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ネコの尻尾。
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08.
持て余した時間と、一本の電話。



風呂上り、濡れたままの髪の上にタオルを引っ掛けてビールを煽る。一気に半分まで流し込んで、深く息を吐いた。

見られた…。
よりにもよって、仁王雅治に。

言い逃れが出来る状況でもなく、下手に嘘で固めるより素直に認めてしまった方が怪しまれないかと思ったが、あれで良かったんだろうか…。

まぁ、一つだけ嘘をついてしまったが。本当は兄がいる。しかしそれならば中学生が何故ムリヤリ一人暮らしをしなければいけないか、辻褄が合わない気がして嘘をついた。一体私は、これからこういう類いの嘘を幾つ重ねなければならないんだろうか…。

まぁ、怪しまれた所で然るべき場所に登録してある私の個人情報は全て中学生としてのそれに塗り替えられているようだし、せいぜい私が劣等生のレッテルを貼られるだけだ。

そうなると老けているだとか中学生らしくないだとか、そんなことは怪しまれたって一個人の容姿と性格の特徴だとしか説明しようが無いし、納得せざるを得ない状況が揃っている。

大事なのは、私が元は何者で私にとっての彼らが何者であったかが分からなければ、それでいい。誰かの手によって空想の中で創り出された存在であるなどと、知られなければ良い。

あとは…いつまでこの状況が続くのか…か。酒を手にした姿を仁王に目撃されたことより、そちらの方が元より大きな問題だ。

私は一生このままなんだろうか…。私が望めば元の世界へと戻れるの?それは叶わないの?

……ここの所そればかり考えて眠れなくなっている。時計を見上げればまだ23時にもなっておらず、最近では時間が進むのが酷く遅く感じていた。

この生活が始まってからというもの、無駄に時間を持て余しているのだ。朝早くに起床して学校へ行く、夕方には一度帰宅し食料品の買い出しに行って、夜は夕飯を作る。何をするでもなく、TVを眺めてぼんやりと過ごすだけの日々。以前の生活スケジュールとの落差が激し過ぎるのだ。

夜外へ出て遊ぼうにも、今までバカ騒ぎに付き合ってくれていた友達はもう居ない。夜がこんなに長いと感じるのが久しぶり過ぎて…。

考えたくないのに不安ばかりが募って、アルコールの力で脳内の思考を誤魔化さなければ次の日を迎えられなくなっていた。

アル中にでもなったらどうしよう…などと考えながら、それでもまた今日も酒を煽る。そうしてとりあえず電源を入れているだけのTVを眺め、今日三本目のビールを開けて深く息を吐いた。

と、そこへ着信を告げるバイブ音がテーブルの上で響いて驚いた。
今この携帯を鳴らす人物は殆どいないからだ。ディスプレイを見るとゆかりちゃんからで……一体なんの要件かと疑問に思いながら電話に出た。


「杉沢ちゃん?ごめんね、こんな時間に」

「ううん、どうしたの?」

「あのさ…昨日の話のことなんだけど…」

「昨日の?……ゴメン、なんだっけ?」

「私の応援してくれない?って話。……あの、良かったら本当にマネージャーの仕事手伝ってくれないかな?」


マネージャー………ねぇ…。

電話口で遠慮がちに話すゆかりちゃんからこれまた夢小説で最もベタな提案を切り出されて、私は相手には聞こえないよう小さく息を吐いた。

仁王雅治とは同じクラスで、仲良くなった女の子はテニス部マネージャーで、こうして突然誘われて。まるで何かの手順をこれ程までかというように、綺麗に踏まされていく私。レールを敷かれたようなセオリー通りのこの状況も、トリップ特有のオプションなのだろうか…。


「そんなに大変なの?」

「うん…実はまた最近一人止めちゃって。今後輩の子と2人なんだけど上手く回ってなくてさ」

「そっか……で、どうして私?」


とはいえ人手不足を感じているのはゆかりちゃん本人であって、実際問題困っているだろう彼女のその声は切実だった。彼女からの提案にはさほど驚きも無く、私は手にした缶ビールを弄びながら問う。


