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ネコの尻尾。
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11.
借りて来た猫。



それから間も無く、私が嫌で嫌で仕方なかった戦いの火蓋は切って落とされた。そして、呆気なく鎮火された。


「いやー!残念だったね!しょうがないよアレは、しょうがない!」

「杉沢ちゃんってば……言ってる事と顔が真逆なんだけど」


第一試合を終えて教室へと戻る道中、晴れ晴れとした気持ちを隠せずに笑みを浮かべる私。


「あれズルいよー!ブランクが違うブランクがぁ!」

「ブランクって、ゆかりちゃん元バレー部?」

「うん小学校でね…あぁー悔しいぃー!仮にも私スタメンだったのにぃー!」


そんな私とは対象的にゆかりちゃんは試合に負けた悔しさで口を尖らせていて、可愛らしいその仕草に私の口元は更に緩んだ。

立海の球技大会は生徒数も多いこともあって、男女それぞれ種目が二つに分かれている。私たちは、つい先程バレーボールの部の一回戦で1年生クラスと当たり、ゆかりちゃんを初めとするクラスメイトたちは余裕綽々であったにも関わらず、つい数ヶ月前まで現役バレー部でしたぁ!みたいなピチピチの後輩たちにボロ負けして来たのだった。

私はといえば開始早々に運動音痴を見抜かれて相手チームのアタッカーのいい標的になってしまい半ベソ寸前、開始5分も立たずに交代を余儀無くされた。こちらとしては願ったり叶ったりなので、そんな事にも負けた事にも悔いなんて微塵も無い。

どうやらバレーボール大好きっ子だったらしい彼女は仕切りに愚痴を零していたが、やがて教室に辿り着く頃には「確かにお世辞抜きであの子たち強かったケド」と溜息交じりだが納得の表情を浮かべていた。


「どうする?財布も持ってく?」

「んー…必要?」

「そうだなぁ〜今日は海風館の食堂ずっと開放してるから、好きな時にお昼休憩出来るよ」

「じゃ、持ってく。ってか、札だけ抜いて行こ」

「…それ親父くさっ!」


置きっ放しにしてあった携帯を取るついでに、教室後方のロッカーに仕舞ってある財布から紙幣だけを抜いて四つ折りにし、ペンケースの中に入っていたクリップで適当に留めたらゆかりちゃんに笑われた。かさばら無いし、いい案じゃないか。

ポケットが膨らむのがイヤなんだと言い訳したら、馬鹿にしたくせに真似したいとゆかりちゃんが言い出したので同じクリップを一つあげて、私たちは再び教室を出た。

試合待ちの生徒や、私たち同様に既に試合に敗れた生徒たちが教室や廊下にポツポツと点在し、一歩校舎の外に出れば体育館へと続く中庭は多くの生徒で賑わっている。


「文化祭みたいだねぇ」

「えー?うちの文化祭はこんなもんじゃないよー!」


えぇーっと…海原祭だっけ?

なんていう呟きは脳裏に留めて得意気な顔のゆかりちゃんに相槌を打つと、その規模の凄さや催し物の派手さ、昨年テニス部では縁日を開き、綿菓子機を占領した挙げ句に練習と称して材料をスッカラカンにさせた丸井くんの話などを楽しそうに聞かせてくれた。


「今年はねぇー劇でもしようかと思って」

「劇?あのメンバーで?何でまた」

「面子がいいしファンも多いからさぁ〜、何やってもウケるでしょ!」

「…確かに」


それから何の題材にしようか、主役は誰にしようかという話を彼女が切り出し始めて花が咲く。


「ベタに童話とかがいじり易いのかな…」

「白雪姫とかやらせちゃう?なら、やっぱ女王の継母役は精市くんかなぁ」

「いや、部長だもん、敢えての主役とか」

「杉沢ちゃん、うちの部長ね…ドスSなんだよ。とてもじゃないけど白雪姫なんてピュアな感じじゃ………ん?いや?ちょっと待てよ、それはそれで面白いのか?」

「いいじゃん、白雪姫じゃなくて黒雪姫にしちゃえば?ってか部長って苗字、幸村だよね」

「くろゆきむら……って、そのまんま過ぎる!」

「じゃあー女王様は真田くんで。理由は女装姿が一番似合わなそうだから」

「鏡よ鏡〜とか言わせちゃうの?あの顔で?」

「鏡よ鏡〜この世で一番たるんどるのは誰かしら〜?、なんてね」

「ちょっ…!やばっ…!それイイ!」


ちなみに白雪姫の首を取り損ねる猟師役にはジャッカルで『このたわけがぁ!』とか言って制裁されたらいいな、とか、王子様役は切原で口付けにより目覚めたドS黒雪姫にがっかりされればいいな、とか。

