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ネコの尻尾。
【13/50】
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13.
蒼い瞳に魅せられて。


翌日が日曜の夜。

夕飯後の後片付けをしていると、ガラステーブルの上で携帯が鳴った。

片手に泡だらけのスポンジを持ったまま、もう片方の手だけを拭いて携帯を覗き込みに行く。登録された連絡先の多くが不通となっている今、それを鳴らす人物は限られている。脳裏に思い当たる人物を数人浮かばせながら、左手の指先で画面をタップした。


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差出人:笹原ゆかり
20XX.06/XX 19:56
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<本文>
お願いがあるんだ
けどー!(´・Д・)
明日おにぎり作っ
て来て欲しいー!

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明日のお昼……のことだろうな。やっぱり、と思った差し出し人からのメールに、直ぐに日中に交わした彼女との会話が思い出された。

立海男子テニス部の練習は休日でも…というか、むしろ休日だからと言わんばかりに午前中から夕方までみっちり行われている。

当然昼食は各自持参となっていて、毎回のようにコンビニで調達していた私だったが、部員の皆が揃いも揃って家族の手作り弁当を持って来ているのを見ていたらちょっと羨ましくなった。だから、明日は私もお弁当作って行こうかなぁ…なんて話を今日の帰り際ゆかりちゃんにしていたので、そのお願いもごく自然な流れにも感じられた。


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差出人:杉沢透子
20XX.06/XX 20:06
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<本文>
いいよー。
何個ぐらい?

ーーーーーーーーー


まぁ……女二人分だし。せいぜい五〜六個?多くても八〜十個くらい作れば間に合うか………


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差出人:笹原ゆかり
20XX.06/XX 20:08
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<本文>
30個!!!
\(^o^)/

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……………え。


…と、思ったのに。予測の範疇を越えた数字に、思わず、泡だらけのスポンジを落っことした。


「………私たちだけのじゃ無かったんだね」


翌朝。昨夜交わしたメールを脳裏に呼び起こし、肩から下げた特大トートバッグをビニールシートの上に降ろしながら溜息混じりに私は言った。おにぎり30個なんて何事かと思いきや…。


「ごめんごめん!前もって言うの忘れてた〜!練習試合の時はいつも用意するの」


同じように大きなスポーツバッグを降ろしながら、ゆかりちゃんがごめんのポーズで苦笑いする。彼女の話によれば、特定して誰に渡すという訳ではなく昼時や試合の合間に部員や他校の選手たちが摘めるよう、毎回有志で用意しておくのだとか。

一人暮らしのくせに五合炊きの炊飯器なんか買って無駄だったとずっと後悔していたが、こんな所で役に立つなんて…。それでも一度の炊飯だけでは到底間に合う量ではなく、更に海苔や具材の買い出しを余儀無くされて大慌てでスーパーへ行き、ひたすら米を研いで夜が更けた。

早朝から30個分ものおにぎりを握りながら、そういえば誰かの為にこんなことをするなんて久し振りだということにも気付き、妙な気分になった。


「おはようございまーす!」

「おはよー!うわっ実希子…すごい量持って来たねぇ!」

「へへ〜、杉沢輩のおかげで負担が減りましたから!ちょっと凝っちゃいましたよ〜」


間もなく両手に大荷物を抱えて合流した高坂ちゃんは、得意気な顔で笑うと直ぐさま荷物を漁り、幾重にも重ねられたタッパーを取り出してその一つを開ける。


「わ!レモンの蜂蜜漬け!」


……懐かしい!と、思わず口にしそうになって慌てて胸に留める私。遠い昔にお母さんがバスケ部だった兄の為によく作っていたのだ。


「これ好き!」

「食べます?」

「いいの?」

「あと三つもあるんで」

「じゃあ遠慮なく!」


と、その甘酸っぱい香りに嗅覚を刺激された私は、ついつい我慢出来なくて高坂ちゃんに差し出されたタッパーから一切れのレモンを摘み上げて口へ入れた。


「んーおいしいー!」


途端に甘さと酸味が口いっぱいに広がる。少し甘さ控えめなのは、男子部員たちの事を考えたのだろう。


「良かったぁ!初めて作ったんですよー!」

「単純だけど作る人によって味変わるよね、こういうの。高坂ちゃんの絶妙〜」

「この子料理上手いんだよねぇ、こう見えて」

「こう見えて、は余計ですよ笹原先輩!」


私に続き、同じくレモンを口にしたゆかりちゃんがからかうように言うと、高坂ちゃんが口を尖らせて拗ねる。

そんな反応が可愛いから、やれ今まで脱いだ制服を畳んだ試しがないだの、そういえば寝癖は鏡で見える部分しか直さないだの、私にも見覚えのあるエピソードを交えながらゆかりちゃんと共にいじり倒した。

交流を重ねて共通の話題が増えていくと、こんな他愛もない話でも年齢の差など気にせずに笑い合うことが出来る。それは私にとってとても不思議なようであり、最近ではごく自然なこととなっていた。


