原作 | ナノ


▼ 頑張り過ぎの貴方に




「新年だぁ、三が日だぁ、正月だぁ…ってなぁ?」

山積みになった煙草の下敷きになってしまった灰皿にもう一本煙草を押し付けて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら唸る上司を見れば、ああ今回はかなりやばいかもしれない。せめて顔への直撃は避けなければならないと山崎は心中で怯えた。

もともと瞳孔のかっ開いた鋭い目で睨まれるだけでも恐ろしいのに、眉間の皺を普段の倍の数を刻み、さらに貧乏ゆすりを加えて、不機嫌ですとアピールしているかのような姿で凄まれれば身の縮むような思いだった。

「世間様が休みだぁ休みだぁって浮かれてる中こっちは見廻りだぁテロ予告だぁミントンだぁって…」
「副長、俺今はミントンやってません!!」
「んなこたぁ知った事じゃねぇんだよクソヤローがァァァァァァ!!!!」
「理不尽ンンンン!!!!!」

確かに今、外で行われている事は呑気すぎる事かもしれない、と心の中で同意する。
何せ屯所内で餅つき大会、そしてついた餅を誰が1番多く食べられるか、という大食い大会まで行われているのだから。

あれは流石にやりすぎだ。
局長の考えはわかるけど、もう少し上手くやる方法があっただろうに。

そちらの方に目をやれば、餅をつくのは近藤が優勢、大食い大会では沖田が優勢らしい事がわかった。
自分より小さなあの身体のどこに餅が入っていくのだろう、と不思議でならなかった。


「あんな事やってる間にテロでも起きてみろ、大惨事だぞ」

土方も同じように見ていたのか、呆れたように溜息をつきそしてまた書類に目を戻して。
そうですね、と同意しようと口を開いた時、後ろから「そうだねぇ」と間延びした声が聞こえて咄嗟に後ろを振り向けば、ここに居るはずのない男の姿が目に入った。

何故ここに。

そう告げようとした。
その前に男は目を細めて唇に左手の人差し指をあてたものだから疑問を口に出すことはできなかったけれど。

土方はその声を自分と勘違いしたようで、だろ?と書類に目を向けたまま返事を返して。
それが面白かったのか、男は口元に手をあて、笑いを必死に堪え、身体をくの字に折り曲げた。
その時に男の天然パーマが顔にあたり、くすぐったくてくしゃみが出そうになったが、男と同じように口元に手をあて必死にそれを堪えた。

しばらく経つと笑いがおさまったのか、男はあのドS王子にも負けない程のサディスティックな笑みを顔に貼り付け、音を立てないように慎重に土方に近づいて行く。

その動きは監察の自分からしても申し分ない動きで、どこまでも謎な人だなと関心と呆れの入り混じった溜息を静かに吐いた。

一方で土方はまだ気づかないのか、額に手をやり「大体よぉ…」と口を零して。


「攘夷志士でも紛れ込んだらどうするつもりなんだよ、大惨事だぞ」
「そうだよねぇ」
「…あの、副長」
「大将の背中取られたらどうするつもりなんだあいつらは、あれで戦う気か?敵を餅といっしょにぺったんぺったんってつくつもりか?」
「やだそんな餅、餅じゃねぇよ。食べたくないよな。ていうかさ、その擬音可愛い。ぺったんって可愛い」
「…副長ー」
「俺だって食べたくねぇよ、つーかさっきから山崎テメェ何タメ口聞いてやが…!!」

土方が振り向き、男を目に捉えた。
その瞬間に閉じることを忘れてしまったかのように口をはくはくとさせる。

「やーっと気付いたな副長さんよォ?お宅も人のこと言えないよな?」

俺が敵だったら今頃お前の背中はすぱんって切り裂かれてるよねと口角を上げ、さも面白そうに相手を見やるその表情に土方は歯をぎりっと噛み締め山崎を睨み付けた。

「…何でこいつが居るんだ」
「し、知りませんよ!!いきなり入ってきてたんですから…!!」
「…門番の奴、見つけ出してあとでたたっきってやる…」

まあまあ、と呑気な口調で土方の背中をぽんぽんと叩く銀時に、触るんじゃねぇ糞天パ野郎天パが移ると暴言を吐くものの、銀時は珍しくその挑発には乗らず、折角のお正月なのに副長さんは大変だな。と苦笑を零した。


