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ネコの尻尾。
【19/50】
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19.
どんなお菓子よりそれは甘く。



さ……
さ……
さ……
殺人級です………!


「うぅぅぅぅ………」

「ど、どうしたの杉沢ちゃん!?」

「可愛い過ぎて…胸が痛い………」


思わず左胸の心臓の当たりを鷲掴みにしてうずくまる私。目の前のキラキラと輝く生き物に、今は平常心でいられない……。


「かわいぃぃぃぃ………!!!」

「褒めてもらってスゲェー嬉しいんだけどよ、ちょっとうぜぇ、お前」

「だってだってだって……!!食べちゃいたくない!?」

「なかなか同意しづらいよそれ!」


年甲斐も無くはしゃぐ私に、呆れ顔のゆかりちゃんと丸井。そんな二人の視線など今この場に置いてはどうでもいい。


「ねぇねぇ、触ってもいい?」

「どうぞ」


丸井に向って懇願の目を向けると、もはや苦笑いで見つめられていてどっちが年上だよと自分で自分に突っ込みを入れるが、そんな事はこの際どこかに吹っ飛ばして、ベビーベットの中の小ちゃくて丸っこい手に自分の指をそっと伸ばした。無条件の反応なのだろう。人差し指を絡めると小さな指でキュッと握って、おまけに愛くるしい顔で笑ってくれる。やばい…涎が出そうだ。


「可愛いぃー………!」


そして、何度目になるか分からないその言葉を堪らず口にする。


「そんなに褒めてもらえると嬉しいわぁ〜」


と、そんな私の様子を見てか丸井のお母さんがベットから優しく赤ちゃんを抱き上げ、私の眼下へとその小さな身体を寄せてくれた。丸井とその子と同じ。大きくてまん丸い目をした、可愛らしいお母さんである。

そう。私は今、ゆかりちゃんと共に丸井家にお邪魔している真っ最中だ。

今日は日曜日、一週間後の定期考査に向けて休日の部活動が停止になるということで、せっかくの休みだからと私とゆかりちゃんは幸村のお見舞いに行く約束をしていた。テニス部に入部してもうすぐ一ヶ月だというのに、まだ部長である幸村と対面していないことにゆかりちゃんが気を効かせてくれたのだ。

病院に向かうその道中で、幸村へ見せようかと練習試合で私が撮った写真を持参して来たこと、その流れで先日のファミレスで仁王や丸井の弟くんの話になった事を彼女に話した。

そしたら、丸井家は幸村が入院している病院までの道中にあるというので、日曜日の午後イチだしもしかしたら家にいるんじゃないかと、駄目元で連絡を取ってみた。

すると久々に部活のない休日ということで遅い時間まで寝ていたらしい丸井は、寝起きのハッキリしない声ながらも私たちの突撃訪問を快く受け入れてくれたのだ。


「いや、ホントお世辞抜きで可愛いです!この大きい目、丸井くんにソックリ」


そうして生後八ヶ月だという、まだまだ赤ちゃんの粋に留まる丸井の弟くんにお目に掛かれる事になったという訳だ。


「ははっ、確かに同じ形ね。この子はね、銀太っていうんです」

「可愛い名前ですね!あ…マーマレードボーイですか?」

「あら!よく知ってるわねぇ!そうそう、あの漫画大好きだったのよ」


可愛らしく、まるで少女のような丸井のお母さん。丸井を産んだのだからもっともっと上の年齢のお母様を想像していたが、まだまだ三十代といった風貌で見た目だけなら私の実年齢と同じくらいかと思うほどに若い。っていうか、丸井やゆかりちゃんより私のが歳近かったりして…。

いやぁ〜そりゃお父さんもまだまだ頑張っちゃうよねぇ…なんて、中学生が発するには破廉恥で下品極まりない感想はけして口に出来ない。


「抱っこしてみます?」

「え!いいんですか?」

「構わないわ、うちの子人馴れしてるし」

「じゃあ少しだけ……銀太くーんお姉ちゃんのとこ、来る?」


丸井のお母さんの腕の中で大きな瞳を爛々とさせている銀太くんに目を合わせて言いながら、慎重にその柔らかい身体を受け取り胸に抱えた。小さくてもしっかりとした重みを感じさせるその身体、腕から伝わる暖かい体温が心地良くて幸せな気分になる。