「もーらいっ!」

「あ!ちょっとぉ!…手洗ったのアンタ!?」


と、ケラケラと三人して笑っていると、高坂ちゃんの背後からにょきっと手が伸びて来て、レモンを二〜三枚まとめて摘み上げた切原が口へと放った。

外周ランニングへと出ていた部員たちが戻って来たのだろう。切原の額にはじんわり汗が滲んでいて、その後ろでは息を切らした各部員たちが見える。


「んにゃ?今戻ったばっかだもん」

「最低ーッ!アンタだけじゃないんだからね食べるの!」

「皆いちいち気にしねぇって、んなこと!うるせぇなぁ〜!」


目を鋭く尖らせて切原を睨む高坂ちゃんと、その視線を邪魔臭そうに手で払い退けて眉を寄せる切原。私はそんな二人に口元を緩めた。


「ほんっと野蛮なんだから!今日の対戦相手の人達をちょっとは見習ったらどう!?」

「あぁ?てめぇこそ、そのガサツな性格なんとかしろよ!それこそ今日来る奴らに負けるぜ?女なのになぁ〜」

「なによソレ!…返せ!今食べたやつ返せ!」

「残念ながら、もうケツからしか出て来ねぇよ〜!」

「汚たない言い方しないでよも〜!」


……ほーら、また始まった。喧嘩する程仲が良い、なんて言葉がよく似合う。

と、いうのも、この二人は私がこのテニス部内で見つけた新たな萌えの対象だからだ。

何かあると直ぐに口喧嘩へと発展する高坂ちゃんと切原は、私が入部した時には既に周囲の皆の観察対象になっていて、柳曰く、ゆかりちゃんと幸村に次いで先行きが興味深い二人だ、とのこと。

お互いに恋愛対象として見ていてああなのか?と、柳に続けて聞いてみたら怪しげな笑みを浮かべて答えてくれなかったが、まぁ過去に何か決定的な事があったらしいとは察した。そう言われてからは尚更、いがみ合う姿すら微笑ましいと思ってしまうのだ。

そんな騒がしい2年コンビに苦笑いしつつ。私は腕時計に目を落とす。部員たちも戻って来たことだし、談笑はこの辺で切り上げなければならないだろう。

それに……そろそろ、かな?

今日は他校との練習試合。先日相手校の名前を聞かされた時には、胸の中で小さな興奮が湧き上がった。否が応でも反応してしまう辺り、私は腐ってもやはり、アレ、なのか…。

納得していようがいまいが、時が経つほど此処での生活にどんどん馴染んでしまっていく自分。そんな心境の変化が影響しているのか、素直に楽しみだと、そう感じられるのが不思議だった。


「……杉沢ちゃん?何してんの?ってか何ソレ?」

「超個人的な趣味用カメラ」

「……レンズでか過ぎじゃない?」

「うん、これ広角レンズ」

「はぁ…そうですか…って、杉沢ちゃん何を撮るつもりなの?」

「アレ」


そうなれば私ともあろうヲタ人間が、そうそう黙ってられるはずもない。トートの中から取り出したイカつい成りしたそのレンズを、ジャージの裾で丁寧に磨く私にゆかりちゃんがクエスチョンマークを浮かべている。

そして彼女の問いに端的に答えた私は、素早くカメラを構えて狙いを定めるとシャッターを切った。


「って、えぇー!?アレー!?」


そうです。
アレです。

ゆかりちゃんが驚くのを他所に、レンズ越しにその姿を尚も眺め続けて、内心では感嘆の声を漏らす。

いやぁー…
さすが、絵になるよ彼。


「久し振りだなぁ、真田」

「そうだな、今日は宜しく頼むぞ」

「で、荷物はどこへ?いつもの所で良いのか?」

「あぁ構わん、好きに使え」

「了解……オイ、行くぞ樺地!」


やべぇ、生跡部、超やべぇ。


「杉沢先輩、跡部さんのこと知ってるんですか!?」

「えっ?…あ、あぁー東京にいたから、私」

「噂っスか?まっ、あの人色んな意味で規格外っスからねぇ」

「ははっ……」


高坂ちゃんや切原の言葉に曖昧に返事を返しつつ、レンズから目を離した私は今度は肉眼でその姿を目に入れた。

いや、ホント麗しきお姿。
生跡部は、美しい。

真田に促されて立海敷地内へと入り込んで来た氷帝御一行様を眺めつつ、私の口元は些かだらしなく緩む。

懐かしい…立海登場前は狂ったようにのめり込んだ彼らがいる。毎日のように接することとなった立海の皆とは違い、この人たちにお目に掛かるのはまだまだ先かと思っていたのに。なんて、誰にも言えない興奮を胸に隠しながら、コート脇の小道を部室棟に向かって歩き進んで行く彼らを私は横目で追い続けた。


「………痛ッ!!」


そしたら突然、後頭部に強い痛みを感じて咄嗟に振り返る。


「な、何…!」

「見つめ過ぎ。そのうち、奴の背中に穴が開きよるぞ」

「……いいじゃん、別に。どうせ見られ慣れてるに決まってんだから、今更穴の一つや二つどうってことないよ」


どうやらラケットの縁で殴られたらしい。凶器を肩に担いだ仁王から意地悪い笑みで見下されて、私は痛むつむじを摩りながらも開き直る。


「へぇ〜杉沢ってあんなのがいいのか、意外とミーハーなのな」

「万人受けするモノは普通に好きな人間だよ、私」

「いや、その理屈合ってるかどうかよく分かんねぇんだけど…」

「アイドルとかアーティストに夢中になるのと一緒ってこと。…さっ!ご到着したってことはのんびりしてられないよねぇ」

「……とか言いつつ、首にブラ下げとるそれは何じゃ」

「いつ何時シャッターチャンスが訪れるか分からないじゃない」

「杉沢ちゃん、一体何枚撮る気なの…」


私の気が済むまで。

なんて、言葉は敢えて口に出さずに、口を閉ざしたまま含み笑いをしたら、皆から一斉に気持ち悪がられてしまった。


next…

【13/50】
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