物心ついた頃には、私は一人ぼっちだった。私のとなりにいたのは、毎日多額のお金が振り込まれる預金通帳と、たまに来る親の"代理"の人。

生きていくことは簡単だ。お金があれば何でもできる。学校で教えてもらうことを忠実にこなしていけば、ある程度の将来が確定される。そうやって、今日まで生きてきた。
寂しいと思ったことはない。生活に苦労はしなかったし、人と付き合う必要はあまり無い社会だったから。大家族で貧乏より、一人で裕福のほうがよっぽどいいと思っている。そう思うことにしていた。一人でも生きていける。生きていけた。今までは。寂しいとは思わなかった。思わないようにしていた。或いはそのとき、素直に自分の気持ちをだれかに吐き出していれば・・・・・・――

白く小さな部屋に響く無機質な音。機械的な毎日。
この部屋に入って、何日が経っただろう。
ぼんやりと、最後に聞いた言葉が甦る。

――ストレス性の疲労ですね

ストレス。そんなの、感じたことがなかった。感じないようにしていたのかもしれない。医者みたいな感じの、白衣を着た中年のおじさんが、しばらく入院して様子を見ましょう、なんて言った。
何にストレスを感じたのだろう。なんとなく、わかった気もする。いつもの教室にできたひとつの空席。遠征って、だれかが言ってた。寂しかったのかもしれない。
勝手に、勝手に見つめていただけなんだけれど、それだけで私の心は救われた。彼がいるだけで、私は・・・・・・


目の前が赤くなる。そのまま意識が遠のいた。


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一人で生きてきた。
一人で生きるしかなかった。
怪我をしても、誰も心配してくれなかった。
温かい料理を食べたことがなかった。
だれかと笑い合ったことがなかった。
だれかに愛されたことがなかった。
だれかに、心配されたかった。
それを全部、叶えてくれた人がいた。
始めて、だれかを好きになった。
たくさんおしゃべりする日もあった。
全然話さない日もあった。
だけど、彼はいつも、そこにいた。
それだけで、私はよかった。
ほんのちょっと遠くに行ってるだけで、ほんの少し会えないだけで、こんなになっちゃうなんて、思ってもみなかった。


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一週間ぶりに学校へ行った。
いくらなんでも、さすがに彼ももう帰ってきているはず。そう思って屋上へ行った。いた。やっぱり、なんて思って、心のどこかで期待してた自分に、軽く頬を染めた。
野球部のくせに長い髪。気が強く見えて優しい。笑うと意外と幼く見える。
同じクラスの、斜め前の席の、榛名元希くん。ここにいるってことは、サボってるのかな。
ふと榛名くんが顔を上げる。ぱちり。目が合った。榛名くんが少し笑って私を手招きする。それに甘えることにして、榛名くんの隣に腰掛けて、少しフェンスによりかかった。

「昨日の練習試合、また勝ってきたぜ」
「へぇ。すごいね榛名くん」
「まあ当然だな。俺だし」
「自分で言う?」

榛名くんだけが違った。
榛名くんだけが、私に話しかけてくれた。
榛名くんだけが、私に光をくれた。

――榛名くんが、好き。


「お前最近学校休んでたって聞いたけど」
「・・・・・・う、ん、」
「無理すんなよ、全部、一人で抱え込まなくていいんだかんな」

榛名くんが、真正面から私の顔を覗き込む。近いよ。高鳴る鼓動。ほっぺが熱い。榛名くん睫毛長い。やっぱりかっこいい。
そこで榛名くんが、気まずそうに目を逸らす。でもすぐに、私のほうをしっかりと見て、




「あのさ、俺、お前のこと好きとか言ったら、どうする?」

刹那。
思考が停止する。
好き。すきすきすきスキスキスキスキすキスキスきスキ、
榛名くんが、好き?誰を?私を?
榛名くんが私のこと、好き、って、

「俺がお前を支えてやるから」
「――ッ!」
「倒れそうなら俺が支えてやる。怖いんなら隣にいてやる。だから、一人で抱え込むな」




榛名くんはずるい。こんなにかっこいいなんてずるい。こんなに優しいなんてずるい。



こんなに、こんなに私を見てるなんて、ずるい。

「なあ、知ってるか。人間ってな、あったかいんだぜ」

ギュっ、と手を握られる。大きな手。あたたかい手。
じん、と疼く心の奥底の傷跡。頬を伝う何か。きつく抱き締められて、少し息が苦しい。でも、体の中がなにかで満ちていく。こんなの始めて。私はずっと、こうされるのを求めていたんだ、親と呼ばれるはずの人に。私はずっと、家族が欲しかった。甘えられる人が欲しかった。
その穴を埋めてくれるのは、榛名くんなのかもしれない。


――幸せって、こういうことなんだ


この日からもう私はひとりぼっちじゃなくなった。榛名くんが支えてくれる。榛名くんが、助けてくれる。私も、榛名くんを、助けられる。

生まれてきてよかった。
榛名くんが、生まれてきてくれてよかった。
出会えて、よかった。
ありがとう、これからも、よろしく、榛名くん。








by ちさと


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