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ネコの尻尾。
【12/50】
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12.
壊れかけの心。



「ズームとフェードアウトはここ、一時停止はこっちで停止ボタンはこれね。ま、停止の後でもシャッター押せばすぐ再開するし……分裂はするけど。まぁ、このまま撮りっぱでも軽く2〜3時間はもつから」

「ふむ、成る程」


三脚に立てた一台のカメラを前にして、指差し確認でもするかのように一つ一つ順を追って説明する。柳はそれを確かめるように、私に習って一通り自分の指で動かしてみると納得したように頷いた。さすが。頭の回転が速くて飲み込みが早い。


「じゃ、部活終わりにまた声掛けて。キャプチャー……データの移し方教えるから」

「部室のPCで可能か?」

「ネット繋いでるんだよね?出来なきゃ解像ソフトダウンロードするよ、無ければ一応ソフトも持って来たからインストールする」

「有難い、助かるな。自宅でも再生可能なのかが気になるのだが……。一般的なPCでもいけるのだろうか」

「うーん……それは機械のスペックにもよるから……。PCってパッケージ品だよね?自分のアドレスに送って自宅で開いてみれば?出来なかったら、ダウンロード用のURL教える」

「そうだな…確か部室のPCからそのまま送信出来るはずだ。再生さえ出来れば、ディスクへの書き出しはこちらでやれる」


ノートに鉛筆、なんてイメージが強くて完全アナログ人間なのかと思いきや、柳はそれなりにメカにも強いらしい。難しい説明いらずで、すんなり理解を示してくれるのは助かる。中身のセッティングこそ今日は私が行ったが、ちゃんと教えたらその内勝手に一人で出来るようになってしまいそうだ。

今私と柳が前にしているのは、ハイビジョン動画を撮影可能にしたデジタル一眼レフである。これ一つだけでCMでも映画でもPVでもそれなりのモノが作れてしまう程、鮮明な画を映し出す逸材だ。

静止画なら1コンマ毎に約8コマの連写が可能、形式を選ばなければ最高で1秒126枚の連続撮影が出来る。そのコンパクトさからカメラを構えたまま走り回っても至る場面で小回りが効くので、余程大掛かりでなければプロの現場でも使用される頻度も高い。


「くれぐれも壊さないようにだけ、お願いします」

「了解した。赤也と丸井には触らせないようにしよう」

「……頼みます」


頼もしいのか案外楽観的な性格なのか、非常に読み取りずらい表情で再度頷いた柳に、とりあえずその場は安心して私は彼にそれを託した。

10万以下と本格的な機材の割には比較的価格が手頃なこともあり、同じメーカーの最新型なんかは家庭用として使う人も多いらしいそれ。操作も至って簡単だし…あとは任せても大丈夫だろうと判断した私は、自分の持ち場へと戻る為に逆サイドのコートへと駆け出した。

私がこんなもを持ち出してきたのは、数日前のゆかりちゃんの些細な一言がキッカケになっている。

『最近精市くんがさぁ、ゲームメイキングとか、その辺のチェックしたがってるんだよねぇ』

授業の合間の休み時間、週に二、三度は幸村のお見舞いに行っているという彼女の話を聞いていた時のこと。病室に缶詰め状態で暇を持て余しているようだという他愛ない話から始まり、部長としては部員たちの様子が気になって仕方ないんだろうと、ゆかりちゃんは苦笑混じりで言った。

その後の部活で、ではスコアや口頭では伝えきれない情報をどう持って行くかについてが議論となり、手っ取り早く動画に起こしてしまえば?という私の提案に皆が乗っかった形である。

携帯やデジカメで撮れば良いんじゃないかという話にもなったが、じゃあそれを撮るのは誰がやるんだとか、あのだたっ広いテニスコート内で長時間撮影するにはどうするんだとか…。そんな話の流れから、一度起動させたら手放しで何時間でも回していられる私の愛用品であったソレを、わざわざ固定用の三脚と共に持ち出して来たのだった。

昨夜自宅でそれを準備していた最中は、カメラの内蔵メモリに入れっぱなしだったデータを整理しながら、また少し気分が沈んだのは言うまでもない。皆に見られては困る画ばかりの数十枚もの画像や、編集前の素材たち。

私が生業にしていたモノの片鱗が見え隠れするそれらを前にして、ここ最近薄れかけていた昏い影が再び自分の中に再発するのを感じ、久々に酒が進んだ。先ほど柳に取り扱い方の説明をしている間もそれは同様で、年下の若い少年を前に自分が指示を出すその光景が、いつの日かの思い出と重なって何のデジャブかと胸が締め付けられた。

