田宮くんが言葉を続けたので私は視線を戻す。なんだか照れしまうような言葉をサラリと言う子だなぁ…と、そう思いながら私は否定を示すよう曖昧に苦笑いするしかない。
「………でも、だからって理不尽だよ」
「ルイ?」
「美人でモテるとか、男テニのマネージャーだからとか、それだけで皆して。ムカつく。サイテー。そういうの嫌い、死ねばいいのにそんな奴」
すると、柳の隣でカレーライスの皿にスプーンを置いた小さな女の子が、口を尖らせて小さな声ながらもハッキリと呟いた。その歯に衣来せぬストレートな言葉使いに驚く。目が合うとハッとして俯いてしまう姿が小動物のようだ。
「……だから!!守ってやれって蓮ちゃんが!!」
「だからな……何故その結論に辿り着くのか、いい加減に納得出来る説明をしてくれないか木村よ」
「えぇ〜?だから蓮ちゃんのデータがあれば無敵だろ?そんでカッコイイとこ見せて美人編入生をゲットだぜぇ!なんつって」
「…っつうか!さっきから煩いんだっつの!お前は!」
が、そのまた隣で金髪くんが前触れもなく突拍子もない事を言い出し始めて、一度は静かになった小動物ちゃんが堪らず突っ込みを入れる。少々男の子っぽい物言いがデフォルトなのだろう、華奢でか細い印象とのミスマッチさがかえって可愛らしい。
「俺蓮ちゃんに守ってもらえたら惚れちゃうけどなぁ〜!あ、真田くんでもいいけど!」
「なぬ…!?馬鹿者!俺が貴様を守らなければならぬ道理など無いわ!」
「…うっわ。木村ってそんなキャラだったの?イケメンなのにウザキャラ?」
「え〜ブンちゃん酷い〜!」
「ブンちゃん呼ぶなよ!ウザいうえにキモい!」
「まぁまぁまぁ…。皆さん、だいぶ本題から話が反れてしまっていますね」
と、人数がいればいる分、話があっちこっちに飛ぶ。賑やかに紡がれる会話にこういった軽口の応酬に進んで参加するタイプではない柳生が苦笑い。まぁ、本題も何も、別にテーマを決めて話していた訳ではないのでいいじゃないか。
それよりも人の輪が自然とまた人を呼ぶこの感じが、なんだか懐かしくてとても心地良い。群れるのは好きじゃないと言いながら、妙な勘繰りや気負いもなくいられる、皆がそういう顔を浮かべていられるこの暖かい雰囲気は好きだ。
自分がこの輪の中にいる不思議。そういう事になってしまった不思議。誰も説明してくれない、その不思議。
それでも……。
嬉しさを感じてしまうこの気持ちも、確かなこと。
「……うん、大丈夫そうかな」
そう思ったら、その言葉は自然と口から零れ落ちていた。
「え?大丈夫って、何が?」
「んー?」
独り言のように呟いた言葉だったが、聞こえていたらしいゆかりちゃんが顔にクエスチョンマークを浮かべている。
「皆がいてくれるから、もう大丈夫」
何度あんな目に合おうが、どんなに赤の他人から疎まれようが、今の自分にとって一番近しい人たちにこんな風に囲まれていれば大丈夫かもしれない。自分は、強くいられるかもしれない。
………例え、今の私がどんなに異質だとしてもね。いつだって現実は受け止めるしかない。変えられないのなら、せめて受け止めて生きていくしかないのかもしれない。……それは辛いことだけど。今はそう思わないと、生きていけない。
「……腹括ったのぅ」
一瞬心の中を読まれたかと思ったその言葉に、仁王の方を咄嗟に見る。奴はお茶が入ったコップを口元に付けその釣り上げた口の端を隠しながらも、不敵な笑みを浮かべていた。鋭く切れ長な彼の眼に煩くなっていく心臓を感じながら、私は返事はせずに、また曖昧に笑う。
アンタへのこの気持ちをどうしようか、その答えはまだ出せてないけどね。
next…
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ネコの尻尾。