ルフィBirthday


「なァ、名前。おれ、今日誕生日なんだ」
「……え?」

 ルフィの言葉に、わたしはいい香りのする乾いた洗濯物を畳んでいた手を止めた。正確には、止まってしまったと言った方が正しいのかもしれない。
 そして、わたしの頭は、「どうしよう」という言葉だけが埋めつくしていた。最悪だ。わたしはあろうことか、己の乗っている船の船長の誕生日を知らなかったのだ。

「ル、ルフィ……その、ごめん 」
「ん?」
「わたし、ルフィの誕生日、知らなかった」

 そう言ったわたしに、ルフィは目を丸くした。驚くのも無理はない。ずっと一緒に旅をしてきたはずの仲間が、自分の誕生日を知らないだなんて、有り得ないから。
 こんな情けない自分を見られたくなくて下を向けば、両肩をがしりと掴まれて、反射的に上を向いてしまった。そこには、怒ったように顔を顰めたルフィがいて、わたしは申し訳なさと怖さで、ぎゅっと目を瞑った。

「名前。目ェ開けろよ」
「ごめん、ルフィ。本当に、ごめんなさい」
「大丈夫だって。怒ってねェから、こっち見ろよ」

 ルフィに優しく肩を叩かれて、わたしは恐る恐る目を開いた。すると、ルフィは満足気にニカッと笑って、わたしの手を引いて走り出した。
 わたしはルフィに着いて行くことに必死で、ルフィがどこに向かっているのかを気にする余裕もなかった。そして、ルフィが立ち止まったときに、漸く食堂に向かっていたのだと理解することができた。

「どうしたの、ルフィ?」
「これ、見ろよ」
「え?」
「サンジが、おれと名前で食べていいって作ってくれたんだよ」

 テーブルの上には、綺麗にデコレーションされた大きなケーキが置いてあって、フォークとお皿、それからグラスが、それぞれ二組ずつ用意されていた。
 どうして、ルフィとわたしの二人だけなのだろう。思い返してみても、ルフィの誕生日だというのに、ほかのみんなは島に降りたきりだ。わたしは、珍しくルフィと留守番だと思ってはいたけれど、ルフィが船に残るだなんて、普通に考えたら有り得ないことだった。
 だけど、サンジくんがこのケーキを用意したということは、サンジくんはルフィの誕生日を知っていたはずだ。きっと、ほかのみんなだって……そう考えたところで、わたしは自分が知らなかったことに嫌悪し、唇を噛んだ。

「おい、名前」
「――ひぇっ!?」

 突然、ルフィに頬を摘まれて、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。恥ずかしい。そんなことを考える間もなく、開いたわたしの口に、ルフィが何かを突っ込んだ。
 それを、そのまま咀嚼してみると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。

「いちご?」
「おう。それよりお前、さっきから変な顔ばっかして、なんなんだよ?」
「だってわたし、ルフィの誕生日知らなかったから……」
「今知ったんだから、いいじゃねェか」
「でも、何も用意できなかった」
「何もいらねェよ」
「わたしは、あげたかった」

 いつも、みんなを引っ張って行ってくれる船長に。いつも、わたしを助けてくれるルフィに。感謝の気持ちを込めてお祝いをしたかった。

「おれは、名前が一緒にケーキを食べて笑ってくれれば、それで嬉しい」
「でも……」
「お前、しつけーぞ! それに、おれだって名前の誕生日、知らねェぞ。お前、おれに怒るのか?」
「まさか、そんなわけないよ!」
「そういうことだ」

 いいから早く、ケーキ食おう! ルフィは、そう言うとわたしの手を引いて椅子へと腰を下ろした。
 一緒に食べようと言ってくれていたはずなのに、ルフィはすごいスピードでケーキを頬張り始めた。そんなルフィの様子に、気がついたらわたしは頬が緩んでいた。

220505
ルフィ Birthday.

「ルフィ」
「ん? なんだ?」
「誕生日、おめでとう」
「おう!」
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