こんな会話ならば以前の生活でもヲタ友達と共に何度もしていたので、案はいくらでも出た。

メンバーを明らかに小馬鹿にした様な提案や配役にも、ゆかりちゃんが盛大に吹いてくれるもんだから私も遠慮無く笑う。


「あ!小人その1だ!」


テニス部のマネージャーをやる事になって、名前と顔を認識しているだけでも成り立つような言い回しに気を付けながら久々に彼らをネタに大笑いしていると、ゆかりちゃんが笑いを零したまま前方を指差した。


「………俺んことか?」

「なかなかイヤな目付きの小人だよねー!」

「姫なんて助けたら、口説くか襲うかどっちかな気がする」

「チャラーい!!」


仁王は眉間に皺を寄せながら振り返ると、当然ながら話の内容が見えないで更に不可解な顔をした。


「いいんじゃないかな?チャラ小人って設定で」

「チャラ小人!王子様に成りすまして、かっさらうか姫を!」

「お前ら、何の話をしとるんじゃ」

「…っつ!」

「…痛ッ!何すんのよー!」

「人んこと呼び付けといて、いい加減にしんしゃい」


そんなことなどお構い無しで尚も大笑いしていると、一人会話に置いてけぼりのチャラ小人から二人同時に後頭部を叩かれた。

訳分からん話をしとるからじゃ、などと言いながら口を尖らせている仁王は拗ねているようにも見え、また二人して笑う。


「やっぱ目立つね、ソレ」

「…仕方ないじゃろ、アッチはもっと嫌じゃけぇ」


一頻り盛り上がり笑いが収まったところで不意に気が付いたそれを指差すと、仁王は自分の胸元を軽く摘まんで溜息混じりに言った。

集団でいると目立つが、ポツンと個体でいると殊更目立つマスタードカラー。


「テニス部は皆これ着てるよ、顔割れてるからね」


私の疑問にゆかりちゃんが補足説明をしてくれて、更に仁王が「いちいち叱られんのも面倒やし」と付け加えた。

立海の生徒達はみんな指定ジャージを着ない子ばっかりで、編入して初めての体育を受ける前日にゆかりちゃんから仁王からその他のクラスメイト達から「私服ジャージ忘れないでねー」と口煩く言われた私。

理由を聞くと、『ダサいから』と一言。

文化祭で作成したクラスTや部活動での揃いのユニフォームがある生徒は、そちらでも許可されるという甘い規則によって、大概の生徒がそれに紛れて私服で出てしまうのだとか。故に指定のモノは教室のロッカーに押し込められ、封印されてしまっている。


「雅治はその頭だもん、どこに居たって目立つし」


それなのに、テニス部専用のユニフォームを着用している仁王。それにはちゃんと訳があるようで、ゆかりちゃんはニシシと笑いながら言った。

その他大勢の生徒が多過ぎて教師達でさえ誰が何組で誰がどの部活に所属しているか把握しきれてない中、運動部として立海一の実績者である彼らは否が応でも際立ってしまうんだそう。同様に、赤髪の丸井、ワカメの切原、スキンヘッドのジャッカルなどは似たような理由で誤魔化しが効かないらしい。


「っつか、おまんらもテニス部じゃろが。なして着とらん」

「やだよ!悪目立ちするだけだし!」

「私、まだ貰ってないし」


そんな自由が効かないご身分の仁王様はその事が面白くないのか、再び口を尖らせて言うのでゆかりちゃんと共に即否定。私の頭の中では、コスプレの趣味は無いんです、と余計な突っ込みが浮かんでしまい曖昧に笑った。


「あ、これから試合?」


そんな立ち話をしてしばらく、不意に仁王の爪先が体育館へと向いていたのに今更気付いた。


「同じクラスなんに把握しとらんのか」

「無駄な情報は頭に入れない主義なんで…?」

「ほぅー仮にもクラスメイトで部活仲間の俺んことは無駄な情報と言うか」

「いっ…!!」


正直に言うと、球技大会なんて大嫌いなもんだからプログラムなんて一度も見ていない。確かにそう突っ込まれれば酷い奴だなぁ私、と気まずさからやや身を引けば結構な力で後頭部を叩かれた。

さっきからポンポンポンポンと…。


「……に、仁王くんて直ぐ手が出る」

「だよねー!仮にも私たち女の子なのに!」

「プリッ」


思わず痛む頭を片手で抑えつつ奴を睨み上げたが、当の本人は素知らぬ顔でさっさと歩き出す。その背中に、私ではなくゆかりちゃんが文句をぶつけるのに相槌を打ちながら、結局私たちは仁王の後について行くことにした。

二つある体育館のうち小さい方のそれへと辿り着き、そういえば仁王は何の種目で出るのかという疑問を先程彼から受けた後頭部への打撃により問い掛け損ねた私だったが、深いモスグリーン色の台が並べられている様子に直ぐに理解した。

