07



練習が終わったあとは、図書館でずっと本を読んでいる亜呼ちゃんをピックアップして一緒に帰るのが日課になりつつある。
たまに練習を観に来てくれることもあるけれど、基本的には物陰に隠れてひっそりと観戦しているようだ。

「亜呼ちゃんはさ、自分で曲は作らないの?」
「えっ…まだそんな上手に弾けないよ…」
「そっか」
「でも、曲が作れるようになったら楽しいかも」
「作ったら聴かせてよ」
「わかんないけど、いつか」

他愛もない話をしながら、家までの道のりをゆっくりと歩く。
それまでの時間がいつも短く感じてしまうのは、彼女と一緒に居るのが楽しい証拠なのかもしれない。
時期は初夏になり、制服も夏服に衣替えして体が身軽だ。亜呼ちゃんも半袖のセーラーになっていて、細く白い腕がまぶしい。
手首にはオレがあげたリストバンドがついている。どうやらあの日以降、ずっとつけてくれているようだ。

「あ」
「どうしたの…?わ、」

さっきまで晴れていたはずが、急に大粒の雨が降り出した。天気予報では今日は一日晴れると言っていたのに。

「走れる?」
「がんばる」

公園の屋根付きベンチがあったはずだ。なるべく置いてけぼりにならないよう、亜呼ちゃんの手を引いて走った。

「びっくりしたね。大丈夫?」
「うん…すごい、びしょびしょになっちゃった」
「すぐ止むといいな」
「夕立だろうから、多分すぐ止むと思うけど」
「とりあえず、しばらく雨宿りだな。部活で使ったタオルしかないや…つかう?」
「ありがとう」
「汗臭かったらごめん」
「いいよ」

タオルを差し出すと、亜呼ちゃんは濡れたメガネや髪を拭いた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

返されたタオルでオレも髪をわしわしと拭く。
こりゃ帰ったらすぐに風呂だな。
亜呼ちゃんの隣に座り、ひとまずこの雨をやり過ごすことにしよう。

「彰くん、髪型がいつもと違う人みたいだね」
「さすがに濡れると下がるよ」
「だよね」
「ジュディマリのギターの人…えっと、名前わかんないや」
「恩田さん」
「その人、何で髪の毛立ててるんだろう。すごく立ってるよね」
「ダイエースプレーって言ってたよ」
「ダイエースプレー?」
「その辺のコンビニとかでも売ってる。帰りに寄る?」
「うん」

さすがに濡れた髪が鬱陶しいのか、ヘアゴムで髪を縛っている。そうやって髪の毛ってくくるんだなぁ、と眺めていると、濡れた服がぴったり透けて下着が見えているのに気付いてしまった。たしか学校指定は白だったな。ちゃんと守ってるんだな、とか思っちゃったりして。いや、そんなことを考えている場合ではない。

「あー、えっと…」
「うん?」
「とりあえず、暑いかもしれないけど…これ着なよ…」

なるべく見ないようにしてジャージの上を肩にかけてあげると、亜呼ちゃんはキョトン、とした顔をしていたが、すぐに自分でも気付いたようで急いでジャージに袖を通し、ジッパーを上まで上げた。

「あ、ありがとう…」
「う、うん…」

顔を真っ赤にしてしきりに前髪を触り倒している。俺のジャージは相当でかいみたいで、袖から手が出なくてもだもだしているのも相まって、なんだか笑えた。

「わ、笑わないで…」
「いや、なんかさ、亜呼ちゃんってオレより小さいんだなぁって思って」
「40センチも違うから…」
「そんなに違うんだ」
「だから、全然届かないよ」

亜呼ちゃんはオレの目の前に立つと、両手で頬を挟み込んだ。
じ、と目が合う。そしてそのままちゅ、とオレの唇にキスを落とすと、照れ隠しのようにオレに抱きついた。
ジャージ越しに、少し震えているのがわかる。ああ、すごく緊張しているんだろうな。

「今日はすごく積極的だね」
「座ってくれたら、届くから」
「屈めば、亜呼ちゃんからキスしてくれるの?」
「……わかんない。今日は、できた」
「嬉しいよ」

亜呼ちゃんを抱きしめ返し、そのまま膝に座らせる。

「まだ雨が上がらないね」
「じゃあ、しばらく一緒に居られるなァ」
「そうだね」

随分と体が軽いな。亜呼ちゃんってこんなに小柄なのか。前は飛び降りを止めるのに必死で、そんなこと特に考えてもみなかった。
最近は涙を流す彼女を慰めることも、とんとなくなった。できるだけ彼女をたくさん笑わせてあげたい。彼女が幸せになってくれたなら、それが一番いい。

雨足がピークを過ぎていく。
まだもう少し、こうしていたいのはわがままだろうか。
今日はコンビニでダイエースプレーとやらを一緒に買ったら、彼女の家まで送り届けよう。そうすればもう少しだけ、一緒に居られるはずだ。












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