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ネコの尻尾。
【21/50】
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21.
迷子の子猫。



今日は子供と良く触れ合う日だ…。


「……大丈夫?お母さんいる?」


と、心の中で呟きながら不安気に彷徨う幼子を放ってはおけずに、堪らず声を掛けた。


「……母ちゃんいない」

「はぐれちゃったの?」

「ううん、いないの」


えっと………それは一体どういう事であろうか。まさか父子家庭の子とか?首を傾げて眉尻をゆるゆると下げる男の子に釣られて、自分の首も一緒に傾いて行く。

迷子、であろうな…コレは。病院を後にして自宅最寄り駅へと帰り着いたのがつい数分前、人が行き交う駅構内で所在なく立ち尽くした小さな男の子が目に入った。あまりにも悲壮な顔をしているのが可哀想で…。自分のことで忙しいのか、周囲の人間が知らぬふりを決め込んでいる様子に腹が立ったこともある。


「じゃあ、お父さんは?」

「父ちゃんもいない……」

「はぁ……じゃあ、ここまで一緒に来たのは誰かな?」

「マサ!!」


"まさ"とは………名前、だよね。母親も父親も、まさか本当にいない訳ではあるまい。それ以外の身内に連れられて此処まで来たのだと、やけに自信気な男の子の口振りに私は勝手にそう解釈した。


「じゃあ、その"まさ"は何処行ったの?」

「知らーん」

「そう……知ってたら迷子なんかなってないか」

「ちがぁーう!!マサが迷子ー!!」

「あはは、これは失礼しましたっ」


続けて質問をすれば、口を尖らせて剥れた男の子が小さく反抗するのが可愛らしくてつい笑いが漏れる。


「電車に乗って来たのかな?」

「ううん。乗りたい言うたら、ダメじゃ言われたぁー」

「そっか、それは残念だったね」


男の子らしくやはり乗り物好きなのか。今度は不服そうな顔で一丁前に眉間に皺を寄せた彼に再び笑いつつ、脳裏では彼が迷子となってしまった経緯を推測する。

各線との接続ポイントであるこの駅舎は、比較的前後の駅よりも敷地が大きく商業施設も多い。その中でもメインストリートとなっているこの場所は飲食店から始まり服飾、本屋、ドラッグストアなど、各店舗が東西南北に広がっていて乱雑に入り組んでいる。電車に乗るつもりが無かったのなら買い物中に連れ添いの保護者とはぐれてしまった、というのが妥当な線だろうな…。


「じゃあ、君の名前は?」

「アキだよ!!」

「アキくんはいくつ?」

「いつつー!」


名前と歳を聞くと顔を勢い良く上げてハッキリした口調で名乗り、掌を大きく広げて見せた。目を大きく開いて笑顔を作ったアキくんが、まだ思った程大きなダメージは受けていないように感じられてホッとする。


「じゃあアキくん、迷子の"まさ"を探してもらいに行こうか」

「マサ見つかるー?」

「大丈夫、任せといて」


とはいえ、私に出来るのは構内でこの子を保護をしてくれる場所に連れて行くことだけなのだが…。
左手を差し出して言えばぎゅっと力一杯握り締められて、私は再び弱気な顔になりかけたアキくんに強く笑って見せた。

とりあえず近くの飲食店で迷子の保護をしてくれる場所は無いかと聞いて、駅舎の外れにある事務室を教えてもらう。私がお連れしましょうか?と、ウェイトレスのお姉さんが申し出てくれたが、自分の遥か下方の小さな瞳と目を合わせれば口を真一文字に締めたアキくんが握った手に更に力を込めた。答えるように握り返し口元を緩めて、今から向かうという事前の連絡だけ入れてもらうようお願いする。

ただでさえ知らない人だらけの中で独りきりでは不安だろうに、コロコロ対応する人が変わっては可哀想で、気が紛れるようにと繋いだ手をブラブラ揺らしながらアキくんと一緒に事務室を目指して歩き進んだ。ふとした瞬間に眼下を見下ろすと、私の視線に気付いて笑顔を零す人懐っこいアキくんを可愛いと思いながら少し恐くもなる。この調子で誰にでも懐いてしまうようなら、変な輩にいつ攫われてしまっても可笑しくない。親は一体何をしてるんだと、私は胸の奥で呆れてしまった。