「うん…それは……。正直に言うと、クラスの子や他の女の子には頼みたくないの。なんていうか、色々と心配で……」

「心配?」

「…うん」


………根が良い子なのだろうな。
その子たちがこの会話を聞いてる訳ではないのに、終始遠慮がちに話を進めるゆかりちゃん。


「いいよ、誰にも言わないし。私まだ他に友達いないから言いたい事ハッキリ言って」


しかしそれでは話が進まない。私は言い淀む彼女の背中を押すように、話の先を促した。


「…うん。あのね、希望する子はいっぱいいるんだけど、皆思ってとのと違うって辞めてっちゃうの。あと告って振られたりしちゃうと直ぐ…」

「あぁー…」

「別に男の子たちが動機っていうのが悪いとは思わないの。私とか精市くん…あっ、うちの部長なんだけど…私たちも似たような動機だったしさ。ちゃんと続けてくれるんなら問題無いんだけど今までがあまりにも…」

「すぐ止めちゃう子が多いのね」

「うん……だからなんだか不安で。その点、杉沢さんは編入して来たばかりでうちの部員の事は良く知らないだろうし、そういう人のが良いのかなって」


…ごめんゆかりちゃん。知ってるの。どんなにカッコイイ奴らなのか、私も良く知ってるの。………なんて頭の中では彼女の言葉を否定して、何も知らないゆかりちゃんの言葉に胸が痛む。


「それに杉沢ちゃんなら、キッチリ仕事してくれそうな気がして!」

「そんな……買いかぶりじゃない?私も他の子たちと同じだったらどうする?」

「ん〜根拠は無いけどそんな気がするの…!女の直感ってやつ?杉沢さんはそんな子じゃないって!無責任なことしなさそうだって!」

「いや、そんな……なんの誘導作戦よ!」


そして私を推す理由の説明に入った段階で、それまでずっと控えめな態度を崩さなかったのに、いきなり熱く語り始めたゆかりちゃんに思わず反撃した。


「上手いこと言って、調子に乗らせないで」

「うぅ〜バレた?」

「演技に熱入り過ぎ」


思わず出た笑いを声に出しながらも指摘すると、電話口でゆかりちゃんも照れたように笑う。


「………ねぇホントにダメかな?一番の理由は杉沢ちゃんとなら楽しくやれそうな気がするんだ……。雅治ともすぐ打ち解けたしさ」


僅かな間に二人で笑い合い、一呼吸入れるとゆかりちゃんは気を取り直した様子で再び話し出した。
その声は真剣味を帯びている。


「珍しいんだよ?あんな早々と警戒心なく雅治が話すようになるの。だからきっと、うちの部員たちとも上手くやっていけると思うんだ」


先程のように変に抑揚を付けることもなく冷静な態度で話し続けるゆかりちゃんに、私は口を挟まずにじっと耳を傾ける。

あの癖の強そうな集団は、やはり現実にも周囲の人間を騒動に巻き込まずにはいられない程、人気があるんだろうか……。


「それに…さっきはああ言ったけど、うちの部員たち皆イケメンだよ!入部してからのラブは全然いいんだからね!仕事さえちゃんとしてくれるなら!」

「あはは!それ、さっきと矛盾してない?」


と、じっと黙っていると私が迷っていると捉えられたのか、今度は先程と同様に熱く力説されて吹いてしまった。


「ねぇ、お願い!助けて!」


しかしそれはゆかりちゃんの必死さの表れ。でなければ明日も学校で会うのに、わざわざ電話を掛けてなんて来ないだろう。


「………一つ、提案してもいい?」


そんな彼女の態度にはついつい胸を打たれてしまって…私は少し考えた後、ある事を思いついた。


next…

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