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以下、お粗末ですが、お礼文です。連載でも今後関わる予定の仁王家について。



とある日の仁王家。


「…マサ……マ…ハル…!!」

何だか名前を呼ばれているらしい…。気付いてはいるが、返事はしない。

昨夜は今日が日曜日なのをいいことに、明け方陽が昇る頃まで赤也とオンライン対戦をしていた。おかげで昼もとっくの昔に過ぎたというのに、眠気が全く消え去らない。

布団の中でもぞもぞと動いてはみるが身体を起こす気には到底なれず、いかにも女が好きそうなダウニーの香りがするタオルケットを、顔の中程まで引き上げて、また、眼を閉じる…。


「…っちょっとマサ!!聞こえてんの!?起きろよいい加減!!」


…が、それと同時に派手な音を立てて自室のドアが開かれる。同時に脳天まで突き抜けるような怒鳴り声によって眠りを阻止され、寝不足の頭に響くその声に顔をしかめていると、そいつはドカドカと無遠慮に入り込んで来た。

…個人のプライバシーってもんを尊重するような奴は、残念ながらこの家にはおらん。

「…なんね、んな大声上げよって」

「なんね、じゃなか!起きてんなら返事ぐらいしなさいよ!…母さんが夕方から出掛けるって!あんたアキの準備してやって」

「なんで俺が……姉貴がやってやりゃーよか」

「あたしは色々と準備があるの!一日ただ寝てるだけだったんだから、そんぐらい貢献しろ」

「そげん化粧したところで顔の作りは変わらん。諦めんしゃい」


致し方なく上半身を起こし気怠い気分を引きずったまま言ってやれば、起き抜けのボヤけた頭を容赦無く引っ叩かれた。


「18時には出るって、さっさとしな」


図星をつかれて大層ご立腹な姉貴サマは、そう言って目を吊り上げると、返事を待たずに出て行った。

…睨まれたところで恐くもなんともないぜよ。が、ああなるとテコでも動かんことは、長年姉弟をやっているおかげで既に学習している。

ズキズキと痛む後頭部を摩りながら俺は溜息混じりに布団から這い出ると、とりあえず手早く着替えを済ませて顔を洗いに一階へと降りた。

洗面所に入れば、片手を縁に置いた姿勢のままもう一方の手で蛇口を捻ろうと、背伸びをしながら一生懸命に腕を伸ばすアキがいた。


「台に乗りんしゃいって、いつも言っとるじゃろ」


とは言いつつ見兼ねてその細っこい胴体を持ち上げてやると、きゃははと笑い声を上げよる。


「マサ!もういいよ!」


抱き上げられた状態で蛇口を捻り、石鹸を丁寧に泡立て念入りに手を洗ったアキは、満足そうな顔を浮かべて俺へと指示した。弾けるように笑うアキについつい口元を綻ばせつつ、その軽い身体を床へと降ろす。


「おまん、また肉ねだったんか?」

「かあさんがご飯作るのメンドーって言うきに、肉くいてぇ言うた」

「毎度毎度よう飽きんのぅ…。アキ、今度フォアグラ食いたい言うてみ」

「ふぉあぐら?なんねそれ〜?…ちゅうか、この間マサに言われたとおり、とりゅふっちゅうたら殴られたきイヤじゃ。マサ自分で言うたらええのに」


五歳児のくせに、よう口が回る。

小憎たらしいくせに本気では憎めんアキは、口を窄ませて反抗しながらも俺が顔を洗い終わるのを律儀に待っている。今日のお目付役が俺だと、いつもの習わしからもう察しているのか。


「…準備言うても、何がいるんおまんは」

「かあさんが着替えろって〜」

「あぁ?…今着てるもんじゃ、駄目なんか」

「キレイなカッコで行かなきゃダメって〜」


歯を磨きながらしゃがみ込んで、その小さな瞳を覗き込みながら問うと、アキは自分の掌で自分のトレーナーを前方へと引っ張った。

その身頃には、チョコレートのような茶色い液体を顔面にブチまけられて尚、満面の笑みを崩さないアンパンがいた。……確かに。こんな汚れた面では、奴も外出する気力なんぞ起きんじゃろな…。


「あとね〜あとね〜!ウルトラマンサーガと〜仮面ライダーフォーゼ持ってくの〜!!」

「んなもん、飯食う場所に持っていけん。ダメじゃ」

「えぇ〜!!」

「え〜、じゃなか」


奴の言うウルトラマンとか仮面ライダーとかいうのは、そいつらが劇中で使用しとる武器を模ったオモチャのことじゃき。そげなもん店やなんかで振り回されてみんしゃい、どうせ止めに入るんは俺の役目じゃ…。