「坊や、お名前は何ていうのかなぁ?」

「アキー!!」

「上のお名前は?」

「上ー?」

「苗字……って言って通じるかなぁ?うーん…アキくんもう一つのお名前は?」

「おれの名前は一つしかないよ!」

「だ、だよねぇ……」


辿り着いたそこでは、中年の駅員さんが一生懸命に問い掛けるもアキくんは此方が狙った答えをなかなか言ってくれない。そんな彼を前に、私と駅員さんは目を合わせて苦笑い。


「参りましたねぇ…」

「しょうがないなぁ〜。とりあえず服装と特徴、アキという名前で、放送かけてみますわ」

「それで保護者が現れなければ、どうなります?」

「そうだねぇ、此処でいつまでも保護しててもしょうがないし…駅構内から出てしまっていたら放送すら気付かない可能性もあるし」


と、思案顔の駅員さん。確かに…と私もその言葉には納得する。


「………警察、ですかね?」

「ですね。保護者の方も探しておられるでしょうし、何処にもいないとなれば事件性を疑って警察へ届け出る可能性も高いですから、そちらで保護してもらった方が良いでしょう」


先回りして言えば駅員さんも頷きながら同意を示して、私は溜息を吐いた。直ぐに見つかれば良いのだけど…。


「ねぇねぇ、けーさつ行くの?」

「え?あぁー……"まさ"がここに居なかったらね」


と、アキくんが私たちの会話を聞いて不安気に顔を歪ませている。


「けーさつって、悪いことした人が行くとこじゃなか?おれ、悪いことしとらん!!」

「うん、そうだね……でもそっちに"まさ"がいるかもしれないよ?」

「マサも悪いことしとらん!!」


何と言って聞かせればいいのか迷っているうちに、アキくんの顔がどんどん曇っていきその大きな目が途端に潤んでいく。小さい子にとっては警察イコール犯罪者、という方程式しか思い浮かばないのか、アキくんは怯えた顔で訴え続けた。


「っく……うぅっ……俺けーさつ行くんイヤじゃぁあ!!」


そして、ついには声を上げて泣き出してしまった。それまで募っていた不安も爆発したのだろう、大粒の涙を流すアキくんが可哀想になる。


「あぁー…よしよし!大丈夫、大丈夫だから。その前にきっと"まさ"が来てくれるって!」


パイプ椅子に並んで座っていたアキくんの肩を片腕で抱え込むように回して、掌でその頭を撫でてやる。堰を切ったように盛大に泣き声を漏らすアキくんはしばらく泣き止みそうも無く、とりあえず「大丈夫大丈夫」と私は繰り返した。

仕方ないよね…家族が迎えに来るまではきっと不安は晴れないのだろうし、泣いて嫌がったとしても駅員さんの言う通り警察へと行けば親も見つかるだろう…。嗚咽のたびに震える小さな体を半身に抱えて、私は再び溜息を吐いた。


ーーー


そうして1時間以上経ったろうか…。泣き疲れたのか、アキくんはいつの間にか私の太腿に頭を預けて眠り込んでしまった。まん丸くて小さいその背中をさすりながら顔を覗き込んでみると、頬には涙の跡がうっすら付いている。

こんな所に独りにされて、さぞ心細いだろうに…。声をかける前の、誰かを探してキョロキョロと一生懸命に首を振っていたアキくんの泣きそうな顔が脳裏に蘇る。その心情を思うと胸が痛んで仕方なく、私は彼の頭を撫で続けた。


「いやぁ〜来ませんねぇ」

「ですねぇ……」

「どうしますか?寝ている内に、警察へと向かいます?」


何度か迷子の放送を流してもらったのだがなかなか家族と思わしき人は現れず、駅員さんも困り果てている。スヤスヤと寝息を立てるアキくんの頭を撫でてやりながら、もう最後まで付き添う気でいた私は、その言葉に頷き掛けた。

しょうがない……。もしかしたら、そっちのが早いかもしれないし……。

と、その時。

彼の着ていたシャツが僅かに捲り上がり、洗濯表示のタグが見えているのに気付いた。本来の役割とは別の用途を成しているそれに、ハッとした。

軽く捲り上げて縦横2cmほどの白地のタグをよくよく見れば、アキくんのものであろうフルネームが油性マジックで記入されていて………。その名前に唖然とする。

そうか…"まさ"って……。

そして、先日ファミレスで丸井から聞いた話とアキくんの年齢とを比べれてみれば、ピタリと重なった。


「……ちょっと待って下さい」

「えっ?」

「この子の身内、分かったかもしれません」


そう言いながら私は床に置きっ放しにしていたバッグの中から携帯を取り出して、思いつくまま操作するとすぐに発信キーを押した。


next…

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