原作 | ナノ


▼ Ich mag Sie.



「坂田ーっ、土方が呼んでるぜ!」
「…っ!? すぐいく!」

坂田銀時、15歳。
これは紛れもない事件である。



Ich mag Sie.



「ひ、じかた君ー、どどどどうしたのかなぁー?」

どうやら俺は相当混乱しているらしい。笑顔が強張り、いつも通りに上手く喋れない。あれ、いつも通りってなんだっけ。

「…何どもってやがるクソ天パ」

仕方ないでしょうがァァァア、お前が俺を、俺を呼ぶとかもはや事件でしょうがァァアッ、と心の中で叫んでやる。あわよくば聞こえてしまえば良いと思う。むしろ聞こえてください。
だってそれくらいに吃驚するような事なのだ、土方が俺を呼ぶのは。

土方と俺は、喧嘩してばかりの言わば犬猿の仲だ。とてつもなく仲が悪い、と言われている。その癖小学校中学校、そして高校も偶然一緒になってしまった腐れ縁でもある。その為か、土方に教科書を借りる事や、行事で一緒に活動する事もしばしばあった。
確かにあったんだけれど。
土方が俺のいるクラスに、俺を呼びにきたのは初めてなのだ。何て反応したらいいのか分かる訳ない。
取りあえず深呼吸だ坂田銀時。
見ろ、あまりに混乱し過ぎて土方が引いているぞ、後退りしてるぞ。絶対後悔してるぞ、ああこいつ呼ぶんじゃなかったって。何それ傷つく。

「…テメー、顔芸でもできるのか」

今度は土方の笑顔が強張っていた。俺はどうやら、もんもんと考えるのちに表情までころころ変わっていたようだ。何だか恥ずかしい。

「…ん、んで何の用だよ!」
慌てて話題を変え、本題に戻ると土方はああ、そうだそうだと思い出したようだ。忘れていたのか本題を。

「数学の教科書貸してくれ。総悟と近藤さんのクラスにゃ今日数学無くてよ…」
「数学ね…俺のクラスもないけど、銀さん置き勉してっからあると思う。待ってて」
「おう」

自分の机の中を取り出して数学の教科書を探した。丸まってぐしゃぐしゃになったプリント類がわさわさ出てきたがそこは気にしない。気にしたくない。

プリントに隠れていた数学の教科書を取り出して土方に渡した。
土方は、お前机綺麗にしろよな、女子が引いているぞと苦笑しながら教科書を受け取った。

「次の時間に返すな、有難うよ」
「お、おうっ!」

土方が笑って俺を見た。いつもは近藤や沖田くんに見せるような柔らかい笑顔だった。今日はいい日かもしれない。土方に初めて呼び出され、土方の柔らかい笑顔が初めて俺を捉えた。

どうしよう。心臓がばくばくうるさい。顔が火照って、にやけるのを抑える事ができない。
次の授業なんか聞いてられなさそうだ。







「坂田ーっ、坂田馬鹿田!」
「馬鹿田言うな馬鹿方!」

授業の終わり、約束通り10分休憩時に土方がぴょんぴょんと跳ねながら数学の教科書をぶんぶんと振って俺を呼ぶ。この子はたまにこういう幼い行動を起こすから俺の息子ちゃんにダイレクトにくる。自覚して欲しいものだ。何時か押し倒されるぞ。俺に。

「教科書有難うな」
「いや、別に構わねェよ」
「お礼に色々書いといたから」
「はっ!!?何を!!?」
「だから色々だよ、色々。んじゃな」
「えっ…ちょっ…土方ァ!!?」


何を書いたというんだ。
まさかあれか、実はお前の事が好きでしたとかいう、アレが挟まってるのか。アレが。
期待に胸を膨らませ、教科書をがばりと開いた。

「…彼奴は餓鬼か」

パラパラ漫画だった。
内容は、パフェにつられたもふもふの物体が、落とし穴にはまるというもの。おいそれ完璧に俺だろ。恩を仇で返しやがってあの野郎。
教科書を閉じようとした時、小さな紙が落ちた。拾って見てみると、そこにはアルファベットで書かれた文字。

英語ではないようだ。何となくだがわかる。
「…なんだこれ」

自席に戻り、携帯を取り出した。
英和辞書ツールで、挟まっていたメモに書かれた文を打って念のために検索をかけてみる。
やはり英文ではないらしい。

ならば、とインターネットに繋ぎ、翻訳サイトにアクセスしてみる。
そこで、先程の文をもう一度打ち直し翻訳ボタンを押した。


「…っ!!」

そこに映し出された文字は、にわかに信じ難い事。どんな気持ちで、これを書いたのだろう。
プライドの高い奴だ、きっと死ぬほど恥ずかしかっただろうに。
翻訳された文を見れば見るほど顔が緩むのを止められない。ああ、今日は本当にいい日だ。人生の中での幸せを全部使い果たしたように、いい事ばかりがおきる。神様万歳、有難う神様。


時計を見ると、休み時間は残り1分だった。大丈夫、まだ間に合う。
一刻も早く伝えたい。心臓がばくばくと何時もの1.5倍くらいの速さで脈を打つ。にやけた顔のまま走る姿は何と滑稽なんだろうか。でもそんなことはどうでもいいのだ。

「土方ァァァァッ!!!」

土方のいるであろう教室の扉をがらりと開けた。で走ったから少し息が苦しい。

教室、そしてまだ廊下に居た数人の生徒の奇異と好奇の入り混じった視線が俺に注がれる。
その中に、戸惑いの視線を送りつける黒髪の姿を認識するのは容易い事だった。

「土方、大好きだァァァァァアッ!!!」

ああ、なんて心地いい。


一瞬静まり返った教室が、いっきに歓声と冷やかしでざわめきだす。
それすら俺への祝福の歌だ。

いたたまれなくなったのか、土方は顔を真っ赤にしながら目を泳がせ、口元に両手を当ててふるふると小さく震えていた。見ろ、俺のマイハニーはこんなに可愛い。犬猿の仲なんでもう言わせない。これからは学校一のバカップルとして有名になってやろう。

そう心の中で選手宣誓した。




(ドイツ語で書かれた告白は)

(Ich mag Sie. というらしい)



初デートは刺激的なものにしよう。
そうだ、授業をボイコットして一緒に屋上デートでもしようか。


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