「ったりめぇだ…こういう時こそ気を抜いちまったらお終ぇなんだよ。
俺が気を抜いてみろ、誰がこいつらの指揮を取る。指揮を取る奴が居なかったら大変な事になるだろ」

だから俺が休むわけにはいかねぇんだよと。
呑気に餅つき大会やら大食い大会やらを繰り広げる隊士たちをしっかりと見据えながら土方はそう呟いた。

…やはり、彼は不器用の塊だ。
そう改めて思う。

鬼の副長と呼ばれ、恐れられる土方だが実際は人情深く、隊士たちの事をしっかりと考えている。その所為か自分が今如何いう状態なのか気付いていないらしい。目の下に隈を作って、
食事すらろくに摂らない身体は日に日に痩せていって。

何故だか悔しくなって、拳を握りしめた。

「…俺はさぁ、土方君がぶっ倒れちまった方がヤバイと思うんだけど」
「…は?」
「ねぇ、ジミー?」

銀時が静かに自分の方を振り返った。
そして声には出さず口を動かして、言っちまえよと自分に伝える。
何でこの男は何でも見透かしてしまうのだろう。
山崎は苦笑を零した。

「…山崎?」
土方が訝しげに自分を見た。
ああ、きっと山崎の癖にってあとで殴られたりするだろう。
しかし今は言わなければならないような気がした。

「…副長は、無理しすぎですよ」
「え…?」
「あの人たちが、何であんなバカな事してるかわかりますか?」

副長に、休みをとって欲しいからですよと。
そう言うと土方は目を見開き彼らの方にガバッと視線を向けた。
その目は、迷子になった子供のように戸惑いの色を隠さず、揺れていて。
何故、どうして。と言わずともがなそう問いかけていた。

「副長は自分の事をもう少しいたわってあげてください。そんなに無理してたら倒れちまいますよ。そしたら本当の意味で指揮を取る人は誰もいなくなります」
「やまざ…」
「だからっ…」

だから、今日くらいはせめて。
せめて自分をいたわってあげて。

「…ばっかじゃ…ねぇの?」

声が震えていた。
きっと、自分の為にそこまでしてくれたという嬉しさと、心配をかけてしまったという悔しさで頭がごちゃごちゃなんだろう。
そんな土方を横目で見て、小さく息を吐いた銀時は、土方の隣によっこらせと親父くさい声をあげながら胡座をかいて座った。
そして暫く目を泳がせ、意を決したようにあのさと口を切った。

「…近藤からの依頼だよ」
「えっ…」
「今日、ここに来たの。土方を休ませてあげてってさ。お前すげぇ顔してるの気づかねぇの?」
「…それ、は…」
「どうせろくに食事も睡眠もとってねぇんだろ?」
「……」
「ほら、行けよ。さっきからゴリラがこっちチラチラ見て鬱陶しくて仕方ねぇ。」
「でも…」
「いいから行けって!!行って餅たらふく食べて、満足したら寝ちまえ。今日ぐらい許されるから」

だから、早く行ってやれな?
そう銀時が口にすると、まだ戸惑ったように土方は目を泳がせながらも、小さく頷いて腰を上げた。

その瞬間、背中を強く銀時は押して、
「副長さん参加だってよ!!!テメーらしっかり餅ついてやれよ!!」
と声を上げた。
よろけながら集団の中に押し込まれた土方を、隊士達は歓声で出迎えて。

「愛されてんのに、何で気づかないかねぇあの子は」

呆れたように呟く銀時に、そうですねと山崎は頷いた。





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愛され副長。
あけましておめでとうございます。





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