とはいえ。今の自分は今の自分で曲がりなりにも役割を与えられ、自らの口から『やる』と宣言してしまったのだから、無責任なことは出来ない。

いくら酒が恋しかろうとも、翌日の早起きのことを思えば控えられるようになったし、授業が終わって尚、たった二時間でも三時間でも体を動かすだけで一日の疲労度はまるで違う。やはり何もしていない時期に比べると一日の進む速度が確かに早くなったと感じ、布団へ入ってから眠りに落ちるまでの時間も短くなった。

変に酒で誤魔化すよりよっぽど健康的な睡眠が取れていることに、今では誘ってくれたゆかりちゃんに感謝さえしている私は、部活が開始されて間も無いというのに既にスッカラカンになったドリンク容器を見て苦笑し、それを胸に抱えた。


「ドリンク補充して来まーす」

「あ!杉沢先輩!ちょっといいですか?」

「ん?」

「すみません!向こうの方に号令掛けてから行ってもらえませんか?」


誰にともなく申告すると去り際に高坂さんに呼ばれ、顔の前に片手を立てて申し訳なさ気に頭を下げた彼女から小さな小笛を渡される。向こう、とは一年生サイドだろう。

了解の意味を込めて軽く手を上げた後、チラリとホワイトボードを見やって書き出されたメニューを確認すると、抱えた容器を一度床に下ろした。初々しい集団に近付いて笛の音と共に次のメニューを言い渡したら、「ハイ!!」という威勢の良い返事が返って来てこちらまで清々しい気分になる。

既に先輩方から数々の教育を受けているのだろう、私なんぞがどうこうしなくても彼らは立派に統率の取れた動きを見せてくれる。実に素晴らしい、さすが強豪校。

運動嫌いが災いして、学生時代はスポーツなどとは一切無縁で過ごした私。それこそスポーツといえば、テニプリを始めとして、赤髪リーゼントが主役の某バスケ漫画や、長年連載が続いていてプロもファンになるほど大人気の某サッカー漫画など、紙面で楽しむモノでしかなかった。

けれど、そんな物語に夢中になれたのは、心の何処かでやはり羨ましさがあったからに違いない。とてもじゃないがそれを体感出来るような能力も度胸も無かった自分は、汗を流して身体一つで勝利を勝ち取っていくその熱い姿に、きっとずっと憧れていた。

だからだろうか……真っ当なこの世界の住人では無く偽りだらけの身分なのに、この輪の中に身を置いていることが自分でも意外なほど嬉しいと感じている。先輩、と、こんなに大勢の下級生から呼ばれた事も今まで無かった私は、それがなんだか気恥ずかしくもあり、やはり嬉しくもある。

そんな想いと、部員たちの元気な姿に自然と口元が綻ぶのを感じながら、私は今度こそコートを後にして給湯室へと足を急がせた。今日はこの後で部室の掃除をしなければならないので、ありったけの量を作り置きしてコートへ放置しておく予定だ。

つまらない干渉なんてしている暇は無い。部室棟一階に設けられた給湯室で、私はしこたま粉末ドリンクを溶かし続けながら、今日一日の自分の仕事を脳裏に並べた。


…に、したって重い。
重過ぎる…。

満タンにしたドリンクの大型容器を両手にぶら下げた私は、痺れる二の腕が我慢ならなくて一度それらを地面に置くと大きく息を吐いた。体力なんて元々無い上、年が年だけに後は衰える一方みたいな肉体では、ただこれだけの単純作業ですら堪える。

なんでトリップまでして私には若返りのオプションは付かなかったのか……毎度毎度セオリー通りのシナリオを進まされている癖に、何もこんなとこだけ特別感出さなくってもいいじゃない…。なんて、誰にも言えない愚痴が出てしまうのは致し方ないだろう。

「よいしょっ」なんて年寄りくさい台詞と共にようやくコートに辿り着いた頃には息も切れ切れ、腰に手を当てて上半身を軽く後方に伸ばしながら、ふと一年生たちがボール拾いをしている様子が目に入った。ラケットを器用に動かして地面からボールを跳ね上げると、そのまま次々にカゴを目がけて打っている。さすが立海、抜群なコントロール力に思わず感嘆。


「ねぇねぇ、ちょっと君」


そして不意に思いついて、その内の一人を捕まえる。


「それ、どうやるの?」

「え?何がっすか?」

「その、ボール拾うやつ」

「あぁ!こうですよ、こうやって、こうして、ほら!」


まだまだあどけない顔をした可愛らしい少年は、私の意図する所を読み取ってくれたのか丁寧に教えてくれた。ワン、ツー、スリー、でいとも簡単にやってのける彼の動作に、狙い定めて打つのは無理でも、これぐらいなら私でも出来るんじゃないかと、変な自信が湧いた。


「どうぞ!やってみて下さい」

「ありがと、えっとこうして…こうで……あれっ」

「…先輩、テニス経験は?」

「ない!…んー…おっかしいなぁ」


が、所詮それは根拠の全く無い自信である。優しい少年が貸してくれたラケットを見よう見真似で動かしてみるも、上手いことボールが跳ね上がらずに悪戦苦闘。


「どうりで、ヘッタくそじゃの」


同じ様にやってるつもりなのになんで……と首を捻り、眉間に皺が寄るのも構わず半ばヤケクソになって腕を動かしていたら、突如背後に誰かの気配を感じて同時に右手首を強い力で掴まれる。


