06 A面
「亜呼ちゃん」
「なぁにおばあちゃん」
「これあげるよ」
そう言っておばあちゃんは小さな紙袋をくれた。薬局の袋だ。
「あけてごらん」
「うん」
中には、可愛らしいリップクリームが入っていた。最近CMでよく見かける、いい香りのするものだ。
「欲しかったんだろ」
「いいの?」
「そんなガサガサした唇でいちゃいけないよ」
「…ありがとう。大切に使うね」
早速つけてみると、桃の甘い香りがした。唇がつやつやとしている。なんだかいつもよりも顔つきが明るく見えるみたいで、少し照れた。
放課後、屋上に上がると仙道くんがごろりと横たわって昼寝をしているのをみつけた。
「亜呼ちゃん」
「持ってきたよ」
「ありがとう。じゃあ、部活が始まるまで」
「うん。後輩くんがまた迎えに来ちゃわないようにね」
「そうだね」
頷く仙道くんの隣に腰を下ろした。カバンからカセットウォークマンを取り出しイヤホンを半分ずっこにする。
亜呼ちゃんの好きな曲を聴きたい、と言ってくれた仙道くんのために作ってきたカセットだ。
「好きな歌だから、歌っちゃうかも」
「いいよ」
イヤホンのせいでいつもより少し距離が近くて、どきどきする。そんな私をよそに、仙道くんはいつも通りににこにこと微笑んでいる。私ばかり少し舞い上がりすぎていて、はずかしい。
「これこの間弾いてくれたやつだ」
「うん、NIRVANAっていうバンドだよ」
「男の人が歌ってる」
「カート・コバーンってひとがボーカルなの」
「へぇ。ハスキーでかっこいいね」
「うん」
「亜呼ちゃんの声も、歌う時少しハスキーで良いなって思った」
「ありがとう」
少し照れくさくなってしまって、思わずメガネを直す。
「あ、ジュディマリ」
「しってる?」
「少しだけね」
「だいすきなの」
「かわいいよね」
次々流れる歌が、自分でセットリストを作ったはずなのになんだか恋愛ソングがたくさん流れている気がしてきた。あれ、なんか、恥ずかしいぞ?
「ち、ちがうよ!」
「え?」
「なんか、ごめん…そういうつもりじゃなくて…その、なんでかな。恋愛ソング多くなっちゃった…」
「うん、いいと思うよ」
「や、あの、違うんだよ…」
「オレは違わない方がいいけど」
「えっ…」
「亜呼ちゃんは、違う方がいい?」
優しい眼差しから、逃れられない。どうしよう。声の出し方さえわからなくなってしまう。ただただ喉が渇いてしょうがない。
精一杯、声を絞り出さなきゃ。
「ち、違わないで、いい……」
一瞬だった。
その一瞬が、相当長く感じた。
仙道くんの柔らかい唇が、私の唇と重なる。
ばくばくと心臓の音が音楽をかき消してしまうほどに大きい。
「亜呼ちゃんの唇、美味しそうな香りがする」
「……っ」
仙道くんの長いまつ毛をこんなにも近くで見ることになるなんて。
「もういちど、してもいい?」
「……ん…」
おばあちゃんに貰ったリップクリーム、塗っててよかった。
ちゅ、と小さくリップ音が鳴る。
いつの間にか仙道くんの5本の指が、私の指と交互に絡んでいた。
続
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