はたして昨年の5月はこんなにも暑かっただろうか、と首を傾げながらカーディガンを脱ぎ、Yシャツだけの姿になる。夏を感じさせる気温の高さ、けれども夏とは違うカラッとした湿度の低さ。なんだかとても過ごしやすい気候だと思う。きっと元希だったら「野球日和」とでも言うんだろうな。あいつって本当、野球バカだし。
何か1つのことに執着することができるって凄いことだと思う。だけど、言い方を返れば1つのことしか執着ってことでしょ?野球と私、どっちが大事かなんて聞く気はない。でも時々不安になるのは、元希は私に少しでも執着してくれているかどうかってこと。付き合って2年も経てば、当初のような初々しさだってない訳だし。なんとなくマンネリ化しているのも認めたくないけど事実。来年高校を卒業して、元希はプロになって私は大学に行って。環境が大きく変わっても私達は付き合い続けられるのかな。

自分ばかり元希に執着しているような気がして。
だけどその不安を彼には言えないんだ。


ヒュッと一瞬強い風が窓から舞い込み、机の上の教科書がパラパラとページを早送りした。慌てて元に戻す。今日は元希の誕生日だけど、もちろん野球部の彼は忙しい。せめて一緒に帰ろうと、教室で待つ約束をしていた。待つついでに勉強しようと思っていたけど、全く勉強に身が入っていない。気がつけば教室には誰もいなくなっていた。
こんなんで私、受験大丈夫かな。今日は全く勉強する気になれない。図書室にでも行こうかな、そう思った時。窓から声が舞い込む。

「あれ?一人で残って・・・もしかして、勉強?」
「秋丸くん、部活は?」
「15分休憩!机の中にノート入れっぱなしにしちゃってて、放課後取りに行くのも忘れそうだから今取りに来たんだ」
「なるほどね」
「流石に窓から入るのもアレだし・・悪いんだけど俺の机ん中のノートとってくれない?」

自分の席の斜め前にある、秋丸くんの席。そこには彼が言っていた通りノートが一冊置き去りにされている。手にとったそれを秋丸くんへと渡せば、彼はいつもの柔らかい表情で「ありがとう」とそう言った。

「じゃ、部活頑張ってね」
「・・・あのさ」
「ん?」
「なんか・・元気なくない?」


「榛名と何かあった?」

なんとなく、秋丸くんって私と榛名のこと、全部お見通しって感じがするから敵わない。

「別に何もないけど。なんか・・・」
「なんか?」
「なんか、最近思っちゃうんだよね。私ばっかり元希のこと好きでいるみたいで虚しいってゆーか・・・」

そういい終えたのとほぼ同時、土を蹴り上げるような足音がこちらへと向かってきた。そして次に聞こえてきたのは、「おーい、秋丸―。ノート見つかったかー」と、とても聞き覚えのあるその声。絶対元希だ。それを聞いて反射的に、私はしゃがんで机の下に隠れた。自分でも何でそんなことをしたのかわからない。別にやましいこともないのに。そして私のそんな突然の行動に秋丸くんも少し驚いていたけれど、あくまで普通を装ってくれた。

「ああ、ノートならあったよ」
「ふーん」
「・・・榛名、なんでわざわざ来たんだよ」
「いや・・・あいついるかなって思って」
「あいつ?・・・ああ、彼女さんね」
「つーか。待ってろっつったのに。なんでいねぇんだよ」

自分の話題をされていることに心臓がドキっとした。いや、ドキっというよりギクっの方が正しいかもしれない。どうしよう。こんなことなら隠れたりしなきゃよかった。

「あの女、あとでぜってー縛く」
「おいおい」
「だってありえねーだろ!なんであいつ待ってねーんだよ!しかも今日俺の誕生日だぞ!誕生日!」
「・・・」
「なんかこれじゃ俺ばっかあいつのこと好きみてーでむかつくだろ!!」

その言葉を最後に、再び地面を蹴り上げる足音がして、それは次第に小さくなって消えた。そして未だに隠れ続ける私に、再びあの優しい声が降りかかる。

「だってさ」

涙腺があつい。涙は出ないけれど、少し視界が霞んだ。

「榛名も、同じ気持ちなんじゃないかな?」

私だけじゃない・・・?
理由もない不安にかられて、だけど本人には言えなくて。でも、ちゃんと言わなきゃ。今がきっと、素直にならなくちゃいけない時な気がする。だから私も地面を蹴った。秋丸くんにお礼を言うのも忘れて、ただひたすらグラウンドへ、彼の元に向かって。




「元希!」

グラウンド近くにある水道。そこで水を飲んでいる最中だった元希は、私の突然の言葉に驚いたのかゲホゲホとむせ、急いで振り返った。視線が絡み合う。少しずつ自分の体温が上がっていくのを感じるのは暑い日差しのせいか、それとも・・・。
無我夢中で、2年も付き合っているのに全く余裕なんてない。駆け引きとか、そんなこと全く出来ない。

「これからもずっと私と一緒にいて下さい!」

だからこそ、きっと私はこんな恥ずかしい言葉を口走ったのだろう。

「それ、プロポーズかよ?」
「えっ」
「だったら聞こえなかったことにする」


「来年、プロになったら俺から言うからそれまで待っとけ」


だけど私より元希はもっとすごいことを口走ったのではないでしょうか。
心臓がうるさい。今度はギク、ではなく、ドキドキと。

「そうじゃなくて、他に言うことあんだろ」

笑って私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回される。なんだか恥ずかしくて、だから彼の耳元でそっと1回だけ言うことにした。

「元希、お誕生日おめでとう」

そしたら彼はもっと笑って、私の頭を撫でた。
今まで感じていた不安なんて小さく思えるくらい、この幸せは大きくて。
不安を吹き飛ばす、その灯りに私は安堵した。








by 藍原きこ


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