「楽しかったねー、元希」
「ああ。サンキューな」
「それなら良かった」
ゆーら、ゆーら。繋いだ手をそんなふうに動かしたら、目の前の影も同じように揺れた。視線を空に向ければ、ちょうど綺麗な満月だった。秋丸くんや涼音さん達と計画した、元希の誕生日パーティー。最後くらい恋人同士のふたりが一緒にいたら良いよ、という涼音さんの言葉によって皆より少し早めに帰宅することにした私たちは、ゆっくりと帰途を辿っていた。隣で歩いている元希は何時にも増してご機嫌で、今にも鼻唄を歌いだしそうなくらいに笑みを浮かべている。こんなにも喜んでもらえるなんて計画のしがいがあったなあ、わたしも頬が緩んだ。幸せそうな元希の横顔を見るのが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。ぴたり。急に歩みを止めた元希に、どうしたのと声を掛けようとした時だった。
「あっ。」
「どうしたの?」
「なあ、お前からはプレゼントもらってねえけど」
「え、えっと…パーティーがプレゼントのつもりだったんだけど」
「あれは皆からだろ?お前からのが欲しい」
「ええっ、困ったな…ごめんね、元希。わたし何も準備してない」
「…ふーん」
「ご、ごめんね…」
先程のご機嫌の顔が嘘のように、すっかり拗ねた表情になってしまった元希にわたしは困り切ってしまった。わたしが謝ると、別にいいよと言うけれど、あんな表情をしていて気にしていないわけがない。
「あっ、じゃあ!何かして欲しいこととかない?」
「あ?して欲しいこと?」
「なんでもいいよ。わたしが出来ることだったら」
「…なんでも?」
「でもさすがにあんまり高級品はわたしには買えないかもしれないから、出来る範囲だけれど…」
「じゃあよ、」
「うん?」
「キスしてよ」
えっ…それは…わたしからってこと?うまく聞き返すこともできずに、けれど聞き返さなくっても確実にそうなんだろうな。そんな考えが頭の中を一瞬で巡る。目線を上げれば、元希の瞳がまっすぐわたしを見つめていた。キスなんて元希からしてもらうことしかなくて、恥ずかしいけど、元希がそうして欲しいんだったら。
「あの、では、目をつぶってくださいませ…」
「…おう」
そっと瞼を閉じた元希に、顔を近付けた。
ちゅ
「…なんで顎?」
「と、届かないんだもん」
「(くそ、可愛いな)」
「ねえ、少しかがんで?」
「おう」
元希の耳元に唇を寄せ、わたしはこう呟く。そして今度こそ、彼に愛を込めたキスをひとつ。
「大好きよ、元希。」
浮かぶ満月がただ私たちを照らしていた。それは優しい光で、まるで見守ってくれているかのようだった。
by 高城澪