ホント、可愛い…。


「へぇ…ママ以外に抱かれても泣いたりしないんだね」

「そうそう、コイツ女好きだからさぁ」


白くてきめ細やかな、その初々しいほっぺを指で突ついている丸井も、歳の離れた弟くんにゾッコンのようだ。

自分にも兄がいる私、それも十も上の。考えてみたら丸井と銀太くんも似たような年齢差だと気付いて、私も兄にこんな風に見つめられていたのかな…と想像すると不思議な気持ちになる。

そして、愛情がたっぷりこもった丸井の目は、普段から部内でも騒がしくしているヤンチャ坊主な彼とはまた違った一面を感じさせた。


「えぇ〜こんな小さい時からそういうのあるんですか?」

「それがブン太の言う通りなのよ!女の子に抱っこされるの、好きみたいでねぇ」


私の腕の中、体重を預けて胸元にピタリと頬寄せた銀太くんを皆で眺めて、こんな小さくても既に男女の区別がつくものなのかと私もゆかりちゃん同様に驚いていると、目が合った銀太くんが不意に笑ってくれた。ふわりと柔らかく、何とも愛くるしい笑顔を見せた彼に私はもうメロメロだ。


「あーカメラ持って来るんだったなぁー」

「何だ、今日はコイツ撮りに来たんじゃねぇのかよ」

「家出た後だったんだもん、お邪魔しようって話になったの」

「じゃあ携帯で撮ってあげようか!鞄から取ってもいい?」


ゆかりちゃんの言葉に頷いて、久々に撮られる側に回る私。被写体としてではなくても、めでたく銀太くんとのツーショットをゲット出来ただけで今日は満足だ。


「あら………寝ちゃうかしら?」


と、そうこうしてる内に腕の中で銀太くんが小さな唇をめい一杯開けて、大きな欠伸を零した。


「そうですね、目がトロンとしてますね」

「抱き方が上手なのねぇ、きっと。もしかして、杉沢さんはお子さんいらっしゃるのかしら?」


と、それまで銀太くんにひたすら夢中だった私だが、丸井くんのお母さんの言葉には耳を疑う。


「あー………あの、居ないです…っていうか」


………いや、もう慣れたけどサ。


「あははははははッ!!こど、子供って…!あははははッ!」

「丸井くん…!笑い過ぎだよ!杉沢ちゃんに失礼でしょ!?」

「えっ…!?わ、私何か変なこと言ったかしら!?」

「ひぃーっ…は、腹いてぇ…!!母ちゃん!コイツ、俺と同い歳だから!」

「やだぁ!ホントに!?私、てっきりテニス部のコーチの方か顧問の先生なのかと…!」


盛大に笑い出した丸井にはちょっとムカつくが、驚きを隠せない丸井のお母さんや慌てているゆかりちゃんにはもはや申し訳なくなる。

うん…そりゃやっぱりね…。流石に制服も着てないとなるとさ、誤魔化しが効かないんだよね、二十代も半ばを過ぎると…。


「ごめんなさいねぇ、あんまり大人っぽいもんだから!」

「いや!私老け顔なんで、慣れてますから」


自分で言ってても悲しくなる。なんて、中学生という今の身分を鑑みればそれも致し方ない。

これでも精一杯の努力はしたのだ。年齢相応な格好はする訳にいかないし、かといって中学生らしさを全面に押し出しせば歳が行き過ぎていてホントに本気でビックリするぐらい似合わないのだ。完全に浮く、顔だけ。

無地ワンピースにパーカーと無難に済ませたが、やはり歳には勝てないのか…。

しきりに謝って下さった丸井くんのお母さんに心から申し訳なく思う私の腕の中、そんな騒ぎもどこ吹く風で眠り込んでしまった銀太くん。起こさないようにそっとベビーベッドに寝かせると、私とゆかりちゃんは頃合いを見計らって丸井家を出ることにした。

当初の目的は幸村のお見舞いなので、あまり長居する訳にもいかない。


「あ!待てよ!俺も行くっ」


と、何も予定が無くて暇を持て余していたらしい丸井も加わって、予定より一時間遅れでようやく私たちは幸村の元へと向かった。

next…

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