選手ではない私たちは上履きを持っておらず、靴下のまま上がり込んで直に床に座ると、何故か仁王も傍に胡座を掻いた。

……同じクラスの男子がいるのに、何で?と、これも数日前から疑問に感じていたことが脳裏をよぎる。

仁王雅治という生徒がクラス内では極端に口数が少ない奴だということは、編入してしばらくしてからなんとなく気付いてはいた。

初日にあんな話し掛け方をして来たのに…とは思ったが、あれはゆかりちゃんのせいだろうか。自分の親しい間柄の人間がよく話す相手とは割りと身構えずに話が出来る、とは一般論だが、そうと思わざるを得ないくらいに仁王は教室内では大人しい。

………の、だが。以前、仁王が前の席に座る男子にガムパッチンを仕掛けて、密かに得意気な顔をしていたのは目撃した。聞くところによるとあれに引っ掛かったのは私で2人目、その子で3人目らしい。……ってーと、いつか見たファンブックで見た記録の樹立はこれからなのか?

と、未だに私は仁王の生態が何だか掴みきれないでいる。


「お!仁王来てるじゃん!はい、これ使えよ」

「ども」

「期待してるぜ、なんてたって天下のテニス部だからな!」

「…ピヨッ」

「はは!照れるなよ!俺これからダブルスで出るから仁王はその後な、じゃヨロシクー」

「プリッ」


そのうち仁王の姿に気付いたクラスメイトが寄って来た。その様子に、おぉ…会話が成立している…と、内心で関心する。

プリだのピヨだのしか言わない仁王相手にマトモな会話をしてのけたのは、例のガムパッチンの餌食になった男の子だ。爽やかに笑い掛けられても、僅かに眉を動かすだけの仁王は無表情を崩さない。

うーん…あの大人しさはなんだなんだろうか。なんだい、あの丸い背中は。さっき私やゆかりちゃんと話していた時の、あの口数の多さは何だったんだ。バシバシと人の頭を叩きまくっていたお前は何処行った?


「………まさか、人見知りな訳?」


やがて今の今まで目の前の卓球台で繰り広げられていたダブルスの試合が終わって、飄々とした顔で一人戦いを始めた仁王を眺めながら私は思わず呟く。


「え?誰?」

「仁王くん」

「あーそうそう!それも極度の」

「うっそ、だって編入初日から話してたよ私。学校の外でバッタリ会って立ち話とか」

「んー…なんでだろ、あたしが普通に話し掛けてるからかも?だから言ったじゃん、珍しいってー」

「皆だって同じクラスになってもう一ヶ月以上経つじゃない」

「雅治からしたら、まだ一ヶ月、なんじゃない?杉沢ちゃん、あんまり構えてないから話しやすいんじゃないかなぁ」


構える…とは、なんだろか。…あれか、学年が上がって新しいクラスになってあの子はどういう子かな?この子はどうかな?、とか色々と考えてしまうあの感じか。

遠い記憶過ぎて忘れ掛けていた甘酸っぱい思い出が脳裏に蘇り、あの仁王にもそんな感情が存在しているのかと思ったら…なんだか可笑しくなった。


「雅治は自分から積極的に行くタイプじゃないから、余計にねー」

「取っ付きにくいね、確かに」


なんて、それぞれの言葉に納得し合いながら猫背の姿勢で次々にポイントを連取していく仁王を観察しつつ、可愛いとこもあるもんだとまた一つ私は仁王を知る。知れば知るほど身近に感じる仁王に親近感が湧いて………だけど、こんなに知り過ぎていいのかと、恐くもある。


「……ってか卓球上手くない?仁王くん」

「ってか強いんだけど!まぁ…テニス出来る人って、ラケット系全部出来ちゃったりするよねー」

「卓球出来る人もテニスやれちゃうよね、なんか」


その胸のわだかまりは素直に口には出来ないまま、あっという間に相手選手を負かしてしまった仁王を目で追いかけていると、彼は私たちの元には戻らずクラスメイトの男子達の輪に入った。正しくは勝利に喜ぶ男どもに捕まっていた。


「さすが!やっぱスゲェーお前」

「瞬殺じゃん!かっけぇー仁王」

「…プリッ」

「まったまたぁー謙遜しちゃって」


しかしながら、相変わらず愛想が無い仁王。が、その可笑しな口癖には愛嬌があった。

仁王があまり口数が多くない事に関しては既にクラス内でも周知されているのか、構わずそれなりに盛り上がっている男子たち。

そんな輪の中で彼はおもむろにポケットから何かを差し出し、その一人がそれを受け取るのが見えた。あ、と思った瞬間に「ぎゃあ!」という声が聞こえた。4人目である。


「え、俺、今バカにされた?」

「たぶん?」

「ってか何だソレ!ウケんだけど!」

「こんなんどこで売ってんだよ!」

「プピーナ」

「えー俺お前の事がよく分からないよ」


その内の一人が戯けた素振りで言った言葉に、仁王が口元の片端を吊り上げて満足気に笑ったのを見逃さなかった私は、彼らしいとも意外だとも思ってついに吹き出してしまった。


next…

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