「そげん力を入れんでええ、軽くでいいんじゃ」


右耳後方でそんな言葉が聞こえたと思ったら、抗う間も無く操られた自分の右腕によって、吸い寄せられるように地面からボールが浮き上がる。やがてそれは無駄無く美しい軌道を描いて、右手と同様に操られた左手の掌にキレイに収まった。

手の甲には自分よりも一回りも二回りも大きい、誰かの手の感触。背中には僅かな隙間を開けて貼り付いている男性特有の胸板。


なっ………!?


「何をしとん、おまんは」


と、思った瞬間。ふわり、と柔らかい動作で私の両手首から手を離し前方へと回り込んだその男は、呆れているような小馬鹿にしているような顔をして、意地悪く口元を歪めていた。

な、何を………?そんなの、こっちの台詞ですけど…!


「仁王先輩!」


傍らでは一年坊主が嬉々とした声を上げる。仁王は「お前…ちょっと背伸びよったか…?」などと、後輩を前に普段あまり見ることの少ない先輩らしい表情を浮かべていた。

かくいう私は、突然降って湧いたこの状況に固まっている。何、何なの、この少女漫画的な展開。何のフラグよ、こんなとこまでお決まりのセオリー通りにレールが敷かれている訳?っつか、手握られて固まるとか、一体いくつだ私は…。自分の年考えろって…!


「……杉沢?」


名前を呼ばれて、我に返る。
今、顔を見られたらヤバい。


「ありがとコレ。引き止めてゴメンね、練習戻っていいよ」


とりあえず俯いたまま目線だけを動かしつつ、握りっぱなしになっていたラケットを少年に返してコートへと送り出す。その流れで仁王に背を向けて、地面に未だ無数に転がっているボールを拾おうと膝を曲げた。


「無視か」

「痛ッ!!」


身を屈めようとする途中でラケットらしき物で頭を叩かれ思わず声が出たが、どうにかその衝動にも堪えてそのまましゃがみ込んだ。仁王の存在に構わず、地面を睨みつけた私はひたすらボールを拾いまくる。が、しかし。……しまった。カゴが、カゴが無い。


「で、そのボールをどうする気じゃ」


うん、確かに。と頷きたかったが、他にどうしようもなく手にしたボールの行き場に困った私は、自分のジャージの身頃を引っ張ってカンガルーの如くそこへガシガシ溜め込んでいく。


「はぁ…さっきから何ね」


と、返事を一切寄越さない私に流石に痺れを切らしたのか、やや不機嫌そうな声色へとトーンダウンした仁王が隣にしゃがみ込んで、顔を覗き込まれそうな気配がした。ので、入れ違いになるように即立ち上がる。

咄嗟に離してしまったジャージからはバラバラとボールが零れ落ちて、せっかく集めたそれは呆気なく足元に散らばった。


「じゃから!何しとん!」

「そっ、そっちこそ何なのよ一体!」

「喧嘩売られとるようやしの、素直に買っとるだけじゃけぇ」

「だ!?誰がいつ!?」

「おまんが今ここでの!」


地面に跳ね返ったボールが脹脛や足へと幾つもぶつかる中、同じようにその被害に合ったであろう仁王が、堪らずといった様子で勢い良く立ち上がる。

分かっている、彼が理不尽に思っているのは分かっている。けれどそこは何とか勘弁して欲しい私は、仁王から顔を背けるように背中を向けた。だが、今度こそそれを許さなかった彼に肩を強く掴まれ半身を捻るように振り向かされた私は、内心で悲鳴を上げた。


「ったく!面倒なことさせんでく…………」


珍しく感情的な物言いで不快感を率直に表していた仁王だが、やがてその口が止まる。


「杉沢?」


私が、手の甲で自分の顔半分を覆っていたからだろう。


「………はっ!」


そして彼は笑った、鼻で。


「ははっ………」

「な、なに」

「……くくっ…その顔」


一回りも下とはいえ男の力に叶うはずも無い。力ずくでこの情けない顔を暴かれた私は、何も言い返す事が出来ずに眉間に皺を寄せて顔を歪ませる。いっておくが、オバちゃんは若い子に手を握られるなんて慣れていないんだから…!


あぁ…もう…恐い。中学生にときめいちゃった自分が恐いよ…。


「で!?アンタ何か用があって来たんじゃないの!?」

「おぅ、そうじゃった。おまんが持って来たカメラ、赤也が倒しよって動かんくなった」

「な!?それを早く言いなさいよ馬鹿…!!」


ついでに飄々とした顔で意地悪く笑うこの男が、恐い。


next…

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