「えぇ〜っ!持ってくよ〜!」

「ほうかほうか、アキはマサの言うことが聞けんのじゃな。ええぞ俺は、アキ一人置いてっても」

「えぇぇ〜!!やぁだぁ〜!!」

「なら言うこと聞かんね」


はぁ………。誰ね、こんなワガママ坊主に育てたんは。甘やかせば付け上がる一方じゃきね。俺は溜息を吐きながら、駄々をこねるアキに構わず脚を進めた。


「や〜だぁ〜!!」


が、それまで拙い足取りで後ろをトボトボと付いて来ていたアキは、一際大きな声を上げて俺が階段を昇り始める寸前で立ち止まった。小さな手で力一杯俺のシャツの裾を握り締めて、動かない。


「やぁだぁぁぁ〜!!」


…いや、むしろもう何がイヤなんか分からんし。


「ちょっと煩いんだけどー!何泣かしてんのよアンタ!」

「アキが駄々をこねよるきに、俺のせいじゃなか」

「騒がしいわねぇ、あら?どうしたのよアキは?」

「俺はもう肉食うとる最中に腹刺されるんは堪忍じゃ」

「なんだ、また焼肉屋にオモチャ持ってくとか言うんとるんかー?んー?アキ」


二階からはアキの声に気付いた姉貴とオカンが手すり越しに顔を出し、トイレから出た親父はぽりぽりと頭を掻いて呑気な顔で近付いて来た。ほんに…この家族はアキんことになるとすぐ集まりよるの…。


「マサがぁぁあ…!」

「おーマサ兄がどうしたぁー」

「いじわる言うけぇっ…!」

「待ちんしゃい、俺がいつおまんをイジメよった」

「そうかぁー悪い兄ちゃんやのぅ」


アキの視線に合わせてしゃがみ込んだ親父は、ろくに話も聞かんとその頭をグシャグシャに撫で回している。

晩年になって予想外に授かったという末っ子に、常日頃デレデレしっぱなしな親父の耳に俺の話なんぞとうに入っとらんらしい。


「アキ〜あんたマサ兄とお揃いの着て行くんじゃなかったの?早くしないと置いてっちゃうわよ?」


ついでにオカンまで俺をガン無視してアキへと声を投げかける。…まぁ、これもいつもの事じゃき今更なんとも思わんのだが、早いこと何とかしてくれんか、伸びるぜよ、シャツが。


「っちゅうか、お揃いってなんね?」

「………マサと同じのぉ」

「はぁ?」

零れる溜息も隠さず、今だ俺のシャツを握り締めて離さないアキに問いかけると、奴はグスリと鼻を一度啜って呟いた。

こいつと揃いの服なんぞあったろうかと、日頃目にしているアキのワードローブを思い返すが、それらしき物は思い当たらない。


「この間アキと買い物行った時、雅治のと似てるからってチェックのシャツ買ってあげたのよ〜。それ着て行きたいのよねぇ?」


すると、頭上からアキの考えていることをオカンが代弁して、苦笑混じりに言った。


「ほんまか?」

「………うん」

「なら、オモチャは置いてくって約束するぜよ。そしたらお揃いで着ちゃる」

「おっ!オモチャかマサ兄か、二択だなぁアキ!さぁどっちを選ぶ!?」

「茶化すなや親父…」


いやに楽しそうな顔の親父に呆れつつ、俺も再びアキに視線を合わすように身を屈めた。

オモチャか俺か…迷っているのか、アキは空いているもう片方の手を頭に載せてモジモジと身体を動かしている。


「…おれ!マサと同じの着るー!」


そして、一頻りうんうん唸ったアキは、まるで世紀の一大決心でもしたかのような真面目くさった顔でそう宣言をした。

シャツの裾を掴む手がもう一つ増え、両手でぐいと胸元を引っ張られてアキの顔が近付いたと思ったら、小さな手を伸ばしたアキは俺の懐へと飛び込んで来た。

柔らかなその重みに思わず口元が緩んでしまう辺りは、俺も親父のことはよう言えんかもしれんの…。


「だからオモチャ持ってかない!」

「おーし、よう言うたアキ!おまんはホントお兄ちゃん子やの」

「…っつうか親父も早いこと着替えんしゃい、いつまでパンツ一丁でおるきじゃ」

「マサー!」

「なんね」

「オモチャ、なんにも持ってかないから新しいの買って!」

「ねだる相手が間違っとるぜよ!」

「ハイハイ!アンタ達急ぎなさいよー!あと15分で出るんだから早く準備しな!」

「…なぁ、なんで今日はこげん姉貴が仕切っとう?」

「それはな、リカが今日の運転手様だからだ」

「あぁ…」


未だ麻呂みたいな顔のままの姉貴に呆れて言葉を漏らすと、親父はもっともな返事を寄越して後ろ首を掻きながらリビングへと入って行く。じゃけん…いつまでパンツ一丁でいる気じゃって…。

と内心で突っ込みを入れるが、人の事を気にしてる暇も、アキの歩幅に合わせている暇も無さそうなので、自分の半分程しかない弟の小さな身体を担ぎ上げると、俺は階段を駆け上がった。


………なんちゅうか、いつもいつも思うんじゃが、



この家はアキを中心に回っているらしい



※仁王家の子供達
長女 利佳子(リカコ)21歳
長男 雅治(マサハル)14歳
次男 顕人(アキヒト)5歳



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